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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
プロ駆け出し編

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19/42

『パグの咆哮・不可視の航跡を追え』


敦賀競艇場、二日目のナイター。

昨夜、佐伯健太に肉薄された沼田一恵は、さらなる「深淵」に潜っていた。

彼女の愛機5号機は、今や水面を滑る音すらしない。ただの「影」が時速80キロで移動しているような、不気味な静寂。

対する健太は、深刻な「マブイ酔い」と闘っていた。

「……っ、クソ。目が、追いつかねえ……」

暗闇に溶け込む沼田の機体。白石のデータも、中島の直感も、気配を完全に断った彼女を捉えることはできない。

その時、ピットのケージの中で、スエが豹変した。

「……フガッ、フガガガッ!!」

いつもは呑気なパグが、裂けんばかりの声で吠える。

ただ吠えるのではない。その短い首を一点に固定し、「不可視の影」が移動する先を正確に追っているのだ。

「……スエ? どうした、何が見えてる……」

健太は気づいた。

パグ特有の、あの大きな瞳。スエは、マブイの波動ではなく、「水面に映るカクテル光線のわずかな歪み」と「空気の震え」を、動物的本能で視覚化しているのだ。

「……そうか。スエ、お前には『見える』んだな。……奴の帳簿外の動きが!」

運命の第11レース

健太はヘルメットを被る直前、スエの頭を撫でた。

「スエ。ピットから俺に教えてくれ。奴がどこに潜んでいるか……その声で!」

コース入り。

1コースに沼田。3コースに健太。

スタートの瞬間、沼田は再び闇に消えた。

並走しているはずなのに、鏡のような水面には波紋ひとつ見えない。

「消えた……。白石さんの言う通り、これは『幽霊』よ……」

2コースの今井玲子が戦慄する。

だが、ピットの最前線で、スエが狂ったように吠え出した。

「ワンッ! ワンワンッ!!(右だ! 右から来てるぞ!)」

「……聞こえるぞ、スエ!」

健太は耳を澄ませた。大歓声とエンジン音の隙間を縫って届く、愛犬の必死の警告。

スエの鳴き声の「指向性」から、健太は脳内に敦賀の3Dマップを展開。

沼田が仕掛けるはずの、コンマ数秒後の「無音の差し」を逆算した。

決着:逆転の決算

「そこだッ!!」

第1マーク。誰もいないはずの空間に向かって、健太はハヤブサを強引に捻じ込んだ。

ハヤブサの船体が、闇の中で沼田の5号機と激しく接触し、火花が散る。

「……ッ!? なぜ、私の位置がわかるの……!?」

沼田の無機質な声に、初めて「恐怖」が混じった。

「……俺の『秘書』が、お前の不正(隠密)を見抜いたんだよ!」

健太はそのまま、沼田の機体を「重石」にするようにして強引に旋回。

スエが吠え続ける方向へ、ハヤブサを全開で解き放った。

「サラリーマンを、なめるなよ……ッ!!」

闇を切り裂くハヤブサの翼。

ゴールラインをトップで駆け抜けたのは、パグの導きを信じた「おじさん」だった。

レース後:最高のササミ

ピットに戻ると、健太は真っ先にスエを抱き上げた。

「……助かったよ、スエ。お前がいなきゃ、今頃海藻の餌食だった」

スエは満足げに、健太の頬をベロベロと舐め回した。

その様子を見ていた沼田一恵は、そっと自分の5号機を降り、スエの前にしゃがみ込んだ。

「……おじさんの犬。……私より、ずっと優秀。……次は、負けない」

沼田はスエの頭を、ほんの少しだけ優しく撫でた。

それをきっかけに、中島和樹や今井玲子、チームスプリンターズの面々までもが、スエを囲んで「勝利の女神」として崇め始める。

「ガハハ! 佐伯、そのパグ、俺たちの支部でスカウトしてもいいか?」

中島が冗談めかして笑う。

福井・敦賀の夜に、おじさんとパグの伝説が刻まれた。

だが、その光景を苦々しく見つめる影が一つ。

……健太の活躍を面白く思わない、東京支部の「ある人物」が敦賀に現れようとしていた。

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