第33話:『博多の妖精・大原紫乃と白い導き手』
翌朝のピット。昨日、白いペキニーズ・ハクが健太に届けたチップには、福岡の複雑な「うねり」を解析した極秘のアルゴリズムが記録されていた。
「……おはようございます、佐伯さん」
背後からかけられた声は、鈴を転がすように澄んでいた。
そこにいたのは、福岡支部の期待を一身に背負う弱冠18歳のエース、大原紫乃。
モデルのような愛らしい容姿とは裏腹に、彼女が纏う14号機のマブイは、静かだが密度が異常に高い。
「……大原さん。昨日はどうも。ハクくんがくれたこれ、君の仕業かな?」
健太がチップを指先で弄ぶと、紫乃は小さく微笑み、周囲に誰もいないことを確認してから口を開いた。
「……私の14号機は、スタートの瞬間にマブイを『圧縮』して放つ特殊な仕様なんです。でも、最近その回路に『東雲グループ』の息がかかったパーツが混じっていることに気づきました」
「……それで、特命……いや、経理プロの俺に、監査を頼みたいってことか」
紫乃は頷き、足元にちょこんと座るハクを見つめた。
「ハクは、不純なマブイを嗅ぎ分けます。ハクが佐伯さんのスエちゃんを選んだのは、あなたたちがこの福岡で唯一『汚れていない』から」
第5レース:新旧エース対決
予選第5レース。1コースに佐伯健太。4コースにカドから攻める大原紫乃。
大原紫乃の真骨頂は、その驚異的なスタート勘にある。
「……全速!」
大時計がゼロを刻む瞬間、紫乃の14号機が「コンマ02」の神がかり的なタイミングでスリットを通過した。3500のコアマブイが、18800の外付ユニットを通じて瞬時に爆発する。
「速い……! まさか、あの若さで『うねり』の隙間を全速で駆け抜ける気か!」
2コースの西貴斗が驚愕する。
だが、健太は紫乃から受け取ったチップのデータをハヤブサに同期させていた。
那珂川から流れ込む上げ潮が作る「死の反転流」。その唯一の安息点(安全地帯)を、健太は見切った。
「……大原さん。君の覚悟、この『ハヤブサ』が受け取った!」
決着:1マークの共鳴
紫乃が「まくり」を仕掛け、健太がインから「応戦」する。普通なら激突するライン。
しかし、二人のマブイが水面で交錯した瞬間、反発するのではなく、うねりを打ち消す「干渉波」を生み出した。
二艇はまるでダンスを踊るように、他艇を置き去りにして1マークを旋回。
結果は、内を死守した健太が1着。わずかに届かなかった紫乃が2着。
レース後:ピットの誓い
「……負けました。でも、これで確信しました。佐伯さんなら、ハヤブサなら、私の14号機に仕掛けられた『時限式マブイ・ロック』を外せるって」
紫乃はヘルメットを脱ぎ、汗に濡れた前髪を払いながら健太を見つめた。
東雲グループは、紫乃のスタート能力を逆手に取り、SG優勝戦のスタート時に彼女のエンジンを暴走させ、全艇を巻き込む大事故を起こそうと画策しているのだ。
「フガッ! ワンッ!」
ピットの片隅で、スエとハクが並んでこちらを見ている。
パグとペキニーズ。おじさんと美少女。
異色のコンビが、福岡SGの闇を照らすために動き出した。
「……よし。スエ、ハク。……最終決算までに、その『不適切なパーツ』、全部叩き壊してやるよ」
健太は眼鏡の奥の目を、「特命係長」の冷徹な光へと変えた。




