おじさんの流儀
教習所の寮「波風寮」は、若者たちのエネルギーと汗の臭いが充満する場所だ。
35歳の健太に与えられたのは、18歳の天才肌・カイと、その腰巾着のヒロキと同じ相部屋。
「おい、おじさん。その古臭い工具、邪魔なんだけど」
入寮早々、カイが健太の使い古されたレンチセットを蹴飛ばした。
健太は無言で眼鏡を拭き、丁寧にそれを拾い上げる。
若者たちの夕食は、プロテインバーとエナジードリンク。そしてスマホでのSNSチェックだ。対する健太は、持参した小型炊飯器で玄米を炊き、スーパーの割引で買った「鰯の生姜煮」を並べる。
「……栄養バランスが偏ると、後半の集中力が切れるぞ。マブイの同期効率にも響く」
「あ? 3000の雑魚が何言ってんの。時代は出力だよ。効率なんてカスが考えることだろ」
カイは鼻で笑い、イヤホンを耳に突っ込んだ。
深夜の「対決」
その夜、事件は起きた。
明日の実技テストを前に、カイが焦っていた。自分で調整した練習艇の「マブイ変換器」が、どうしても最適値に収まらない。
「クソッ……なんでだ! 15,000の出力が、出力ポートで8,000まで落ちる……!」
コンセントから違法なデバッグキットを引き、必死にモニターを叩くカイ。
そこに、パジャマ代わりのジャージ姿の健太が、トイレ帰りに通りかかった。
「……ポートの抵抗値じゃない。そこにある『からくり』の軸受けが、0.02ミリ歪んでる」
「はあ!? 専門家でもねえくせに口出しすんなよ!」
健太はカイの言葉を無視し、カバンから一本の細い針――からくり細工用の調整ピンを取り出した。
眼鏡を外し、その眼光が「元総長」の鋭さに変わる。
「……どけ。時間は一分だ」
健太の指先が、複雑に絡み合うマブイ回路の隙間に、迷いなく差し込まれた。
かつて、警察の追跡を振り切るために、路上の廃材だけでエンジンを組み直した「指先の記憶」。
そして、1円の過不足も見逃さない「経理部の執念」。
カチッ。
小さな、しかし確かな手応え。
次の瞬間、カイのモニターの数値が爆発的に跳ね上がった。
『変換効率:98.5%』
「な……なんだこれ……!? 純正品以上の数値じゃねえか!」
「……計算通りだ。……あと、夜更かしは肌に悪い。消灯時間はとっくに過ぎてるぞ」
健太はそれだけ言うと、さっさと自分のベッドに戻り、タオルをアイマスク代わりにして横になった。
背中で語る
翌朝。
昨日まで健太を「ゴミ」扱いしていた若手たちの間に、奇妙な静寂が流れていた。
カイは一睡もできなかったような顔で、健太の後ろ姿を凝視している。
食堂で、健太が黙々と味噌汁を啜っていると、石原校長が鉄を連れて歩いてきた。
「おい、おっさん。昨夜、寮の電圧が一時的に跳ね上がったっていう報告があったんだが……心当たりは?」
「……さあ。経理部ですから、節電にはうるさい方ですが」
健太はとぼけた顔で、鉄にこっそり煮干しを一欠片差し出した。鉄は満足げに尾を振る。
石原はニヤリと笑い、カイたちの方を向いた。
「いいか、若造ども。道具を愛せねえ奴に、江戸川の波は殺せねえ。……佐伯、今日の訓練は『旋回中のマブイ流量制限』だ。お前の得意分野だろ」
健太は茶碗を置き、ゆっくりと立ち上がった。
背筋を伸ばしたその肩幅は、若者たちが束になっても勝てないほどの威圧感を放っていた。
「……サラリーマンのルーチンワーク、なめないでもらえますか。校長」
健太が部屋を出る際、昨日まで彼を馬鹿にしていたヒロキが、思わず道を開けた。
おっさんの「逆襲」は、まだ始まったばかりだった。




