第15話 実技試験③
「――次。ウィン・ライトフット」
試験官の声が響いた瞬間、場の空気がわずかに揺らぐ。
リュークが唇の端を吊り上げ、声を漏らした。
「おいおい……劣等種の登場か。せいぜい俺たちを楽しませろよ」
その言葉に、列のあちこちから小さな笑いが起こる。
ウィンは無言で左手の腕輪に触れ、静かに呼吸を整えた。
『――ウィン様、どうなさいますか?』
「……今回はあまり目立ちすぎない様、剣主体で行く。防御は任せたよ。」
『セルト。――防御はお任せ下さい。』
その言葉に胸の奥の緊張がわずかに解け、ウィンは演習場の中央へと進み出た。
――そして、剣を抜き放つ。
瞬間、刃に紅蓮の炎がまとわりつき、空気が熱を帯びる。
燃え盛る光景に、受験者たちの表情が一変した。
「……火属性だ!」「魔法、使えるじゃないか……!」
ざわめきが広がり、さざ波のように列を走る。
嘲笑していた者たちの声が途切れる中、リュークの顔が強張った。
驚きと苛立ちが入り混じり、胸の奥で苦々しいものが沸き立つ。
「……チッ」
心中で小さく舌打ちをしながらも、言葉には出さない。
「……始め!」
試験官の腕が下ろされた瞬間、五体のゴーレムが同時に赤い眼を光らせた。
ぎしり、と軋む音と共に床が揺れ、巨体が一斉に踏み出す。
最初に突進してきたのは正面の一体だった。
巨腕を振りかぶり、地響きを立てて拳を叩き下ろす。
風圧だけで衣がはためき、砂塵が舞う。
ウィンは後退せず、前へ一歩踏み込む。
拳を紙一重で横に抜け、炎剣が鋭い弧を描いた。
刃が胸核を正確に貫き、赤熱の線が閃光のように走る。
巨体が轟音と共に崩れ落ち、粉塵が辺りを覆った。
「……一撃だ!」
受験者たちの間から驚きの声が洩れる。
だが、間髪入れず二体目が横合いから襲いかかる。
巨腕が薙ぎ払われ、空気が大きく震えた。
「……っ!」
ウィンは体を低く沈める。
拳が髪をかすめ、頬に風が走る。
滑り込むように床を蹴り、炎剣が膝関節を突き砕いた。
鈍い破砕音とともに巨体ががくりと沈む。
「ふっ!」
反転し、炎を纏った刃が胸核を貫いた。
内部で爆ぜた炎が石屑と熱を散らし、二体目は重く崩れ落ちた。
――その瞬間、背後から影が覆った。
三体目が迫る。重い足音とともに拳が振り下ろされる。
ウィンは剣を薙ぎ払い、拳を外へ逸らした。
火花と石片が散り、腕に痺れが走る。
その隙に刃を肩口へ滑り込ませる。継ぎ目が裂け、巨体がよろめいた。
「沈めっ……!」
踏み込み、跳び上がる。
炎剣が胸核に突き立ち、深く沈む。
炎が内部で爆ぜ、三体目は呻きのような軋みを残して崩れ落ちた。
粉塵が舞い、熱気がまだ漂う。
ウィンは息を吐き、炎剣を握り直す。
だが休む間もなく、残る二体が吠えるように眼を赤く輝かせた。
四体目が正面から地響きを立てて突進し、五体目は側面から大きく回り込む。
石床が揺れ、巨体が迫る気配は嵐のように重くのしかかる。
「……くっ!」
ウィンは剣を構え直した。だが、この挟撃は避けきれない――。
その瞬間、左手の腕輪が淡く輝いた。
『《ラディアント・ウォール》』
まばゆい光が奔り、半透明の壁がウィンの目前に展開する。
左右から迫る巨拳が同時に叩きつけられる。
轟音と閃光が走り、壁面に波紋が広がる。
石床にひびが走るほどの衝撃を受けても、光壁はびくともせず弾き返した。
「なっ……光属性!?」「火属性じゃないのか!?」
列の受験者たちから驚愕の声が上がる。
リュークの顔が引き攣り、苦々しげに唇を噛む。
信じがたい光景に苛立ちが募り、拳を握りしめていた。
防御が整った瞬間、ウィンは一気に踏み込む。
