第17話 模擬戦闘②
試験官の声が広間に響く。
「――ミレイユ・フェルナー対リィナ・ヴァレンシュタイン」
ざわめく観客の視線を浴びながら、二人の少女が中央へと歩み出る。
リィナは指に嵌めた銀の魔晶器を掲げ、軽く指を弾いた。
刹那、硬質な音とともに光が走り、そこから一本の長槍が生成される。
鋭い穂先が空気を切り裂き、石床に映る影が伸びた。
彼女は無駄のない動作で槍を構え、石突を軽く床に叩きつける。
訓練された者特有の揺るぎなさが、その姿勢に滲んでいた。
一方のミレイユは、胸の前で両手を揃え、息を整える。
肩の力を抜き、風の流れを感じるように瞼を細めた。
彼女の周囲に、透明な渦がわずかに揺れる。
軽やかで柔らかな気配が広がり、観客席から小さな囁きが漏れた。
「――始め!」
号令と同時に、リィナが大地を蹴った。
鋭い踏み込みと同時に槍を薙ぐ。
空気が切り裂かれ、床石が震える。
ミレイユは反射的に後方へ跳躍し、両腕を振り抜いた。
「風壁!」
透明な膜が立ち上がり、槍の一撃を弾く。
だがリィナは怯まず、低く呟く。
「土壁!」
ごうん、と床から土の壁がせり上がる。
槍を壁の縁にかけるようにして跳躍し、死角から迫る。
「速い――!」
ミレイユは急ぎ手を払った。
「風刃!」
鋭い風の弧が飛び、壁を切り裂く。
砕けた石片が散り、光を反射する。
だがリィナは既にその破片の影から飛び出していた。
槍を突き込み、間合いを一気に奪う。
開始直後から繰り出される激しい応酬に、観客席からどよめきが広がった。
槍の穂先と風刃が交錯するたびに金属音めいた風切り音が響き、石床には小さな裂け目が刻まれていく。
試験官すら眉を寄せて見守るほど、二人の動きは素早く、精緻だった。
観客席が息を呑む。
ミレイユは地を滑るように回避し、掌を振り抜いた。
「風槍!」
鋭い矢のような風が一直線に走る。
しかしリィナは槍柄で打ち払い、体を沈めて突進を継続する。
距離を広げたいミレイユと、間合いを詰めたいリィナ。
二人の意図は明確にぶつかり合っていた。
ミレイユはさらに風をまとい、身体をひねるようにして側面へ滑る。
その一撃はかすかにリィナの肩をかすめ、観客から「おおっ」と声が上がった。
それでもリィナは一歩も退かず、すぐに槍を振り上げて応戦する。
多少の損傷など気にも留めない、その姿は戦場に立つ兵そのものだった。
ミレイユは風をまとい、床すれすれをすり抜けるように後退する。
足取りは軽やかで、まるで風に舞う舞踏の一節のようだ。
対するリィナは土壁を次々と生み出し、そこを足場として一気に間合いを詰めてくる。
時に壁を盾とし、時に遮蔽物とし、さらには跳躍の踏み台とする――その動作は磨き上げられた戦術の結晶だった。
「くっ……!」
ミレイユの風刃が壁を次々と砕く。けれど、そのたびにリィナとの距離は縮まっていく。
彼女の動きには迷いがなく、積み重ねた鍛錬が一挙手一投足に現れていた。
追い詰められたミレイユは一瞬、両手を高く掲げる。
小さな竜巻が彼女の周囲を旋回し、観客は思わず身を乗り出す。
リィナは正面からその風圧を切り裂き、なおも槍の勢いを落とさない。
二人の差は、経験と持久力の厚みによってじわじわと開いていった。
再び槍が振るわれる。
ミレイユは風で身体を滑らせ、かろうじてかわす。
続けざまに石突が床を叩き、砕けた石片が弾丸のように飛ぶ。
頬に走る小さな痛みに、彼女の呼吸が乱れた。
「――ここだ!」
リィナの眼が鋭く光る。
床に掌を叩きつけた瞬間、彼女の足元から土壁がせり上がり、ミレイユの退路を塞いだ。
逃げ場を奪った上で、槍が弧を描く。
ミレイユは必死に風を集めた。
「風嵐!」
強風が吹き荒れ、土壁を削り、砂塵が舞う。視界が曇り、観客席から悲鳴が上がる。
だが、その混乱の中でもリィナの気配はぶれなかった。
槍の先は風を裂き、確実に標的を追い詰める。
砂塵に覆われた空間で、わずかに光る槍の軌跡が閃いた。
次の瞬間、風が裂け、リィナの姿が暴風の中から飛び出す。
観客の誰もが目を見開く。
――迷わず踏み込んだ者だけが打てる、渾身の一撃。
「はああああっ!」
力強い踏み込み。ミレイユの風槍を弾き飛ばし、体ごと押し込むように石突を肩口へと突き当てる。
「――そこまで!」
試験官の制止の声が轟いた。
場の空気が一瞬で静まる。
リィナの槍が止まっていた。
ミレイユは肩を押さえ、荒い呼吸を繰り返す。
風はまだ彼女の周囲を漂っているが、その勢いはもはや細い糸のように弱々しい。
「勝者――リィナ・ヴァレンシュタイン!」
拍手と歓声が広間を満たした。
リィナは槍を霧散させ、静かに右手を差し出す。
「あなた、強かったわ。……次はどうなるかしら。」
ミレイユは悔しさに唇を噛みつつも、その手を握り返した。
「……はい。また、手合わせお願いします。」
観客席にはしばらく拍手が鳴り響き、二人の握手を見届けるように音が重なった。
他の受験者の中には真剣な眼差しで二人を見つめる者もいれば、唇を噛みしめる者もいた。
それほどまでに、今の一戦は鮮烈に映ったのだ。
二人の眼差しが交差し、互いの健闘を認め合う。
その光景に、観客の緊張がようやく和らいでいった。
列の後方でウィンは視線を落とし、先ほどの攻防を反芻する。
ステラの声が脳裏に流れ込んだ。
『戦闘解析――完了。ミレイユ・フェルナーは終盤、退路を土壁で塞がれました。敗因は“風嵐”を最大出力で展開した直後、反撃行動に移らなかった事が要因です。』
次いで、脳裏にもう一つの光景が描かれる。
リィナの突進に合わせ、ミレイユが半歩横へ回り込み、壁の陰を逆利用して風槍を打ち込むシミュレーション。
『――あの瞬間に側面へ移動し、ウィンド・ランスを二重詠唱していれば、リィナ・ヴァレンシュタインの槍は死角に逸れ、勝率は六三パーセントまで上昇します。』
ウィンは目を閉じ、脳裏にもう一つの戦場を思い描く。
槍が突き出され、風槍が重なり合う。――わずかな軌跡の違いで、結果は逆へと傾いていた。
「……なるほど。勝つ手は、あったんだな」
『セルト。その通りです。適切な判断が一手遅れるだけで結果は逆転します。――解析データを保存しました』
その後も模擬戦は続いた。
名前が呼ばれ、受験者が進み出るたびに場内は緊張に包まれ、勝敗が決するたびに大きな歓声とため息が交錯した。
戦いの余熱が渦を巻き、広間は試験の場というより闘技場のような熱気に満ちていく。
やがて、試験官の声が響いた。
「――ウィン・ライトフット。リューク・カーヴェル。前へ」




