第八話 少年の終わり
「……騎士になるということは、これから先、またあの地下室のような痛い思いをする、ということですよね」
「そうだ」
ヴォルガドは一切の躊躇なく、きっぱりと肯定した。その暗い瞳に、慰めや誤魔化しの嘘は微塵もない。
「また……命を落とす危険が、常につきまとうんですよね」
「当然だ。戦場に出る以上、その可能性からは一生逃れられん」
また、死ぬかもしれない。
その一言を聞いただけで、身体が内側からガタガタと震えそうになる。
何千回も味わったあの絶望が、肉体の記憶となって拒絶反応を起こしているんだ。
だが——もしここで安全な道を選んだとして、俺はこれからの長い人生で、自分の犯した大罪を償う方法を見つけられるだろうか。
あの幸せそうな親子を見て、一生罪悪感に苛まれながら逃げ続けるくらいなら、いっそ。
「……やはり、腰が引けるか。なら無理強いは——」
「なります! 俺を、あなたの弟子にしてください!」
ヴォルガドの言葉を強引に遮り、俺は食い気味に叫んでいた。
自分でも驚くほどの声が出ていた。
ヴォルガドは微かに目を見開いて驚いたようだったが、すぐにその口元を、ニヤリと歪めた。
「一応、その覚悟の理由を聞いてもいいか」
「正しいことなんて分かりません。でも俺は母親を殺しました。だから誰かを助け続けるしかないんです。そうしないと自分が許せない」
「何者でもない奴隷だった俺が、こうしてあなたと出会えた」
一呼吸置き、彼の目をまっすぐに見据える。
「それはきっと、とんでもない幸運で、俺が進むべき道を世界が示してくれているんだと思います。だったら、ここで断る理由なんてありません」
「……そうか」
その時、ヴォルガドが見せた表情を、俺は一生忘れないだろう。
いつもの険しさが完全に消え去り、出会ってから一度も見たことがないほど、優しく、幸せそうに目を細めていた。
「よかった。せっかく担いでここまで助けたんだ。もし断ってたら、その場で俺の手で叩きのめしていたかもしれないからな」
くつくつと笑いながら物騒なことを言っているが、……うん、今の顔はきっと冗談だろう。
そう思いたい。
「よし、決まりだ。それじゃあ、まずは『これ』を使って、あるものを買いに行くぞ」
ヴォルガドは、さっき部屋を一度出ていった時に持ってきていた、ずっしりと重そうな革袋を机の上に置いた。
「それは……? 何か、金属の擦れ合う音が大量に聞こえますけど」
「金だ。お前の支度金だな」
ヴォルガドが、自身の背中に背負った大剣へと視線をずらす。
「もしかして……武器、ですか!?」
「騎士を目指すと言ったんだろう。己の半身となる得物を持たせるのは当然だ」
****************
前世で、ゲームを目が腐るほどやってきたから、これだけは断言できる。
「最初の武器選び」というのは、とんでもなく男のロマンを刺激する最高のイベントだ。
自分が選択したお気に入りの武器を構え、立ち塞がる敵をなぎ倒していく時ほど、ゲームをやっていて興奮する瞬間はなかった。
さっきまでシリアスな空気で「罪」だの「覚悟」だのと語っていたはずなのに、今の俺の心は、遠足前日の小学生のように浮き足立っていた。
ヴォルガドの後を追い、賑やかな商店街の通りをいくつか抜けていく。
乾いた土を踏み締める足取りが、自分でも笑ってしまうほど軽い。
「何がそんなに楽しみなのだか。現金なガキだ」
ヴォルガドが呆れたようにそう呟いた直後、通りの角に「武器屋」のような建物が見えてきた。
店に入ると、暖炉の熱気とともに、立派な髭を蓄えた、いかにも頑固そうなドワーフ風の店主が俺たちを睨みつけた。
「いらっしゃい! 悪いが今は特注の注文は受けてねえ。そこらの棚に並んでる現品で良ければ、金次第で売ってやるぜ」
所狭しと並ぶ店内には、オーソドックスな片手剣や両手の大剣、武骨な斧、しなやかな弓、さらには鞭や魔術師用の杖まで、多種多様な兵器が鎮座していた。
(……どれにしよう。やっぱり王道は剣だよな……!)