四体目の巨腕が弾かれて大きくのけ反った――その胴へ炎剣が深々と突き刺さる。
石肌を裂く熱音とともに火花が散り、内部で炎が炸裂した。
巨体は痙攣するように身をよじり、轟音を立てて崩れ落ちる。
同時に、五体目が咆哮を上げて拳を振り下ろす。
ウィンは退かず、踏み込みながら刃を振り抜いた。
炎が鋭い弧を描き、肩口から胸にかけて深く切り裂く。
巨体が膝をついた瞬間、ウィンはさらに跳躍し、胸核めがけて剣を突き立てた。
「――これで終わりだ!」
剣先から炎が爆ぜ、胸核を内側から粉砕した。
光と熱を散らしながら、五体目は石の残骸となって崩れ落ちた。
砂煙と熱風が広間を覆い、しばしの沈黙――そして、列からどよめきが広がった。
「二属性だと……!?」「まさか光まで……」
リュークは爪が食い込むほど拳を握り、顔を歪めていた。
苛立ちと焦燥が入り混じり、喉の奥で小さく舌打ちが漏れる。
試験官は腕を組んだまま、瞳を細める。
「光と火……希少な組み合わせね。けれど、その力に慢心せず研鑽を積みなさい」
その声は評価を示すと同時に、未来への期待を含んでいた。
受験者たちは息を呑み、やがて小さなどよめきが波のように広がる。
驚きと称賛、そして淡い憧れを帯びた眼差しが、自然とウィンの背に注がれていった。
『――当然の結果です。ウィン様の力は、まだこんなものではありません』
耳奥に響いたステラの声音は、落ち着き払った断言だった。
「……ははっ。やるじゃねぇか」
列に戻ってきたナッシュが、茶化すように口の端を上げる。
軽口に見せかけながら、その視線には確かな賞賛の色が宿っていた。
ミレイユは両手を胸の前で強く握りしめ、潤んだ瞳でウィンを見つめていた。
心臓が高鳴り、言葉にならない想いが喉にせり上がる。
ただ、彼の背中から目を離すことができなかった。
――だが、その場に立つ全員が同じ感情を抱いていたわけではなかった。
列の端で、リュークは拳を固く握りしめ、爪が掌に食い込んで血がにじむ。
顔は苦虫を噛み潰したように歪み、奥歯を噛み締める音さえ聞こえそうだった。
苛立ちと焦燥が渦巻き、嫉妬の炎が胸を焦がす。
「……クソッ……」
誰にも届かぬ声で吐き捨てながら、彼はなおも視線をウィンに突き刺していた。
その気配を断ち切るように、試験官の声が演習場に響き渡った。
「――以上で実技試験を終了よ。これより、合格者を発表します。」
広間は一転して水を打ったように静まり返る。
ひとつずつ名が呼ばれるたび、安堵の息が漏れ、名を呼ばれぬ者は肩を落として退場していく。
石床に靴音が遠ざかるたび、残された列は次第に細くなっていった。
やがて最後の名が告げられると、広間には半数以下の受験者だけが立っていた。
試験官は腕を組み直し、残った者たちを見渡して告げる。
「ここに残った者はみんな、王立学院への入学を認めるわ。おめでとう。」
一拍の沈黙ののち、歓声がどっと湧き上がった。
友と抱き合う者、涙ぐむ者、拳を突き上げる者。
長い緊張の中で勝ち残った喜びが、抑えきれずにあふれ出す。
ウィンは静かに息を吐き、胸の奥に熱を覚えながらその声を聞いていた。
隣でミレイユは小さく微笑み、ナッシュは「やったな」と口笛を鳴らした。
だが、その余韻を断ち切るように、試験官の声が再び広間を制した。
「――でも、喜ぶのはまだ早いわね。入学資格を得たからといって、試練はここで終わりではないわ。」
ざわめきがすぐに静まり返る。
試験官の眼差しは鋭く、広間を一巡した。
「次は模擬戦闘。ここに残った者同士、一対一で戦ってもらいます。――その結果によって、君たちの行き先が決まるわ。心して臨みなさい。」




