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20 闇の儀式

 呼ばれた、気がした。



 誰かの声が、聞こえた気がした。



 外へ出て、空を見上げれば、



 赤(・)く(・)光る満月。



 それはまるで、充血した眼のようで。



 また、呼ばれた気がして、周囲を見渡す。



 視線を外したその一瞬、月が、赤い月が、



 ぎょろり、と、目を開けたような気がした。



 けれど、それは、きっと気のせい。





 誰かが呼んでいる。



 オオカミが鳴(な)いている。



 ユングフラウが啼(な)いている。



 空が、月が、泣いている。



 歓喜に、狂喜に、泣いている。



 涙のような月の雫が、ポタリ、ポタリと地面に垂れ落ち、道を照らす。



 おいで、おいでと、道を照らす。



 妖しく揺れる光をたどり、引かれるように歩く。



 ポタリ、ポタリと、月の雫が地面に落ちる。



 舌なめずりする、悪魔のよだれのように、地面に落ちる。



 呼ばれる。



 引かれる。



 絡めとられる。



 帰らなきゃ。みんなが起きないうちに。



 これは夢。



 朝になれば、ベッドの上。



 だから、帰らなきゃ。



 朝日を浴びて、目を覚ますために。



 みんなに、ご飯を食べさせるために。



 美味しいと、笑顔にするために。





 ……なのに。



 帰れない。



 戻れない。



 足が止まらない。



 戻りたいのに、止まらない。



 呼び声は、今も耳に、頭に響く。



 眼が重くなる。



 まぶたが落ちる。



 ……意識が、落ちる。



 ……落ちる。



 …………墜ちる。



 ………………堕ちる。











 ケモノが、舌なめずりする音が、聞こえる。











 オオカミの、遠吠えが、聞こえる。











 馬の、いななきが、聞こえる……。











『ようこそ、カリン。我らの里の子よ。今宵は満月。儀式の夜だ』



 主上と呼ばれた、ヤギの被り物? をした何者かが、名を呼ぶ。



『呼び声に応えたということは、お前も既に熟しているということ』



 パン、と手を叩く音で、視界がひらけた。



『それはつまり、お前も儀式に参加する資格を得たということ』



 目の前には、普段はあまり見かけない村の女たちと、



『成人する日はまだ少し早いはずだが、まあ、よいだろう』



 それに群がる、ヒトのカタチをしたナニか。



『喜べ。お前もすぐにああなる。穢れを受け入れ、魔を孕み、闇に堕ちよ。さすれば、ここは楽園(地獄)となる』



 また、意識がとろけてしまいそうになる。



 ……けど、拒否した。抵抗した。



 あんな、ひどいことをするヤツに、屈したくない。



 あんな、ひどいことをされるために、生きてきたわけじゃない。



 オレは、オレは……。



 悪魔に凌辱されるために、産まれてきた(転生した)んじゃない。



『ふむ。抗うか。善(よ)き哉(かな)、善き哉。

 ……一つ、くれてやろう。耐えられたなら、褒美を与えよう』



 やめ、ろ……



 オレ、に、……さわ……る、な……



 はいっ……て、く、る……な……



 やあ……。いや、あ……



 た、すけ、……だれ……か……



 とう、さん……



 か、あさ……ん……



 だ……れ……か……



 ………………、



 …………、



 ……、



 ………………ヨ、シュア…………………。



 …………ヨシュア…………。



 ……たすけて、勇者さま……。



『ふふ、愛(う)い子だ。助けなど来ぬ。今頃あの者たちは、ヤギのエサになっているであろう』



 そんなわけない。



 お前は知らない。



 ヨシュアが、カティアが、ミシェルが、フローラが、



 みんなが、どれほど強いのかを。



 みんなが、どれほど優しく気高いのかを。



『ふふ、愛い子だ。希望に縋(すが)り闇に抗うか。なれば、絶望を見せてやろう』



 絶望なんてしない。



 闇に負けたりしない。



 ヨシュアは、みんなは、きっと来る。



 ううん。必ず来る。



 だから、希望を捨てたりしない。



『ふふ、愛い子だ。なれば、我が眷属が、現実を見せてやろう。闇の領域に侵入したものは、神の使徒であっても、等しく地獄に堕ちるものなのだと』



 そんなの知らない。関係ない。



 お前には、聞こえないのか?



 オオカミの遠吠えが。



 ユングフラウのいななきが。



 みんなの声が。



 ほら、もうすぐ、ここに。



『ふむ? 分からぬ子だな? 人の身で、悪魔に抗うなど……? どうした? ヤギどもよ? 勇者の首を、臓物(ハラワタ)を、疾(と)くここに持って参れ? 供の娘どもも、悉(ことごと)く贄にしようぞ』



 ヨシュア。



「カリンっ!!」




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