第30話:『サウナの陽動・パグの接吻(ディープキス)』
サウナのロビー。火照った体で古閑まきことの合流地点へ向かおうとする健太の前に、運悪く岩盤浴帰りの霧島麗華が立ちはだかった。
「……あら佐伯さん。こんなところで奇遇ね。……えらく急いでいるみたいだけど、どこかの『泥棒猫』と待ち合わせかしら?」
麗華の鋭い視線が、ロビーの隅で変装して待つ古閑まきこを射抜こうとしたその時。
「フガガガッ!!(女王様、遊んでーッ!)」
足元から、黄金色の弾丸——スエが麗華の膝に飛び乗った!
「ちょっと!? なに、スエちゃん!? 急にどうしたの……ひゃっ、やめて、くすぐったい!!」
スエは健太の目配せ(特命サイン)を完璧に理解していた。麗華の美しい顔面に狙いを定め、情熱的なペロペロ攻撃を開始。麗華は必死に逃げようとするが、スエの執拗な親愛(陽動)に視界を完全に奪われてしまう。
「あはは! もう、わかったから! 佐伯さん、ちょっとスエちゃんを……って、あれ? いない!?」
麗華がスエの猛攻をかいくぐって前を見たときには、既に健太の姿は消えていた。
ロビーの裏側:特命の密談
「……お待たせしました。古閑さん」
自販機の陰。健太は息一つ乱さず、古閑まきこの前に現れた。
「流石ですね、佐伯さん。あの女王様をあんな方法で……。はい、これが東雲グループの内部資料です」
古閑が手渡したのは、一つのUSBメモリ。
「彼らは江戸川のレースを利用して、機体の違法マブイ回路を海外に流そうとしています。次のSG(最高峰レース)が、その最終取引の場になるはずです」
「……なるほど。単なる八百長ではなく、技術流出のマネーロンダリングというわけですか。……これは経理マンとしても、特命としても見過ごせませんね」
健太は資料を懐に収めると、鋭い眼光で周囲を警戒した。
陽動の終わり
一方、ロビーの中央では。
「……ふぅ。……スエちゃん、あなた今日、えらく積極的ね……」
ようやく解放された麗華が、髪を乱しながら息を整えていた。スエは「任務完了」と言わんばかりに、満足げに鼻を鳴らして健太がいた方向へ歩き出す。
「……待ちなさい、スエちゃん。……あの男、何を隠しているの?」
麗華は、スエの後を追って歩き出した。
その視線の先で、健太が古閑まきこと「親密そうに」話している場面に遭遇する。
「……やっぱり、不適切な計上(浮気)をしていたのね……!!」
麗華の背後から、怒りのマブイが立ち上がる。
特命係長・佐伯健太。
東雲グループの巨大な陰謀を暴く前に、東京支部の女王による「家庭内監査(修羅場)」が彼を襲おうとしていた。
「……スエ。お前、あとでササミ二倍だ。……ただし、俺が生きていればな」
健太は冷や汗を拭いながら、スエの頭を撫でた。
江戸川の激闘を超えた、最大の「場外乱闘」が幕を開ける。




