外科の新人の歩み33 幸せと苦悩
いよいよ最終関門の月曜日がやってきた。極限の緊張状態の2人。
でも、それは当たり前かも知れない。初対面の方にとんでもないお願いをするのだ。だが2人の意思は固かった。
程なくして、部長夫妻がやってきた。楽しく談笑しながら食事が始まる。
さすが部長の奥さまだった。主人を立て、2人にも気遣う。見たこともない人格者だ。
外科の新人は思った。これは無理かも知れない。
奥さま「えー。今日は、あなたが払うのよね?」
店長「いえ。私です。」
奥さま「あら。。つまり、とんでもないお願いをするということなのね。」
部長「ん~~。まずは、聞いてやってくれないか。私は最終的に同意した。」
奥さま「分かったわ。言って下さい。」
店長「はい。彼女は秋田の貧しい家庭で生まれたそうで、幼少期から不遇な人生を歩む中で大切なおばあちゃんを見送ってくれた看護師に感銘を受けて看護師になったそうです。彼女は。。彼女は、故郷を捨ててこの街を故郷にすると誓い看護学校に入学しました。自身で学費、生活費を稼ぎながら看護学校を卒業したのもあり、圧倒的に成績が悪かったそうです。病院の付属看護学校なので、どうにか看護師になれたそうです。」
奥さま「そうなのね。。苦労しても目標を見失わず努力したから、こんなに輝いているのね。」
店長「そんな彼女は看護学校の最後のクリスマスに私の店にお客様として来店しました。私はある程度の成功を収め、お金目的で近づく女ばかり。近づく女には警戒してしまうため心が受け付けませんでしたが、彼女の人柄とお金に関心が全くないことに興味が湧き、賭けをしたのです。結果的には、彼女が賭けに勝ったので付き合いが始まりました。やがて彼女の不遇な過去を知り、家族というものの良さを知ってほしいと思い私の家族を紹介しました。彼女は人生で初めて家庭の温かさを理解したのです。」
部長「いや〜。私はそこまでとは知らなかった。。」
店長「私が彼女を愛して、彼女を支える。そのためには家族を作ることが最も大事なことでした。2ヶ月前に有名な先生を紹介してもらい検査した結果。。私に問題があり子供は無理ということが分かりました。この2ヶ月悩み、話し合い。。ようやく結論が出たため、お時間を頂きました。」
外科の新人「奥さま。私に部長の子供を作らせて下さい。私に家族を与えていただくことをお認め下さい。ずいぶん悩んだ末の結論です。私は彼を愛しています。これを超える愛は他にありません。ですが、私は部長を愛しています。愛している人の子供を愛している人と育てる。これしか道がないという結論になりました。」
店長「この考えは、彼女と相談する前から私自身も理想の答えと考えていました。私には彼女に家族を与えられない。。でも、彼女を幸せにしなければならない。ですから、どうか部長の子供を私達にお与え下さい。」
無言でお茶を飲み、無言の時間がしばらく続いた後に奥さまが答える。
奥さま「私は元薬剤師でしたが医師の妻なの。外に女の1人や2人いて当然だと思ってたわ。なのに、この人は私を愛しているから、どう考えてもいるように思えなかった。」
部長「いやいや、いる訳がないだろう。」
奥さま「いい?あなた。申し訳ないけど主人の一番には決してなれないわ。それは理解しておいて。もちろん。彼が一番なのでしょうが。あのね。。私は知っていた。私が男の子を産んでいたら、もっと早く開業していたはずなの。主人は一言も言わなかった。これは私の最大の後悔なの。どうにもならないことは分かっている。でも、自分として納得出来ない唯一の人生の汚点なの。ずっと自分を責めてきた。どんなに愛しても、彼の夢を叶えることが私には出来なかった。」
部長「そんなことは。。」
奥さま「分かってる。でも愛する人の願いは叶えたいじゃないの!今の2人には一番良く分かるはずよ?」
外科の新人「彼と話し合いました。どうしても愛する人の子供でなければならない。幸せを目指すなら。」
奥さま「ずいぶん悩んだのね。。私はあなた達を応援する。だから、私を応援して。」
外科の新人「あの。どのような形で応援をさせて頂いたら。。」
奥さま「主人と愛し合い、主人の子供を産むのは認める。だけど、男の子が産まれたら。。主人の病院を継ぐ医師に必ずすること。これが私を応援するのなら唯一の願いよ。わがままなのは承知のうえです。どうかこの願いを叶えて下さい。」
外科の新人「。。奥さま。。はい、分かりました。最後は子供が決めることですが、そうなるように愛情注ぎます。」
奥さま「なんか。私にはあなた達は孫みたいな感覚だわねえ。。さあ、そう決めたのなら、あなた達2人も私の大切な家族だからね。いい?」
店長の目から涙が机に落ちる。
店長「ありがとうございます。。本当にありがとうございます。」
奥さま「いいのよ。あなたが一番辛かったわよね。いつ結婚するの?早く子供を産んで欲しいのだけど。」
外科の新人「いや〜。今、ようやく結婚の条件が満たされたので。。あっ。このことは4人だけの秘密で一生内緒のつもりです。子供に聞かれたら答える可能性はありますけど。。」
奥さま「そうね。。確かに、私達の子供には言いにくいわね。」
店長「私の両親にも言えない。言えば言うほど理解されない。だから、4人で止めるのが良いと思います。」
外科の新人「どれだけ部長を愛しても、奥さまを超えることはないことは今日お話ししてはっきり分かりました。それに超えてしまったら彼との関係が崩れる。こんな素敵な奥さまを超えることは絶対に出来ないし、超えたら誰も幸せにはなりません。」
