18 悪性の魔性
納品された大量のゴブリンを、荷車に乗せて畜舎へと運ぶ。
一度では運びきれないため、何度か往復する羽目になるだろう。あの娘も、ずいぶんと頼もしくなったものだ。
10歳の頃、流行り病……主上の御力による祝福……により、両親を亡くして、もうすぐ5年。
何もかもが小さく非力だった小娘が、すくすくと育ち、今では立派な狩人だ。
並の人間どころか、戦闘経験の豊富な戦士でさえも、なにが起きたか分からないまま狩られるほどの魔物の、ハイドスパイダーやカメレオンスネークを討伐するほどに仕上がるとは。
どうせ泣きついてくると誰もが嘲笑う中、自分含め幾柱の同胞だけは、考えが違った。
あれは、慎重で、勘も良く、力が強い。
武器、道具、荷物、あらゆるものを異空間に収納しておけるスキル《アイテムボックス》も持っていて、獲物を運べずに諦める、我らを頼るということを一切しない。
体幹も良く、歩く音も静かで、河原の石ころの投てきが最大の武器になっている。
父親からは、狩人の才能と知識を受け継ぎ、
母親からは、魔法の才能と美しい容姿、艶やかな黒髪を受け継いでいる。
気の強さは、両親のそれか、自身の生きる術か。
我らを頼ろうとせず孤高に生きる誇り高い様子も、主上のみならず、同胞皆が舌なめずりしながら熟すその時を待つほどだ。
あの娘が、15歳で成人する日は、もうすぐ。次の満月より、数日先。
そうなれば、主上の祝福は成立し、あの娘は我らの贄となる。
この身に順番が回るのは、まだ先の話。
だが、同胞の誰もが、あの気の強い娘を組伏せ、泣き叫ばせながら、身も心も凌辱するその日を待ち望んでいる。
あれの母親は、闇への護りが強かったために、我らの贄になることはなかった。
切り捨てる決断をした主上に、不満がないはずもない。
しかし、父親は手練れで、母親は神聖な力によって護られていた。
だから、いつまで経っても切り崩すことができない牙城に苛立ち、あの強き父親を、美しき母親を、手をこまねきただ主上の御力に縋り始末するしかなかった我らの力不足を、主上は許してくだされた。
代わりに、あの両親の血を引き継いだ、あの娘を育てよと。
未だ蕾のあの娘を、花咲かせ、青い果実へと育て摘み取れと。
神への祈りが不十分なあの娘は、あまりに無防備で美味そうが過ぎる。
目の前で舌なめずりするようでは、さすがの娘もこの土地から逃げ出してしまうだろう。
それゆえ、一部の我慢の利かない同胞は、接触禁止の沙汰を下されていた。
……門番は、あの娘が嫌がる様を見て喜ぶ悪癖があったが、他に適した同胞がいないこともあり、目こぼしされていただけのこと。
可能であれば、同胞といえども、くびり殺して家畜のエサにしてしまいたいくらいだ。
それほどまでに、娘が逃げ去る要因になりかねないから。
心配ないと主上はおっしゃるが、あの娘が成人の日を迎えるその日その時まで、万難を排して準備をせねばと皆気を引き締めているというのに。
逃げ出せないと主上はおっしゃるが、少しずつ渡してきた銅貨も、今ではかなりの枚数になっているはずで、狩りの他に自分で畑を世話し野菜を育てているために、食料も豊富。
森を歩くことを苦にもしないし、夜通し進むこともできるだろう。
勇気もあり、知恵も巡り、機転が利く。
無いのは、外の知識と行くあてだけだ。
日に日に魂が美しく強く輝いていくというのに、我らは焦る同胞をなだめるので手一杯になりかけていた。
そこへ、あの勇者たち。
《巡業勇者》とかいう、貴族の子せがれども。
存在自体が不愉快なほど、神聖な力を身に纏い、しかし、今にも倒れそうなほど疲れ果てている奇妙な者ども。
貴族の縁者が消息を断ったとなれば、この隠れ里の存在が暴かれかねない。
あの娘が世話をすると息巻いて、皆胸を撫で下ろしたところだ。
あの勇者たちの探し物は、里ではなく、森のようだから。
だが、娘が勇者どもに心を開いていく様を見せつけられた門番が手を出しかけたときは、肝が冷えたが、特に何事もなく。
あとは、夜を待つのみとなった。
今宵は満月。
月に一度の儀式の日。
15歳の成人を迎えた女どもは、皆、儀式の贄となる日。
あの娘も、闇の魔力に誘われて式場に足を運ぶだろうか。
それとも、主上が招くだろうか。
汚れを知らぬ無垢な魂が、闇に誘われ、闇に拐われ、身も心も凌辱され泣き叫ぶその時を、同胞皆が今か今かと待ち望んでいる。
「そうら、お前たち、今日はご馳走だぞ。たらふく食えよ」
荷車に乗せて運んだモノを、畜舎のヤギにあたえる。
新鮮なエサにありつけると、ヤギどもは興奮し、我先にと柵にぶつかり始める。
「ほらほら、落ち着け。今日は新鮮なエサがたくさんあるからな。十分に行き渡るだろ。ケンカするなよ」
エサが柵の中に放り込まれるたびに、群がり、押し合い圧し合い、奪い合う。
その様子は、まるで飢えた肉食の獣のよう。
生きた状態の飢えた獣というものを、直接この目で見たことはないが、このヤギは、そんな生易しいものではない。
肉が裂かれ骨が噛み砕かれる音を聴きながら、全てのエサを柵の中に放り込み、終わりを告げてから畜舎を出る。
「ああ、夜が楽しみだ」




