敦賀の決算・総帥vs狂犬
敦賀競艇場、優勝戦。
水面は夜の冷気に包まれ、カクテル光線が淡水の硬い表面を冷たく反射している。
1コースには、節間全勝の怪物・中島和樹。
3コースに、平和島の奇跡を再び起こそうとする佐伯健太。
「佐伯……お前とハヤブサの走りは、確かに理に適っている。だが、それはまだ『操作』の域だ」
ピット離れ直前、中島が静かに告げる。
「俺と01号機は、既に一つの生命体だ。淡水の反発も、夜の湿気も、すべてが俺の血肉。……『おじさんの頑張り』で届く場所じゃない」
健太は眼鏡を外し、スエを一度だけ抱きしめてから、ヘルメットを被った。
「……効率化の果てにあるのは、無機質な数字だけじゃない。……泥臭い執念の先にしか見えない『答え』があるんですよ、総帥」
スタート:職人の領域
「……スタート!!」
大時計がゼロを指すと同時に、中島の01号機が滑らかに、しかし恐ろしいほどのトルクで加速した。
中島のマブイ値・合計97,000。
健太の18,000とは、資本金が違いすぎる。
中島は1マークに到達する前に、既に他艇を「引き波」すら立てさせない圧倒的な気流で支配した。
(……速い。これが『若狭の総帥』の、本当の現場力か……!)
健太のハヤブサが、中島の放つ強大なマブイの重圧に煽られ、艇体が激しくバウンドする。硬い淡水面が、健太の膝を砕かんばかりに突き上げる。
1マーク:ハヤブサの「無理心中」
中島が完璧な「逃げ」の体勢に入る。
0.1ミリの狂いもない、最短・最速の旋回。
誰もが中島の優勝を確信したその時、ピットからスエの咆哮が響いた。
「ワンッ! ワンワンッ!!(今だ! 飛び込めッ!)」
「……ああ、わかってるよ、スエ……!!」
健太は、機体の限界を無視し、全マブイをエンジンの燃焼室ではなく「艇底」へと一気に放出した。
奥義:『減価償却・ダイブ』。
あえてハヤブサを水面から浮かせ、中島の引き波という「段差」をジャンプ台にして飛び越える。
プロの世界では自殺行為と言われる「空中旋回」。
ハヤブサの翼が夜空を舞い、中島の01号機の真上を掠めた。
「な……ッ!? 飛んだ……だと!?」
中島が初めて目を見開いた。
着水の衝撃で健太の肋骨が悲鳴を上げるが、健太はそのまま、ハヤブサを中島の内側へ強引にねじ込んだ。
直線:0.01秒の帳尻合わせ
バックストレッチ。中島のパワーが再び健太を捉えにかかる。
「……無茶をしたな、佐伯。だが、着水のロスでスピードは落ちている!」
中島が外側から被せ、健太をコース外へ押し出そうとする。
だが、健太はそこで、かつての経理部で鍛えた「完璧な時間管理」を発揮した。
ハヤブサのスクリューの回転数を、中島の引き波の「周期」に完全に同期させたのだ。
抵抗をゼロにする。
パワーの差を、物理法則の「帳尻合わせ」で無効化する。
「サラリーマンを……、なめるなよ……ッ!!」
第2マーク。
健太は、中島が唯一「機体との対話」に集中しすぎて見落とした、コンクリート護岸の跳ね返り波を利用。
鋭角に。
そして無慈悲に。
ハヤブサが01号機の鼻先を、1ミリの差で切り裂いた。
結末:若狭の夜明け
ゴールイン。
優勝、佐伯健太。
静まり返る敦賀のスタンド。
そして次の瞬間、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
ピットに戻ると、中島和樹が真っ先に健太の元へ歩み寄った。
彼は無言で右手を差し出し、健太のボロボロになったハヤブサを見つめた。
「……負けたよ。……『対話』を超えた、『狂気』の計算だった」
「……いえ。……ただ、どうしてもスエに特上のササミを食べさせたかっただけです」
健太はふらつきながらも中島の手を握り返し、駆け寄ってきたスエを抱き上げた。
スエは「勝って当然」と言わなげな顔で、中島のズボンの裾に鼻を押し付けている。
こうして、福井・敦賀の一般戦も、おじさんの大逆転劇で幕を閉じた。
だが、健太の次なる現場は――「東京支部」への帰還。
そこには、健太の快進撃を止めるべく、さらに狡猾な罠を仕掛ける西貴斗や、新たな「刺客」が待ち構えていた。




