23 ハート
「……ふっざけんなっ!! 手に入らないからとか、そんな理由で、父さんと母さんを殺したってのか!?」
先ほどよりも激しい怒りに我慢ならなくなり、魔力を込めて投石する。
「《ブレイブ・スラッシャー》」
「《フレイム・ジャベリン》」
「《オーラ・セイバー》」
「《ホーリー・レイ》」
投石に合わせて、ヨシュアが光輝く斬撃を飛ばし、カティアが槍状の炎を投擲し、ミシェルが剣に纏わせた光を伸ばして斬りつけ、フローラが聖なる光条を放つ。
炎の虎やヒト型の光も、それぞれ攻撃を放つ。
……しかし、
『闇の円環よ、不動なる魔の領域たれ。《ダーク・サークル》』
主上が魔法を発動させれば、主上の足元に魔法陣が浮かび上がり、闇と血の色に輝いて障壁を展開し、すべての攻撃を防ぎきってしまった。
『次はこちらから参ろう。命蝕む闇の波動。《ダーク・ウェーブ》』
主上が闇の波動を放ってくる。
夜の闇が広がりながら迫ってくるような魔法は、広範囲すぎて避けることもできない。
「幻影兵よ! 我らを守りたまえ!」
「聖霊よ、穢れを退ける光の領域を」
ミシェルが召喚した幻影兵たちが前進し、フローラが召喚したヒト型の光がその後ろに付き、光の壁を展開する。
闇の波動と光の壁が、少しの間拮抗して、両方消滅した。
幻影兵も聖霊も、オレたちを守りきってくれたが、力尽きて消えてしまった。
炎の虎が、隙をつき主上の死角から奇襲を仕掛けるが、守りを突破できずに反撃を受けて消滅してしまった。
『一度だけ機会をくれてやろう。そなたらも怒っているように、我もまた怒りを覚えている。我が手勢を失った怒りだ』
何を言い出すのかと、警戒しながらも聞く方向に意識が傾く。
『勇者よ、その魂を捧げよ。さすれば、供の女どもの命は助けてやろう。女どもよ、その身と心を捧げよ。さすれば、その命は助けてやろう。さもなくば、ただ死あるのみ』
提示されたのは、受け入れがたいもの。
誰が、あんな気持ち悪いやつに身も心も捧げるかよ。
……でも、現状、打つ手は……。
「……なあ、ヨシュア?」
「なんだい? カリン?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「きみをおいて逃げろというなら、拒否するよ」
「体勢を整えて、もう一度助けにきてくれたなら」
「そのときは、きみはもう、きみでなくなっているよ。たとえ、生きていてもね。悪魔に屈するというのは、そういうことだから」
オレがオレでなくなる。その意味を理解する前に、体が震えた。
本能が、正確に理解するのを拒否している。
「でも、それだと、みんなは……」
最悪を想像して、心が萎縮する。
死にたくはないし、村の女たちみたいにひどい目に遭った挙げ句殺されたくもない。でも、ヨシュアたちがひどい目に遭うのも、嫌だ。
それなら、オレが、耐えれば……。
「手段は、ある」
ヨシュアが、はっきりと言った。
……でも、目が泳いでる……。
「手段って?」
ヨシュアに詰め寄ると、今度ははっきりと目をそらした。
『我は寛容であるのでな。別れを済ますがよい。その程度の時間であれば、待ってやろうぞ』
クックッ、と、気味の悪い声が聞こえてくる。
あいつ、勝てると踏んだこの状況で、右往左往するオレたちを見て、面白がっているんだ。
あんなやつの思いどおりになるとか、悔しいから。
「ヨシュア、勝って、帰ろう。そのために必要な手段なら、なんでもするからっ!」
ヨシュアが、勇者さまが、オレと目を合わせてはそらしを、何度か繰り返す。
大きく息を吸って、吐いた。
それで覚悟が決まったみたいで、小声で耳打ちしてくる。
「分かったよ。……どうか、おれを信じて」
信じる、信じるよ。
肩を抱かれて、あごをくいっと持ち上げられて、顔が迫ってきて……。
……ヨシュアが、なにかを、つぶやいて……。
「……ん? ……ん、んん……、ん……。………………ん、…………んん…………んー、んーーっ、ぷはぁっ!」
いや、なにこれ? キスされた? なんで? ワケわかんない! しかも長い!
