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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
プロ駆け出し編

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13/42

雨の決算・データは嘘をつく

2041年5月、平和島。二日目。

予報通りの雨。それも、ボートのシールドを叩きつけるような激しい雨だ。

雨粒がマブイの変換回路に干渉し、出力が不安定になる「ノイズ」が発生する。多くの選手がマブイの出力不足に悩む中、ピットの片隅で、白石悠真が眼鏡の奥の目を光らせていた。

「……気圧1002ヘクトパスカル。湿度95%。雨粒の衝突による抵抗値の増加……。全て計算シミュレーション済みです、佐伯さん」

白石がタブレットを健太に向ける。そこには、昨日の健太の航跡を解析し、雨天時の挙動を予測した「佐伯封じ」のシミュレーション結果が表示されていた。

「昨日のあなたの『差し』は、精密なスロットル操作によるもの。ですが、この雨で水面のμ(摩擦係数)は刻一刻と変化する。……あなたの『指先の感覚』というアナログなデータは、このノイズの中では無力だ」

健太は無言で、ハヤブサの点火プラグを交換していた。

雨に濡れた作業着。眼鏡が曇るのを嫌い、既に眼鏡は外している。

「……白石くん。数字は嘘をつかないが、入力するデータが古ければ、決算書は紙屑になるぞ」

「……強がりを。あなたの敗北確率は、現時点で92%です」

第10レース:視界ゼロの攻防

ファンファーレが雨音にかき消される。

1コースに白石悠真。4コースに佐伯健太。

スタートラインへ向かう中、ビル風と雨が混じり合い、水面には不規則な「叩き波」が発生していた。

(……この感覚。……雨の第三京浜と同じだ)

健太は、ヘルメットの中で目を細めた。

かつて、視界数メートルの中、路面のわずかな滑りを感じ取りながらスロットルを開けた記憶。

白石の計算には「路面の匂い」や「風の湿り気」といった、数値化できない感触が入っていない。

「……スタート!」

白石が1コースから完璧なタイミングで飛び出す。

データの裏付けがある白石は、雨の中でも迷いがない。最短コースをなぞるように1マークへ。

一方、健太は4コースから、あえて白石の「引き波」の中へと突っ込んだ。

「自殺行為だ……! 私の計算では、そこで失速して転覆するはず!」

白石がモニター越しに叫ぶ。

だが、健太はそこで**『からくり点火・雨天調整レイン・セット』**を起動させた。

マブイの出力を上げるのではない。雨粒がエンジンに吸い込まれる周期に合わせて、点火のタイミングを「わざと」外す。

経理マンが、あえて誤差を容認して全体の帳尻を合わせるような、高度なバランス感覚。

「……今だ、ハヤブサ!」

1マーク。白石の艇が雨で視界を奪われ、コンマ数秒、ターンの始動が遅れた。

その刹那。

健太の61号機が、白石が計算で「壁」として利用しようとしていた波の山を、逆にジャンプ台にして飛び越えた。

「サラリーマンを、なめるなよ……ッ!!」

決着:ノイズの向こう側

空中を舞うような超高速の旋回。

白石のシミュレーションにはない「三次元の動き」。

着水した瞬間の衝撃を、健太は暴走族時代に培った膝のクッションで吸収し、そのまま白石の内側を抉り取った。

「ば、馬鹿な……! 計算では、そこは『通行不能』なはずだぞ!」

バックストレッチに出た瞬間、健太のハヤブサが雨を切り裂いて加速する。

白石のデータが弾き出した「正解」は、健太の「経験」という名のイレギュラーによって粉砕された。

ゴール板を駆け抜けたのは、全身ずぶ濡れの、しかし最も熱い魂を燃やした4号艇。

宿舎:計算機の敗北

ピットに戻り、白石は呆然とタブレットを見つめていた。

「……なぜだ。私の計算は完璧だったはずだ……」

健太は濡れたカポックを脱ぎ、タオルで頭を拭きながら白石に近づいた。

「……白石くん。雨の日は、帳簿データよりも『現場の匂い』を信じることだ」

健太は、ポケットから取り出した古い、しかし完璧に手入れされた電卓を白石に見せた。

「……1円のズレを直すのは計算機だが、そのズレが『なぜ起きたか』を突き止めるのは、人間だ。……いいレースだったよ」

その時、遠くから霧島麗華の冷ややかな声が聞こえた。

「……あら、データ派の秀才が、おじさんの『勘』に負けたの? 傑作ね」

麗華の瞳には、昨日とは違う、健太への隠しきれない「興味」が宿っていた。

そして、その光景を苦々しく見つめる西貴斗の姿もあった。

東京支部の序列が、雨と共に激しく入れ替わろうとしていた。

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