第29話:整う男・サウナの決算と黄金のバグ
古閑まきこの急襲をなんとか(スエの妨害という名のファインプレーで)かわした翌日。
健太は溜まった疲労と雑念を洗い流すため、馴染みのサウナへと向かっていた。もちろん、併設された「ドッグ用スパ」でスエも一緒だ。
「……いいか、スエ。サウナは人生と同じだ。熱さに耐え、水風呂で締め、最後に『整う』。これで明日からの帳簿も真っ白に戻る」
「フゴー」
スエは専用の温水プールで、黄色いアヒルのおもちゃを浮かべながら、極楽浄土のような顔で浮いていた。
サウナ室:沈黙の熱戦
健太がサウナ室の重い扉を開けると、そこには先客がいた。
「……ほう、佐伯さんじゃないか。江戸川の後は、ここで決算ですか」
群馬支部のペラ叩き職人、神崎裕次郎だ。
100度を超える灼熱の室内。二人の筋肉質な男が、無言で汗を流す。からくりレーサーにとって、サウナは減量だけでなく、極限状態での「精神の定着」を訓練する場でもある。
「神崎さん……。群馬の山おろしに比べれば、この熱気など、経理部の暖房ミスのようなものですよ」
「ハッ、相変わらず減らず口を。……だが、あんたの体、特注品だな。ただの事務職のそれじゃない。……数々の修羅場を潜り抜けた、『戦士の肉体』だ」
二人の間に、マブイの熱気とは違う、男同士の奇妙な連帯感が生まれる。
「……失礼。先に『水風呂』という名の特別損失、計上してきます」
外気浴:黄金の静寂
サウナ、水風呂を終え、健太は露天スペースの椅子に身を預けた。
頭の中が真っ白になり、血管が脈打つ。
「……整った……」
その時、横から温かい感触がした。
「フゴッ」
スパを終え、フカフカのタオルで巻かれたスエが、スタッフに連れられて健太の隣にやってきたのだ。
黄金色に輝く夕陽が、健太の肉体と、スエの丸いフォルムを照らす。
都会の喧騒の中、おじさんとパグだけが、世界の理から解き放たれたような静寂の中にいた。
招かれざる「整い」の邪魔者
だが、その平穏を破るように、健太のスマホが震えた。
送り主は、昨日助けた女子アナ、古閑まきこ。
『佐伯さん。昨夜は失礼しました。……実は、東雲グループの件で、どうしてもあなたに「特命」で調べてほしいことがあるんです。……今夜、あのサウナのロビーでお待ちしています』
「……フガッ?」
スエが、健太の顔を覗き込む。
「……やれやれ。スエ、どうやら俺たちの決算は、まだ赤字が続きそうだ」
健太は再び眼鏡をかけ、鋭い「特命係長」の目に戻った。
サウナで研ぎ澄まされた感覚が、江戸川の裏側に隠された、巨大な利権の匂いを嗅ぎつけていた。




