第37話:不屈の病棟・パグの献身と再起の決算
福岡市内の病院。
準優勝戦の衝突による右腕骨折と全身打撲。健太はベッドの上で、白い包帯に巻かれて意識を失っていた。
「……フゴッ……。……フゴッ……」
本来、病院はペット厳禁。しかし、SGの悲劇を知った病院長(実は熱狂的な健太ファン)の粋な計らいで、特別室へのスエの同伴が許された。
スエの「24時間特別監査」
スエは、健太の枕元のわずかなスペースから一歩も動こうとしなかった。
健太の心電図の規則正しい「ピッ……ピッ……」という音に合わせて、スエも静かに鼻を鳴らす。
点滴の監視: 看護師が点滴のボトルを替えに来るたび、スエは鋭い眼光で「不純なマブイ(毒物)」が混じっていないかチェックする。
痛みへの癒やし: 健太がうなされると、スエは傷口を避けて、そっと健太の左手に自分の温かい顎を乗せる。その体温が、どんな鎮痛剤よりも健太の神経を鎮めていった。
食事の拒否: 麗華が持ってきた最高級のササミを前にしても、スエは首を振った。
(……飼い主が起きて、一緒に『決算(食事)』するまで、私は食べないわ)
麗華と紫乃の面会
「……佐伯さん、まだ起きないのね」
病室を訪れた麗華は、普段の傲慢な女王の仮面を脱ぎ捨てていた。彼女の手には、粉々に砕けた『ハヤブサ』の機首部分のエンブレムが握られている。
「大原さんが言ってたわ。東雲グループは、あなたが再起不能になったと確信して、優勝戦の裏で大規模な賭博を仕掛けているって。……許せないわ。私の水面を汚した挙句、あなたまで……」
大原紫乃も、ハクを連れて病室に現れた。
「佐伯さん……。ハクがずっと、病院の窓の外を見てるんです。……まだ、戦いは終わっていないって。……ハヤブサは今、白石さんと福岡支部のメカニックたちが、秘密のドックで作り直しています」
奇跡の目覚め
その夜。月の光が病室に差し込む中、健太の左手がピクリと動いた。
指先が触れたのは、自分を温め続けていたスエの、少し湿った柔らかな毛並み。
「……す……スエ……か……」
「……ッ!! フガッ! フガガガッ!!(起きた! おじさんが起きたッ!!)」
スエが狂喜乱舞し、健太の頬をこれでもかと舐め上げる。
「……痛い、痛いよスエ……。……でも、助かった。……お前のペロペロ(監査)のおかげで、三途の川の渡し賃を払わずに済んだよ」
健太は、ギプスで固められた右腕をじっと見つめた。
レーサーとしては絶望的な怪我。だが、その瞳には「特命係長」の冷徹な怒りと、不屈の執念が戻っていた。
「……スエ。車椅子を回してくれ。……まだ、今期の決算書(SG)は、閉じちゃいない」
逆襲の準備
健太は、震える左手でサイドテーブルの上のスマホを操作した。
「……古閑さんか。……ああ、佐伯だ。……悪いが、特命の『追撃融資』を頼みたい。……東雲の全資産を、明日の優勝戦で叩き潰す」
病室の片隅で、スエとハクが顔を見合わせ、力強く吠えた。
身体は満身創痍。愛機は大破。
しかし、おじさんとパグは、どん底からの「逆転Vモンキー」を既に描き始めていた。




