博多暗闘・東京・福岡の合同監査
第34話 博多暗闘・東京・福岡の合同監査
二〇四一年、八月。九州、博多。
「佐伯さん、急ぎましょう。昨日の資料にあった東雲グループの接触ポイントが、あと数分で……」
松風みなみが健太の腕を引き、足早にピット裏のゲートを抜けようとしたその時。背後の自動ドアが静かに開き、背筋を凍らせるような圧力が放たれた。
「……あら。佐伯さん、それに松風さん。奇遇ね。こんな夕暮れ時に、年の離れた二人きりでどこへ『特別調査』に行くのかしら?」
霧島麗華。東京支部の女王は、その瞳に絶対零度の殺気を宿して立っていた。
「……え、ええと、霧島さん。これはその、地元のコース特性、特に那珂川の上げ潮に関するレクチャーを……」
健太が額に脂汗を浮かべ、苦し紛れの言い訳を並べた瞬間、麗華の手が健太の胸ぐらを「強制執行」せんと伸びる!
(前検日にペットホテルで見たスエのあの愛らしい顔……! 俺に力を貸してくれ!)
健太は一瞬の隙を突き、みなみの腕を取って身を躍らせると、麗華の視界を掠めるように素早く脇を突き抜けた!
「あ……っ!? ちょっと、佐伯さん! 待ちちなさい!!」
麗華が体勢を崩して大声を上げる中、健太とみなみは前検日にハクが見せたあの鋭い直感を道標にするように、博多の夕闇へと消えていった。
二人は、中洲の屋台街からさらに外れた、人目を忍ぶ古い倉庫街に辿り着いた。
「……あそこです。私の十四号機に、正体不明の『ブラックボックス』を運び込んでいる連中がいます」
暗がりに停まる黒塗りの大型ワゴン車。そこから運び出されているのは、不気味な紫色の放電を繰り返す「違法高圧スラスト・コンバーター」だった。これをSG優勝戦で一斉にオーバーロードさせれば、福岡競艇場は高圧スラストの暴走による火の海と化す。その大混乱に乗じて、東雲グループが市場の利権を強奪する手筈だ。
「……なるほど。これが『不適切な支出』の全貌か。一円の端数も残さず、徹底的に損金処理してやる必要があるな」
健太は胸ポケットに眼鏡を収め、特命係長モードへと切り替えた。
だが、その時。健太たちの背後で、ガチガチと金属が触れ合う音が響いた。
「……おじさん、詰めが甘いよ。……ハヤブサへの細工に気づいてから、ずっと泳がせてたんだから」
振り返ると、そこには東雲グループに買収された「闇の整備士」たち。そして――なぜか二人を追いかけてきた霧島麗華が、怒りで髪を逆立て、凄まじいプレッシャーを放って立っていた!
「……私を置いて怪しい調査に向かうなんて、万死に値するわよ、佐伯健太!!」
麗華は拳を固く鳴らした。
「……でも、あのゴミみたいな連中が私の走る聖域(SG)を汚そうっていうなら話は別。……佐伯、松風。ここは『東京・福岡』の合同監査といきましょうか」
闇の整備士たちが一斉に飛びかかる!
健太の正確無比な体術が男たちの急所を穿ち、麗華の放つ圧倒的な覇気とスラストの圧が闇を切り裂いて暴漢を吹き飛ばす!
前検日にペットホテルで見せたスエとハクのあの力強い眼光が、健太たちの脳裏で重なる。みなみが冷静に敵の死角を指示し、三人のレーサーによる完璧な陣形が仕上がる!
「……サラリーマンを、舐めるなよ……ッ!!」
健太の重い回し蹴りがリーダー格の顎を的確に捉え、硬いコンクリートに沈めた!
博多の夜。SG開催の裏側で、史上最大の「場外・合同監査」が鮮やかに決着を見た。
健太の瞳には、すべての不正を正すための冷徹な炎が宿っていた。
「……霧島さん、後の『お叱り』は、宿舎に戻ってこの不適切個体(連中)の処理を終えてからでお願いします」
「……ええ、利息たっぷりで請求してあげるわ」
三人のプロレーサー。彼らの本当のSGが、今まさに始まった。




