GⅡー048 プレセラ達の帰還
プレセラ達を暖炉傍に集めた。
卒業試験としてラケス達に課した狩りの獲物はガトルが8頭だったが、狩った数は9頭だった。とりあえず貴族としての体面を保つことが出来るだろう。
将来、貴族の矜持を試す必要がある場合でも、他のハンターに守られる存在にはならないだろう。兄達で失墜した家の評価は、これで振り出しに戻ったと考えて良さそうだ。
「春になれば、王都に帰っても問題なさそうね。どうにか赤の5つまでにレベルを上げたし、実力はすでに白レベルに匹敵するでしょう。問題は貴方達の今後なんだけど……」
「両親達と一度相談してみます。せっかく私達で狩りも出来るようになったとはいえ、精々ガトルを冬に狩れるだけです。雪の無い状態でガトルを狩れるにはまだまだ先に思えます」
ラケスの言葉に4人が頷いている。
基本は同じでも、それで良いのかと疑問があるようだ。それが分れば十分だと思う。その気持ちがあれば、他のハンターに聞く事も出来るし、他のパーティと合同で狩りもできるに違いない。
「それも考える必要があるわね。最後に1つ忠告してあげるわ。狩りをする前に、頭の中でその狩りを離れたところで見てみなさい。狩りを頭に描くのではなくて、その狩りの光景を他の視点から見るのよ」
狩りの成功を第三者的な視点で眺められれば、その狩りは成功するだろう。シミュレーション的な考えなんだけど、ラケスは理解出来るかな?
「最後に、この間の狩りで御后様達から褒美が貰えたわ。好きな武器を武器屋に頼んで良いそうよ。自分の好みの武器を作って王都に帰りなさい」
私に深々とお辞儀をしてラケス達はギルドを後にした。
どんな武器を作ったかは、ラケス達が町を出る時には分かるだろう。まだしばらくは村でのハンター暮らしが続くのだ。
カウンターで私達の成り行きを見守っていたダノンがパイプを煙らせながらやって来た。
先ほどまでプレセラの連中が座っていたベンチに腰を下ろす。
「春には帰っちまうんだな……」
「元々は彼らの家のメンツを保つためだから、いつまでも置いておいてもね。ラケス達の兄弟がしくじった依頼をこなせるようになれば十分よ。でもね……、まあ、それは直ぐに分かるかな?」
「ん? 姫さんらしくもねえな。まだ何かありそうだが」
「直ぐに分かるわよ。これで私もキティ達と狩りが出来るわ」
「それだ。少し気になってたんだが……」
ダノンの気掛かりはネリーちゃん達のパーティらしい。今はキティとトネリが入っているから、罠猟も安心して見ていられるようだが、2人が抜けると途端に心細いパーティに変貌してしまいそうだ。
「俺やカインドが常にという訳にもいかんだろうし、ミレリーさんをパーティに入れるのは俺もどうかと思う」
「キティのようなネコ族の娘がギルドに来たら教えてほしいと頼まれてるわ」
「春に期待だな。パメラは掘り出し物だったと思うぞ」
ダノンの言葉に私も頷いた。
グラム達があのレベルになったのは、パメラに追うところが大きいだろう。とは言え、ネコ族や犬族のハンターはそれ程多いわけではないからね。
バタン! とギルドの扉が開き、マリーが入って来た。
ちょっと出掛けていたのだろうか? 何となく顔が赤いのは急にあたたかなホールに入ったせいなのかな。
「マリーもあれからあまり進展が無いようね?」
「そうでもないぞ。カインドの酒場にはあまり行かないようだが、別の酒場で例の副隊長と酒を飲んでいたとハンター仲間が教えてくれた」
ダノンの言葉に驚いて目を丸くしたようだ。ダノンが私を見て笑い声をあげている。
「それはちょっと怪しいわね」
「だろう? このままいけば良いがな」
私達は部外者だから、生暖かく見守る事になるわけだが、対象に変化が無いとおもしろくも無い。
私の知らないところで、事態は進んでいたのだろうか?
何かあれば、知らない仲では無いんだし教えてくれるだろう。ダノンの時みたいに、私が知らない間に結婚式の段取りが出来ていたなんて事にならないように、耳を大きくして周りの様子を探っていよう。
・・・ ◇ ・・・
春になると皆で鑑札を買って、薬草採取が始まる。
ラケス達は少し森の近くで採取しているようだ。森の中にはロディ達がいるし、その先にはクレイ達やグラム達が少し高価な薬草を採取しながら野犬達を見張ってくれるから安心できる。
私はキティ達と一緒にラケス達よりも少し斜面の上で採取をしている。
ネリーちゃん達はパーティを一時解散してミレリーさんと一緒だし、テレサさんもカインドさんと一緒に張り切っている。まだ一緒でなかった時代を思い出しているのかな。たまに私のところまでテレサさんの笑い声が聞こえてくる。
そんな日々が続いて薬草採取が一段落した時に、夕暮れ近くの暖炉際でシガレイを楽しんでいた私の元に5人の若者が現れた。
ラケス達だ。町を去る前に挨拶に来たのだろう。
「長らくお世話になりました。どうやら赤の6つまでにレベルも上がりましたから、王都に向かう事にします」
ラケスの言葉が終わると5人が私に頭を下げた。
貴族だからね……。ライズ辺りなら2度と狩りはしないだろう。でも、狩りをした経験を持つだけでも他の令嬢とは異なる考えを持てるだろう。それは良い事なんだろうかは分からないけど、挫けぬ心は持てたんじゃないかな?