(ごめんね? ちょっと苦しかったね? でも、時間も関係あるから、悪いとは思ったけど、なにもいわずにやらせてもらったよ)
おでこにキスしてから、耳元で小声でなんか言われてるけど、吐息が耳にかかって、くすぐったい。
……うわぁ……。……うわぁ……。
ずっごい、ドキドキしてる……。
転生して、体は女だけど、心は男のものだと思ってたから、いくらイケメンだからって男にキスされたら、嫌な気分になるものだと思ってた。
……でも、……でも、すっごい、ドキドキしてるよ……。
なんで、こんな、いきなり、キスするなんて……。
嫌じゃないけど、嫌じゃないって、キスされてから分かったけど、でも、なんで……。
(感じるかい?)
吐息がまた耳にかかって、ビクッとしてしまう。
顔が熱い。
心臓の音がうるさい。
息が乱れる。
(カリン、感じるかい?)
なにを?
ヨシュアの言葉の意味が分からなくて、見上げると、思いのほか真剣な眼差しで見つめられていたことに気づく。
感じる? なにを? ヨシュアは、オレになにを伝えたい?
ふわふわした気持ちから我に返り、その言葉の意味を理解しようと頭を巡らす。
直後に気づく。オレの中の魔力が、膨れ上がっていることに。
体感では、2倍以上か。これが、ヨシュアがオレにキスした理由?
でも、これでも、あの悪魔には……。
……うん?
『別れは済んだか? 娘よ、こちらへ来るがいい』
返事の代わりに、ファングボアの牙を研いで作ったナイフを投げる。
高速で回転しながら主上へと飛んでいくナイフは、なんの効果も発揮せず、主上の腕をただ通過していった。
……そう、思った直後に、主上の腕が1本、床に落ちた。
『…………む?』
腕が切り落とされ血が吹き出しても、なにが起きたかまったく理解していない主上に、もう1本のナイフを投げる。
今度は、反対の腕が1本落ちた。
『なんだとっ!? なんだこれは!?』
腕が2本落とされて、ようやく事態を認識した主上は、大いに混乱していた。
でもさ、混乱から復帰する余裕なんか与えてやるわけねぇよな?
ホーンディアーの角から作った手槍を、全力で投げる。
混乱したままの主上の胸に大穴が空き、頭と残りの腕がちぎれて床に落ちた。
「神の名において、顕現せよ、断罪の刃。《ジャッジメント》」
ヨシュアが剣を天に掲げると。天から雷のような光が剣に降り注ぎ、光の刃が天を貫くほど長く高く伸び、建物ごと、闇の領域ごと、倒れゆく主上の体と頭を両断して、消し飛ばした。
……やりすぎじゃね? とは思ったものの、こうでもしないと、グレーターデーモンは倒せないものなのかと思い直し、
「ヨシュアっ!」
左手を上げて、ハイタッチ。
小気味良い乾いた音が、夜明け少し前の薄暗い空に響いた。
ラブ・ハート : 条件を達成した場合に限り、本人と対象一人の全能力を一時的に増加させる。
完全な状態で発動した場合、神の名において、勝利を確定させる。
達成条件 : 純愛度が100以上。
計算式 : (信頼度 + 愛情度) ÷ 2 - 悪感情 = 100以上。
詳細 : 対象の信頼度と愛情度をカンストさせた上で悪感情を一切抱かせていないことが条件。
嫉妬や優越などをわずかでも抱いた場合、不完全な発動になる。




