第26話:『パグの特命・最終決算を阻止せよ』
江戸川競艇場、関東地区選手権・決勝戦。
カクテル光線に照らされた水面は、これから始まる「最終決算」を前に不気味なほど静まり返っていた。
1コース、佐伯健太。2コース、西貴斗。3コース、霧島麗華。4コース、中島和樹。
超豪華メンバーが揃う中、観客席の最上階、関係者以外立ち入り禁止のブースでは、東雲グループの常務が冷酷な笑みを浮かべていた。
「佐伯健太……。お前に引導を渡してやる。江戸川の『魔の第1マーク』に、超音波振動機を仕込ませた。お前のハヤブサがターンした瞬間、機体は粉々に砕け散るだろう」
潜入:特命パグ・スエ
その頃、ピットの裏側。
「……フゴッ、フゴガッ!!」
スエは、健太がレース場へ出る直前に残した「ある合図」を理解していた。
健太が「特命係長」時代に使っていた特殊な香料を嗅ぎ分け、スエは警備員の目を盗んで、ダクトの中を突き進んでいた。
(……ワンッ!(あいつ、変な機械のスイッチ持ってる!))
スエの鼻が、常務のいる特等席から漂う「火薬と悪意の匂い」を捉えた。
ちょうどレースのファンファーレが鳴り響く。あと数分で、健太は死の第1マークへ突っ込むことになる。
水上の死闘と、陸上の潜入
「スタート!!」
健太のハヤブサがトップで飛び出す。
だが、健太の直感(特命センサー)が警報を鳴らしていた。1マークの波面が、不自然なほど細かく震えている。
「……何かあるな。……だが、止まるわけにはいかない!」
健太がターンに入ろうとしたその時、常務がスイッチに指をかけた。
「さらばだ、佐伯!」
「フガガガガガッ!!(残業代、払えーッ!)」
突如、ブースの床からパグが飛び出してきた。
スエは、常務の高級イタリア製スーツの裾に噛み付き、そのまま全力の「首振り攻撃」を開始した!
「な、なんだこの犬は!? どけ! 離せ!!」
常務がバランスを崩し、スイッチが床に転がる。スエはそれを逃さず、「お手」の要領でスイッチを前足で踏みつけ、逆に『自爆回路』へと設定を書き換えた(偶然だが、特命の血筋である)。
決着:逆転の隼
1マーク。
超音波の干渉が消えた一瞬の隙を、健太は見逃さなかった。
「……今だ、ハヤブサ!!」
健太は麗華のラインをあえて壁に使い、江戸川の濁流を切り裂く**『特命・超音波殺し旋回』**で、中島と西をまとめてブチ抜いた。
「バカな! 振動機が作動していないだと!?」
常務が叫んだ瞬間、手元の制御盤がショートし、彼はスエに足元を掬われて派手に転倒。そのまま駆けつけた江戸川署の警察官(健太が事前に特命ルートで回していた)に御用となった。
優勝:最高のササミとメダル
「1着、1号艇、佐伯健太!!」
万雷の拍手の中、健太はゴール板を駆け抜けた。
G1初制覇。36歳にして、日本のトップレーサーの仲間入りを果たした瞬間だった。
ピットに戻った健太を待っていたのは、誇らしげに胸を張るスエだった。
その口には、常務が落とした「証拠のチップ」がしっかりと加えられている。
「……スエ。お前、本当に『特命』だな」
健太はスエを抱き上げ、その額にキスをした。
麗華が、少し複雑そうな顔で歩み寄ってくる。
「……あなたの犬に助けられたわね。……でも、優勝したのはあなたよ。おめでとう、佐伯さん」
「……ありがとう、霧島さん。……さて、スエ。今日は特上のササミじゃない。……銀座の高級肉で『打ち上げ』だ」
「フゴー!!」
江戸川の夜空に、優勝を祝う花火が上がった。
サラリーマンから、特命係長、そしてG1覇者へ。
佐伯健太の「人生の決算」は、まだ黒字街道の入り口に立ったばかりだ。




