第18話 模擬戦闘③
試験官の声が広間に響いた。
「――ウィン・ライトフット、リューク・カーヴェル。前へ」
静まり返った空気の中、二人が中央へ進み出る。
観客席から注がれる視線は、もはや好奇や冷やかしではない。
いまや誰もが、ウィンの実力を見極めようとしていた。
列を抜けた瞬間、ステラの声が脳裏に響く。
『ウィン様――新たなモジュールを学習済みです。使用いたしますか?』
ウィンは短く答えた。
「……いや。あまり目立ちたくない。光と火、それに剣術だけでいこう。」
『セルト。承知しました。ラディアントおよびイグニスのモジュールのみ使用します』
そのやり取りの間にも、リュークは両腕に炎をまとい、ぎらついた目でウィンを射抜いていた。
赤毛が熱風に揺れ、指先に炎が集まっては弾ける。
「いい気になるなよ。……ここで叩き潰してやる」
低く吐き捨てるような声と同時に、炎が掌で爆ぜ、広間の空気がさらに熱を帯びる。
ウィンは挑発に答えず、静かに左腕の天晶器へ触れた。
「……行こう、ステラ」
『セルト』
試験官の手が振り下ろされる。
「――始め!」
号令と同時に、リュークが炎弾を連射した。
轟音とともに火球が次々と迫り、広間全体が赤く染まる。
『《ラディアント・ウォール》展開。』
ステラの宣言と同時に白光の障壁が立ち上がる。
炎弾が連続して直撃し、爆ぜるたびに閃光と熱風が広間を揺るがす。
それでも障壁は揺るがず、観客席からどよめきが広がった。
連射される炎弾が白光の障壁にぶつかり、爆ぜるたびに轟音と熱風が広間を揺らす。
やがて火球の勢いがわずかに鈍り、壁を揺らす衝撃が軽くなった。
『――対象のエーテル出力、初撃比でおよそ23パーセント低下しています。今が攻勢に転じる最適なタイミングです』
ステラの声に、ウィンは目を細めて頷く。
「……よし。」
彼は一歩踏み出し、左手を突き出した。
低く息を吸い込み、言霊を紡ぐ。
「炎弾!」
瞬間、紅蓮の炎が奔流となって迸る。
リュークが放った火弾を正面から呑み込み、その熱を凌駕する勢いで押し返していく。
爆炎が爆ぜ、赤い閃光が広間を覆った。
「なっ……!」
リュークの顔に驚愕の色が浮かぶ。
自身の炎が、同じ炎で圧倒されるという現実。
炎の壁を突き破りながら、ウィンはさらに踏み込む。
腰の剣を抜き放ち、閃光を帯びた刃が紅蓮を裂いた。
爆炎の余熱を切り裂きながら、ウィンの影が炎の中から浮かび上がる。
「くそっ……これならどうだっ――!」
リュークが全身のエーテルを燃え上がらせる。
周囲の空気が震え、烈火の渦が広間を覆った。
「灼炎嵐!」
轟音とともに炎の竜巻が巻き起こり、床石を抉りながら迫り来る。
観客席から悲鳴が漏れ、試験官すら身を乗り出した。
『危険度高。右前方に回避してください』
ウィンはステラの指示に従い、炎の渦の縁を駆け抜けた。
灼炎嵐の熱風が背後で爆ぜ、床石を抉りながら広間を赤く染める。
観客の視線が追いつくよりも早く、彼の影はすでにリュークの間合いに踏み込んでいた。
火花。
炎を纏った剣と、光を帯びた刃が正面から激突する。
甲高い金属音と爆ぜる炎の轟きが重なり、広間に衝撃が走った。
両者は一歩も譲らず、幾度も刃を交える。
リュークの剣は荒々しく重い。
振り下ろすたびに炎が爆ぜ、焦げた風が観客席に吹きつける。
だがその一撃は直線的で、力任せの色が強かった。
対するウィンの剣は、正確で無駄がない。
火花を散らしながら軌道をいなし、受け流し、次の刃を繋ぐ。
観客席からは、熱気と緊張に息を詰める音が広がった。
「うおおおっ!」
リュークが吠え、炎剣を叩きつける。
床石が砕け、熱が爆ぜる。
その瞬間――眩い光が迸った。
白光の障壁が、リュークの踏み込みを正面から弾き返す。
押し込もうとした力が逆流し、リュークの体は支え切れず崩れた。
片膝が床に沈み、炎剣の軌道が大きく逸れる。
「なっ……!」
驚愕に揺らぐ瞳。
決定的な隙が生まれる。
ウィンは一気に踏み込み、剣先をリュークの首筋すれすれで止めた。
残光の余韻が空気を震わせ、広間に静寂が訪れる。
荒い呼吸を繰り返すリューク。
額を汗が伝い落ち、炎はすでに消え去っていた。
「――そこまで!勝者、ウィン・ライトフット!」
試験官の声が広間に響いた瞬間、張り詰めていた緊張が解けた。
直後、観客席から歓声とどよめきが爆発する。
「……っ!」
「すげぇ……!」
言葉にならない感嘆が飛び交い、熱気をさらに押し上げた。
その中で、一人だけ別の熱に苛まれている者がいた。
リュークだ。
膝をついたまま、握りしめた拳が震えている。
「くそっ……!」
歯を食いしばり、床を叩く。
――魔法も満足に使えないはずの落ちこぼれ、
劣等種のはずの相手に敗れたという事実。
それが、リュークの誇りを深く抉っていた。
歓声の中で、彼の唇からはそれ以上の言葉は漏れなかった。
ただ悔しさと屈辱だけが、燃え残る炎のように胸を焦がしていた。
一方で、ウィンは剣を収め、深く息を吐いた。
歓声にも、相手の悔しさにも目を向けず、ただ静かに次を待つ。
その後も模擬戦は続き、残りの受験者たちが次々と戦場に立った。
歓声とため息が交互に広間を満たし、やがて全ての戦いが終わりを告げる。
試験官が前へと進み出る。
場の空気が引き締まり、受験者たちの視線が一斉に集まった。
「――これより、成績に基づきクラス分けを発表する」
広間に新たな緊張が走り、誰もが固唾を飲んだ。