「王都に帰っても、王都のギルドには貴方たち向けの依頼はあまりないと思うわ。貴族の矜持を行う時には、ガリウスに相談しなさい」
ラケス達は中級貴族だから、十分にレイベル公爵と面会は出来る位置にある。
レイベル公爵は貴族の代表格として、そんな貴族の請願にも答えてくれるだろう。
「分かっております。それと、以前頂いた武器は残した方が良いのでしょうか? 武器を新しくしたとは言え、思い出の品に代わりはありません」
「そうね。記念品にしたら良いと思うわ。しばらくは私はここにいるから何かあれば相談に乗るわよ」
私の言葉にラケス達の表情が明るくなる。2度と会えないと思っていたのかな?
それ程、薄情ではないと思ってるんだけど。
全員が椅子から立ち上がって私に頭を下げるとギルドを出て行く。王都に着けば一介のハンターでは無く、それぞれの貴族令嬢、子息となるんだけど、どんな未来がラケス達に待っているかをガリウスに聞くのも楽しみにしよう。
改めてシガレイに火を点けると、お茶を持ってマリーとダノンがやって来た。
「行っちまったな。どんなハンターになるか心配だったが、貴族とは思えないほどまじめな連中だったぞ。このままこの町にいてくれると色々と助かると思ってたんだが……」
「最初から2年で、目標がガトルだったから丁度良いわ。キティ達を放っておいたから、そっちの方が心配よ」
「ネリーちゃん達と組んでるんですよね。あの2人が入ったことでネリーちゃん達も助かったと思います。罠猟を卒業してますから」
それが問題ではあるだよね。キティ達を引き上げると、ネリーちゃん達が再び罠猟に戻りそうだ。やはり早いところ中衛を見付けてあげないとね。
「それで、マリーの方はどうなの? ダノンみたいに、結婚式3日前にようやく分ったなんて事にはならないようにしてよ」
「え~! 何で知ってるんですか? ……私、話して無かったかしら」
今度は私とダノンが驚いた。もうそこまで来てるのか。すでに秒読み段階だったは……。思わずシガレイを落しそこなったし、ダノンは床にパイプを落して、拾っているぞ。
「全く聞いてないわ。それでいつなの?」
「5日後に行います。ダノンさんのようにならないように秘密にしてたんですけど……」
恥ずかしそうに顔を赤くして下を向いてしまったぞ。
そんなマリーを見て、私とダノンが顔を見合わせてニタリと笑いあう。
「ダノンに交渉を任せるわ。主だった連中には私から伝えるって事で良いでしょう。獲物はクレイに私から頼んでおくから、酒は王都から注文しといて!」
「分かった。それじゃあ、出掛けて来るぞ!」
小躍りするようにギルドを飛び出して行ったぞ。
悪だくみではないよね。現に当人がここにいるんだし。
「そう言う事で、秘密になんてことは許されないわ。全て私達で準備するから相手にちゃんと伝えておくのよ!」
私の言葉に下を向いたまま、うんうんと頷いている。さて、私もこうしてはいられないぞ。
贈り物はダノンの時と一緒で良いだろう。直ぐに手紙を書いてガリウス届ける。代金はこちらに運んで来た時に渡せば良いだろう。
後は、何としてもケーキを作ってやりたいな。
簡単なパウンドケーキでも喜ばれるかも知れない。作り方は少し覚えているから練習すれば何とかなるかも……。
ギルドを飛び出して雑貨屋と食料品店を巡り、材料になりそうなものを買いこんでミレリーさんの家に急いだ。
息を切らして飛び込んで来た私に驚いたミレリーさんだったが、訳を話すと納得してくれた。
「ようやくマリーにも春が来たんですね。私もミチルさんに賛成ですよ。長らくギルドにいたんですから、色々と世話になったハンターもいるはずです」
私をテーブルに座らせて、お茶を飲みながら訳を聞きだしたミレリーさんが笑顔で頷いている。
ミレリーさんも小さいころからのマリーを知る一人だからな。感慨深いものがあるのだろう。
突然、玄関の扉が開いて、びっくり顔のテレサさんがずかずかとリビングに入って来た。私の隣に腰を下ろすと、直ぐに口を開く。
「ミレリー、驚くんじゃないよ。マリーが結婚するって事になるらしいよ!」
「今、ミチルさんから聞いたわ。5日後とは間が無いけど、会場はだいじょうぶなの?」
「それはどうとでもなるさね。だけど、マリーがねぇ……」
テレサさんも喜んでいるようだ。やはり気にしていたのかな?
でも、それだけ慕われているって事になるんだろうな。グラム達はホッとしてるかも知れないけどね。