目を輝かせて棚に手を伸ばそうとした、その瞬間。後ろからヴォルガドのがっしりとした手が、俺の肩を容赦なく掴んで引き戻した。
「おい、何をしてる。お前が勝手に選んでいいわけがないだろう」
「え? ……嘘ですよね?」
ヴォルガドいわく、この世界では「武器は使い手が選ぶのではなく、その人間の特性を見抜いた職人が選ぶ」という風潮があるらしい。
せっかくの武器選びの楽しみが、一瞬でゼロになった……。
「さて、そうだなぁ……。そこの、小汚い服の
もやしみてえな兄ちゃんに合う得物か……」
店主が鋭い目で俺の細い身体を頭から爪先まで観察し、店内の武器を見渡す。
できれば大剣、最悪でも片手剣がいい。
心の中で必死に念じていると、店主がある一角で足を止めた。
「お! これなんか、妙に兄ちゃんのイメージにぴったりじゃねぇか!」
店主が声を上げて引っ張り出してきたものを視界に捉えた瞬間、俺の淡い期待は木っ端微塵に吹き飛んだ。そこに置かれていたのは、予想だにしない異質な得物だった。
「……鎌?」
それは、俺の現在の身長とほぼ同じ長さを持つ、漆黒の鎌だった。
禍々しい湾曲を描く刃は暗く光っており、お世辞にも「正義の騎士」が持つような爽やかな武器には見えなかった。
「兄ちゃんの持つ、その暗くて底の知れねえ目の色に、そいつの黒がこれ以上ないほど馴染んでるぜ!」
どういうイメージだよ。それ、褒めてないぞ。
「いい選択だ。じゃあ、それをもらおう」
ヴォルガドが満足そうに革袋から金を支払い、店主の「毎度あり!」という威勢のいい声に見送られながら、俺たちは店を後にした。
背負わされた黒い鎌は、とにかく重心が取りづらくて持ちにくい。
一歩間違えれば、敵よりも先に自分の足をザックリ切り落としそうだ。
これで一体どうやって、人々を守る聖なる騎士になれっていうんだ……。
「そういえばヴォルガド。武器も手に入れたことですし、今からさっそく、騎士団の窓口か何かに志願しに行くんですか?」
「ん? んなわけあるか、アホ」
「へ?」
歩きながら放たれた冷淡な一言に、俺は間抜けな声を上げた。
「第一、お前はまだ、見たところ十一か十二歳そこらだろう。騎士団に正式に志願できるのは、法律で十五歳からと決まっている」
「えっ!? でも、俺には誕生日なんて概念、奴隷だったから一度もありませんでしたよ。自分が今何歳なのかも正確には……」
「なら、お前の誕生日は『今日』にすればいい」
ヴォルガドは事も無げに答えて、ぐんぐんと歩調を速めていく。
「忘れるな、ラザロ。今日がお前の、正式な十二歳の誕生日だ」
「ヴォルガド! ちょっと待ってください、じゃあ今からどこへ行くんですか!?」
「俺の私設訓練場だ。お前はその貧弱な身体のままで、明日から戦場に出られるとでも思っていたのか? 基礎の基礎から、叩き込み直してやる」
「それって、つまり……」
「ああ。十五歳になるまでのこれからの数年間——死ぬ気で、地獄の訓練に耐えてもらう。今度は俺のメニューだ、うっかり途中で死ぬんじゃないぞ」
こうして、理不尽に満ちた世界で、ある一人の少年による、風変わりな騎士の物語が幕を開ける。
後に彼は世界を救う。
だが、その名はどの歴史にも残らない。
英雄とは、必ずしも称えられる者を指すわけではない。
――そして、それを知る者は、今となっては僕しかいない。
『幼少期編』 ——完。
第八話までお読みいただいてありがとうございました!
この作品を読んでる方は気付いてるかもしれませんが、暗い物語を意識して書いています。
ここからは成長したラザロの物語を書きます。
最終話まで内容は考えているので、
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