第25話 謁見に向けて
ステラはベッド脇に立ったまま、薄い光粒を肩先に散らしている。
さっきアリエスを固まらせた衝撃はひと呼吸でほどけ、今は真剣な目だ。
「……えっと。ステラ、でいいのよね?」
「はい。ステラとお呼びください」
アリエスはうなずき、視線をウィンの左手へ滑らせてから、ステラへ戻す。
「あなたは、その…魔晶器なの?」
「はい。私の実体はウィン様が持つA.I.M.S.、現代でいう魔晶器に相当します。今は光と風のモジュールを応用し、映像と音声を出力しています。 」
「…よくわからないけど、すごいわね…ベイスの禁足地にいたって話だけど、ずっとそこにいたの?」
「はい。ただし、制作時期や制作者のデータは保持しておりません。」
アリエスの眉が一度だけ寄り、すぐ解ける。
「そっか…ま、いいわ。あなたのお陰でウィンは今もこうして生きてるし、魔法も使えるようになったんだもの。ありがと。」
「ところで、ステラ。あなたも父さんの仇見ているわけ? なにか気づいた事はない?」
「ネガト。該当人物については視認しておりません。ーただし、エーテル残滓の解析は完了しています。昨日のノクスベアから該当人物と酷似するエーテル残滓を確認しています。」
ステラは指先で空間に小さな波形を描くように示し、揺らぎの癖をなぞってみせる。
「…まさか、あいつが近くにいたのか…?」
ウィンの拳に力がこもる。
「はい。その可能性は高いと推定します。」
「何が目的なのかしら……たとえば騎士団が狙い、とか。」
ウィンはしばし黙って、グラスの縁を親指で軽くはじいた。
「——そうだ。おじさんは“特別な魔晶器が狙い”って言ってたよな。騎士団やアカデミーには相当な実力者が集まる。ステラみたいな特別な魔晶器を炙り出すために、強い魔物をぶつけた……って線、ないかな」
アリエスがメモの端を折り、息をついた。
「……推測の域は出ないけど、筋は通るわね」
ウィンははっとして顔を上げる。
「そういえば、アリエスの魔晶器——使えるようになったの?」
「ああ、これ?」
アリエスはペンダント型の魔晶器を引き出す。
「全然反応しないんだよねぇ……」
金具がかすかに鳴るだけで、光も脈もない。
ステラが首を傾ける
『解析致しましょうか?』
アリエスが目を丸くする。
「解析?できるの? …お願い!これ父さんから貰った大切なものなの!」
『セルト。では、その端末に少量のエーテルを通してください』
「わかったわ。」
アリエスはペンダントを握り、静かに息を整えて意識を流し込む。
——だが、魔晶器は冷たく重いだけで、沈黙を貫いた。
「…だめ。やっぱり何も反応しない。」
『所見を報告します。こちらは通称A.R.M.S.と呼称される端末です。使用者のエーテルを増幅し、設定モジュールへ変調出力する機構。現在はユーザー認証が未確立のため使用不可。壊れてはいません。認証方法は端末ごとに異なるため、現時点では不明です』
アリエスはペンダントを見下ろし、肩を落とした。
ウィンは声だけを柔らかくする。
「……壊れてないって分かっただけで、十分だよ。そのうち、ちゃんと動くよ。」
「……うん。ありがと」
アリエスは息を整え、ペンダントを胸元へ戻した。
「…で、夕方の謁見だけどさ。」
ウィンがグラスを端に寄せる。
「聖騎士長のカイン様に、あの男の話をしてみようと思う。ベイス村で魔物を操っていた男がいたこと、今回のノクスベアも同じ可能性があること。——何か手がかりが見つかるかもしれない」
「そうね。今のところ現役の騎士団関係者の線は薄いし、とにかく情報を集めないとね。」
アリエスはうなずき、視線でステラを示す。
「念のため、ステラの事は黙っておきましょう。」
ステラがわずかに首を傾げた。
『ウィン様。セラ・アルディナのエーテル反応が接近しています。』
ウィンは短くうなずく。
「セラ?…わかった。ステラ。一旦戻ってくれ。」
『セルト。映像・音声出力を停止します。アリエス、またお会いしましょう。』
像の光がふっと細り、輪郭が静かにほどけていく。
…コン、コン。
ステラが消えると同時に、板戸が二度、小さく鳴った。
「戸越しにセラの声が届く。
「ウィンさん~。お時間です~。カイン様、もうお着きですよ~」
緊張がひとしずく落ちる。ウィンは深く息を吸って、吐いた。
「わかった。行こう。」
「あらあら~お客様ですか~?初めまして。セラ・アルディナです~」
「初めまして。アリエス・ライトフットよ。」
アリエスも立ち上がって礼を返す。
「ライトフット…ウィンさんのお身内ですか~?」
「…まあそんなものね。よろしく。」
すぐにウィンへ視線を戻し、静かに言う。
「じゃ、私は帰るわ。また相談しましょ。」
「うん。終わったら報告するよ。」
セラが扉を支え、半歩先へ身を引く。
「では、参りましょう~」
**
窓の光はすでに傾き、床の影が長い。
廊下の空気はひんやりとして、靴音が一定に重なる。
セラが振り返り、小声でささやく。
「緊張してます~?」
「少しだけ」
ウィンは歩調を崩さずに尋ねた。
「そういえば、ピコは?」
「いまお昼寝中なんです~。さっきまで元気いっぱいでしたから。起こしますか~?」
「…いや、起こさなくていい。寝かせてやって」
『セルト。あの従魔は話し合いの場にふさわしくありません。』と耳の内側でステラ。
セラはくすっと笑ってうなずく。
「お優しいんですね~」
曲がり角を抜けると、応接室の手前に団員が一人立哨していた。
腕を組み、目だけが動く。
「——止まれ。何者だ。」
声は低く、余計な愛想がない。
「グラン・セレスタ1年のウィン・ライトフットです」
「同じく1年、セラ・アルディナです~」
団員は瞬きもせず二人を測り、顎だけで扉を示した。
「話は聞いている。くれぐれも失礼の無い様にな。……ついて来い」
短い踵音。団員は扉に手をかけ、コン、コンと二度ノックする。
「ウィン・アルトベルト、セラ・アルディナ——入室します」
取っ手が静かに回り、扉が開いた。
室内は簡素で静かだ。
カインはゆっくりと腰を上げ、こちらに向き直った。
鎧金具が触れ合う音だけが鳴り、目が合うと目尻がやわらぐ。
胸の前で軽く手を添え、歩を半拍だけ緩める。
「視線の端がやわらぎ、室内に陽だまりが差すみたいに空気が和らいだ
ウィンの緊張が静かにほどけていく。
「——来てくれてありがとう。まずは無事でよかった。少し話を聞かせてくれないか?」
雨上がりの空気みたいな声が、心のざわめきを撫でた。




