第27話:深夜の特命・女子アナ救出決算
江戸川の祝勝会が終わり、東京支部の面々と別れた帰り道。
夜の帳が下りた葛西の静かな路地裏。健太はスエを連れ、酔い冷ましに歩いていた。
「フゴー、フゴー」と満足げに鼻を鳴らすスエ。だが、突如としてスエが足を止め、路地の暗がりに向かって低く唸った。
「……スエ、どうした」
視線の先、街灯の切れたゴミ置き場の近くで、数人の男たちが一人の女性を囲んでいた。
「いいじゃねえか、古閑さんよ。テレビじゃ見せない裏の顔、俺たちにだけ見せてくれよ」
「やめて……! 離して!」
悲鳴。そこには、競馬や競艇の中継で絶大な人気を誇る、古閑まきこアナウンサーがいた。仕事帰りか、華やかな衣装が乱れ、恐怖に顔を歪めている。
「……おい。深夜の強制連行は、労働基準法違反だぞ」
健太が静かに、しかし地を這うような声で闇から現れた。
黒縁眼鏡を外し、懐にしまう。その瞬間、穏やかな「おじさんレーサー」の面影は消え、特命係長のオーラが辺りを支配した。
「あぁ? なんだお前、ただのおっさんじゃねえか。失せろよ!」
一人の男がナイフを取り出し、健太に突進する。
だが、健太は微動だにしない。
ナイフが届く直前、健太は電光石火の速さで男の手首を掴み、その関節を冷徹に極めた。
「ぐわぁぁっ!?」
「……入力ミスだ。攻撃のベクトルが甘すぎる」
健太の体術は、相手の力を最小限の動きで無効化する。特命時代に幾多の修羅場を潜り抜けた、実戦格闘術。
二人目が背後から襲いかかるが、健太は振り向きざまに、重い一撃を男の鳩尾に沈めた。
「スエ、あっちだ!」
「ワンッ!」
スエが最後の一人の足首に噛みつき、注意を逸らす。その隙に、健太は流れるような動作で最後の一人を壁に叩きつけ、制圧した。
わずか数十秒の「特別監査」。
「……大丈夫ですか、古閑さん」
健太が倒れた男たちから視線を外し、古閑まきこに手を差し伸べた。
彼女は震える手で健太の手を握り、その鋭い、けれど深い優しさを湛えた瞳を見つめた。
「あ……ありがとうございます。……あなた、もしかして、今日の優勝者の……佐伯さん?」
「……ただの通りすがりのサラリーマンですよ。……今は、ボートに乗っているだけの」
健太は、落ちていた彼女のバッグを拾い上げ、埃を払って手渡した。
そこへ、騒ぎを聞きつけた警察のサイレンが近づいてくる。
「……名前を出すと、明日の番組の台本が書き換わってしまう。……ここは、私が処理しておきます」
健太はそう言い残すと、スエを抱き上げ、再び闇の中に消えていった。
翌朝:テレビの向こう側
健太が事務所でスエとササミを食べていると、テレビから古閑まきこのニュース番組が流れてきた。
そこには、昨夜の恐怖を感じさせないプロの笑顔で、江戸川のG1結果を伝える彼女の姿があった。
『……そして、今回の優勝者、佐伯健太選手。彼はまさに、水上のヒーローであるだけでなく、私たちの日常を陰で支える騎士のような方なのかもしれません』
カメラ目線で、彼女がほんの一瞬だけ、画面越しの健太にウインクをしたような気がした。
「……フゴッ?」
「……スエ、気のせいだ。……俺たちは、地味に生きるのが一番だからな」
だが、この救出劇がきっかけで、古閑まきこは「佐伯健太」という男に異常な興味を抱き始める。
そしてそれは、東京支部の女王・霧島麗華との、新たなる「女の戦い」の火種となるのであった。




