第28話:『深夜のワークアウト・パグの監査役』
「……九十八、九十九……百ッ!」
深夜、マンションの一角。
健太は上半身裸になり、自重でのプッシュアップ(腕立て伏せ)を終えたところだった。
浮き上がる広背筋、そして「特命」時代に刻まれた数戦の傷跡が、カクテル光線ならぬ部屋のLEDに照らされ、渋い色気を放っている。
「……フゴッ? フゴー?」
その目の前で、スエが首を右に45度、次に左に45度と傾げながら、不思議そうに健太を見つめていた。
「どうした、スエ。……お前もやるか? スクワットは足腰の基本だぞ」
健太が次に始めたのは、スエを両手で高く掲げてのオーバーヘッド・スクワットだ。
「フゴガッ!?」
突然の浮遊感に驚きながらも、スエは健太の太い腕の中で「これも特訓か……」と言わんばかりに、次第に悟りを開いたような顔で遠くを見つめ始めた。
「……よし、仕上げだ」
次は、懸垂。
健太がドア枠のバーにぶら下がり、己の広背筋を極限まで収縮させる。
そのたびに、足元でスエが「ワンッ! ワンッ!」とリズムを取るように吠える。まるで、特命係の敏腕トレーナーだ。
「……はぁ、はぁ。……よし、今日の『肉体決算』は終了だ」
健太がタオルで汗を拭い、再び眼鏡をかけると、いつもの「穏やかなおじさん」に戻る。
スエは「やっと終わったか」と、健太のプロテインシェイカーの匂いを嗅ぎ、プロテインが少しだけ垂れた床をペロリと舐めて「監査完了」の合図を送った。
招かれざる「取材者」の影
その時、マンションのインターホンが鳴った。
時刻は午後11時。
モニターを覗くと、そこにはマスクと帽子で変装しているが、隠しきれないオーラを放つ女性が立っていた。
「……夜分遅くにすみません、佐伯さん。古閑まきこです。……昨夜のお礼を、どうしても今すぐお伝えしたくて」
スエが「フガッ!」と短く吠える。
それは、昨夜助けた女子アナウンサーの来訪だった。
上半身裸のまま、健太は少し困ったようにスエを見た。
「……スエ。これは、帳簿には載せられない『場外乱闘』になりそうだな」
ドアを開ければ、そこには競艇界の女王・麗華さえも知らない、健太のプライベート空間へ踏み込もうとする「人気女子アナ」という名の、新たなる刺客が待ち構えていた。




