第24話:『江戸川逆流・総帥の意地と社畜の底力』
江戸川競艇場、二日目・第12レース。
現在、江戸川は海からの「上げ潮」と上流からの「川の流れ」が激突し、水面が1メートル近く上下する「荒れ水面」と化していた。
「佐伯、敦賀での借りはここで返させてもらう。……この江戸川のうねり、お前の『精密制御』だけで乗り切れると思うなよ」
中島和樹が01号機のスロットルを静かに開ける。
マブイ出力97,000。その圧倒的な波動が、江戸川の濁った水面を力ずくで平伏させていた。
「……中島さん。帳簿の数字(マブイ量)で勝てないのは百も承知です。……だが、俺にはこの荒波が、締め切り直前の『修正依頼の嵐』に見えるんですよ」
健太は、細工されたレギュレーターを応急処置で繋ぎ合わせ、愛犬スエを一度だけ見つめてから、激流へと機体を向けた。
レース:濁流のデッドヒート
1コース、中島和樹。3コース、佐伯健太。
スタートの瞬間、中島が上げ潮の衝撃を「機体との対話」で完全に無効化し、矢のような逃げを見せる。
「……速い! 01号機が水面を滑っているようだ!」
実況が叫ぶ。
だが、健太は違った。
健太はわざと「うねり」の頂点にハヤブサを乗せ、不安定な挙動を逆利用して加速に繋げる**『波頭走法』**を敢行した。
「スエ! 合図をくれ!」
ピットの最前列で、スエが逆立った毛を震わせて吠える。
「ワンッ! ワンワンッ!!(右だ! 大きなうねりが来る!)」
スエの警告に合わせて、健太はスロットルを0.1mm単位で「刻んだ」。
細工によって不安定になったマブイ供給を、健太の指先が「あえて不規則に」操ることで、うねりの周期と完全に同調させたのだ。
1マーク:魂の決算
中島がインから完璧な旋回。
「……ここだ! 江戸川の波など、我が01号機のパワーで叩き潰す!」
だが、その中島の「力」が仇となった。
強大すぎるマブイ圧が、江戸川の複雑な渦と干渉し、01号機の艇底に一瞬の「浮き」を作った。
「そこだッ!!」
健太は、中島の機体が浮き上がった「0.2秒」の隙間に、ハヤブサの機首を突っ込んだ。
細工の影響で爆発寸前のエンジンが、真っ赤なマブイの火花を撒き散らす。
それは、倒産寸前の会社が最後の一円まで絞り出して勝負をかける、狂気の「特別損失」覚悟の差し。
「サラリーマンを……、なめるなよ……ッ!!」
決着:1ミリの逆転
バックストレッチ。
中島のパワーと、健太の執念が並ぶ。
「……佐伯、貴様……機体が壊れるぞ!」
「……壊れたら、また『再建』するだけですよ!」
ゴール板直前。
健太は、レギュレーターの接続部を自らの左手で強引に引きちぎり、マブイを直接燃焼室へ流し込んだ。
ハヤブサが断末魔のような咆哮を上げ、鼻差で中島の01号機を捉えた。
判定――1着、佐伯健太。
レース後:ピットの静寂
「……はぁ、はぁ……。……計算、合いましたよ……中島さん」
ピットに戻った健太は、煙を吹くハヤブサから這い出した。
中島和樹は、敗北の悔しさよりも、眼前の「おじさん」が成し遂げた不条理な計算に、深く溜息をついた。
「……江戸川のうねりを、細工された機体で手懐けるか。……佐伯、お前はもう『新人』じゃない。立派な、からくり競艇の『修羅』だ」
中島が認めた瞬間、スエが中島の足元に寄り添い、「フンッ」と鼻を鳴らした。
だが、勝利の余韻を切り裂くように、岡山の薮本明子が険しい表情で駆け寄ってきた。
「佐伯さん! ハヤブサのエンジンを今すぐ確認して! 細工の痕跡……これ、東京支部や各支部のやり方じゃない。……『外部』の、プロのメカニックの仕業よ!」
江戸川に集結した全国の猛者たち。
その祝祭の裏側で、健太を抹殺しようとする「真の黒幕」が、ついにその姿を現そうとしていた。