奥さま「確か。。梅雨どきくらいかしら?女がいると初めて感じたのよ。あなただったのね!」
外科の新人「それなんですが。。本当にダメな看護師の私を部長は一生懸命育ててくれました。3ヶ月も毎日毎日特訓してくれた。私は特訓初日に部長を愛していることに気づいてしまった。でも隠し、看護師として一人前になることに集中して。。でも時々。抑えられない時はありました。ただの憧れかも知れません。」
部長「言わなかったのだが。。私は君が研修生の時代に亡くなった患者さんを見送る時に号泣し、先輩看護師に一生懸命やって見送って泣くのをダメというなら看護師にはならないと言った時なのかな。。あれだけ心を込めたケアは見たことがなかった。。なのに家族に挨拶して病室を出た瞬間から、笑顔で別の患者さんを手伝ったんだよ!一流のプロなのに心がある。。私には理解出来なかった。良く自分の気持ちは分からないけど。あの時が始まりかも知れないな。ただ人間として惚れたとは思うけど。。よく分からないんだよね。」
奥さま「んー。それは凄いわね。それは。。もしかしたら、私の愛を超えるかも知れないわね。ねえ、お願いだから一番にはならないでくれないかな?」
外科の新人「私にはこの先は、大切な家族がいるはずですから一番にはなりません。当たり前じゃないですか。」
店長「奥さま。心を込めて作りましたので、ご家族で良かったら。」
奥さま「まあ。ご丁寧に。。えっ?あなたがお作り。。ねえ、ちょっと!最高のマロンケーキじゃない!あれは、あなたが。。つまり、あなたはあの有名なケーキ屋さんということなの!」
外科の新人「これは特別版ですから。実は最近、私も作ってもらったのですが。。信じられないくらい美味しいです。店のマロンケーキすら比較にならない特注品ですよ。」
奥さま「なんで最後に言うかな。。私。店長に惚れたかも。」
部長「おいおい。せっかくまとまったのに、ややこしくするなよ。彼の実家は、あの有名な定食屋さんだ。私も先日行ったけどな。あれは良かったぞ。」
外科の新人「ケーキ屋さんを選んだだけで、彼は何でも作れますよ。実家帰るとお店を手伝いますから。」
部長「彼が言うには。。この店より美味しいものを作れるってさ。」
店長「私。来月から水曜日を定休日にすることにしましたので、必要でしたら。ご自宅で料理のおもてなしも致しますよ?」
奥さま「要る!ねえ、いつがいい?あっ!そう言えば。あの偽物のマロンケーキ。びっくりしたけど、美味しかったわね!あれが実家のお店のメニューなのよね?」
店長「ああ、あれは彼女が開発しまして。父が気に入ってメニューに入れたのです。今や店の一番人気になってしまったみたいですね。。」
奥さま「あなたが!2人とも才能豊かね!ねえ、あなた。何とか水曜日に店長の料理を。」
部長「分かった分かった。仕事の調整して、彼と相談するよ。」
外科の新人「だけど。。今忙しいのですよね?働きながら病院建設でしょう?」
部長「年始開業を目指しているから、むちゃくちゃ忙しい。なあ、彼女な。今や病院ナンバーワンの看護師になったんだ。私の手術も、私に指示すると思えば道具勝手に揃える。挙句の果てには手術終了時点で片付けまで終わってるんだ。はっきり言って、もはや医師としても一流だと思う。」
店長「1日働いて、ケーキ屋の行列を無くしてしまうほど、改善と処理能力がありますから。元の頭は相当いいと思います。」
外科の新人「あのね?私、時間空いた時はネットで最新の医学情報やYouTubeで学会の動画見て勉強しているの!努力してるから頭いい訳じゃないわよ。」
奥さま「ちょっと。あなた、彼女を病院に引っ張らなくていいの?とんでもない人材じゃないの!」
部長「先日、話はしたさ。これから交渉だよ。」
外科の新人「今は理事長とも友人だから。。そこは慎重に進めないと。ただ、子供産まれたら間違いなく移ります。夜勤しながら育児なんて無理ですからね。」
部長「ん~~。理事長か。。手強いな。これは難しいぞ?」
外科の新人「まあ、使わないけど。。私、理事長の弱み握ってますから。。たぶん使えば明日でも辞めれます。さすがに言えない秘密ですね。」
部長「やっぱり危ないな。彼女は、入れないほうがいいようだな。」
外科の新人「えっ!そんなこと言わないで下さいよ〜。内科の彼女よりマシでしょう?」
部長「あの子は、綺麗なだけで害はない。」
奥さま「ああ。いきなりプロポーズしたって子のこと!」
店長「えー。。実家の定食屋に家族で来客された時にヤクザが店に絡んで。。彼女、いきなり首根っこ掴んで外に引っ張りだしてボコボコでしたよ?親分呼びつけて店の前で説教して。修羅場だったなー。」
奥さま「あら。みんな個性豊かでいいわね。へー。なんか楽しみになってきたわ。あなた、今度こそ。いい女に男の子産ませるのよ。」
部長「いや、もう少しいい言い方ないかな?」
奥さま「あなた。必ず2人の幸せに貢献するのよ?私はあなた達は家族のつもりで接するからね。病院も始まる。いろいろ楽しみだわ。」
部長「ずいぶん緊張しただろう。そろそろ帰るか。」
店長「私が払います。要らないくらいお金ありますから大丈夫です。」
外科の新人「今日だけは私達に払わせて下さい。」
奥さま「甘えるのが筋みたいね。」
条件は追加されたが、無事最大の難関は突破した。ようやく2人は結婚に向けて進み始めることが出来たようだ。




