第六話 一位
六界頂六位。
つまり——ヴォルガドは、フィオネと同じ場所にいた人間。
王都から追放された。
頭の中で言葉が繋がらない。
二人の間に走る緊迫した空気に、俺は息を呑んだ。
「おい、フィオネ! いい加減にしろ。質問に答えろ!」
ヴォルガドが珍しく声を荒らげる。重く地響きがするような怒声。
ここまで感情を露わにするのは、それだけ「王都」や「過去」の話題が都合の悪いものだからだろう。
対するフィオネは、唇を苦々しく歪め、ふいと視線を逸らした。
「……依頼だ」
風が白銀の髪を揺らす。
「これはお前に言ったんじゃない。そこの子供に言ったんだ」
……ツンデレか?
「……ラザロ、です」
俺は一歩前に出て、自分の名を告げた。
「その『依頼』っていうのは、騎士団の任務とは違うんですか?」
「依頼は、私個人宛てに直接届いたものだ。だから私は組織の命令ではなく、私の意志でここにいる」
「誰からの依頼だ、フィオネ」
ヴォルガドが彼女を鋭く睨みつける。刃物のような視線。
「実際に会った方が早いだろう。貴様もよく知っている人物だ」
会った方が早い、と言われても周囲を見渡す限り、ここは果てしなく続く草原だ。
点々と木々が生えているだけで、身を隠せるような建物もなければ、人の気配すらない。
「そうだねぇ——。いわゆる『人』がいるような場所に、僕はあんまりいないかもねぇ?」
——その声は、頭上から降ってきた。
「っ!?」
慌てて顔を跳ね上げる。
灰色の空を背に、一人の男が「浮いて」いた。
風にたなびく長いコートはまるで広げた巨大な翼のようで、白銀の髪が乱反射して眩しい。
そして何より目を引いたのは、その瞳だった。
左右で異なる色彩。右目が深い蒼、左目が狂気的な金。
「僕のことは知ってると思うけど、一応、自己紹介しておこうか。六界頂の一位——トキリス・ノクスさ」
心臓が跳ね上がる。
見ただけで本能が理解した。こいつは、これまでの奴らとは次元が違う。
重力を無視し、ただ平然と宙に佇んでいるその姿そのものが、圧倒的な「強者」の証明だった。
「あれ? 意外と知らないって顔をしてるね。まぁ、いいや」
トキリスは退屈そうに呟いたかと思うと、次の瞬間には、まるで映像が飛んだように俺の目の前に着地していた。
風の音すら残さない。
彼は顔をぐっと近づけ、首を傾げた。
「それよりさ、なんで僕の魔法が効かなかったわけ?」
「え……魔法?」
話の飛躍についていけず、困惑する。
「あの、俺を焼き尽くそうとしたあの炎ですか? あれはフィオネさんが放ったんじゃ……」
「いやいや、フィオネちゃんがあんな大がかりな魔法、杖もなしに撃てるわけないでしょ」
トキリスはクスクスと小馬鹿にするように笑った。
「僕だよ、僕。ヴォルガド君を試してみたんだけど、案の定守らなかったよね」
悪びれる様子もなく、自分がこちらを攻撃したことを白状する。
そのあまりの軽さに、背筋が凍りつく。
「一位と五位が揃って行動、それもこんな辺境の地で。目的は何だ、トキリス」
張り詰めた沈黙を破り、ヴォルガドが割り込んだ。
その大きな体で、さりげなく俺を背後に隠すように立っている。
「僕はね、例の『禁忌魔法』について追っているんだよ。ま、その理由を君に伝える必要はないよね」
トキリスの冷徹な金の瞳がヴォルガドを射抜く。
「フィオネちゃんは魔法の術理に詳しいからね、だから依頼したの。……ねえ」
トキリスの視線が、再びヴォルガドの背後にいる俺へと向けられた。
禁忌魔法。死者蘇生。
何千回も殺され、そのたびに蘇らされたあの地下室の光景が、フラッシュバックする。
「禁忌魔法ってもしかして俺……」
「黙れ、ラザロ」
ヴォルガドの低い声が、俺の発言を遮断した。
これ以上、俺に喋らせるなという強い警告だった。
トキリスはそんな俺たちの様子をじっと観察していたが、やがて、つまらなそうにふっと息を吐いた。
「ふうん。仲間と行動しない、女子供は守らない、いつも自分が最優先。そんな傲慢な君が珍しく子供を連れ歩いているから、何か関係があると思ったんだけど……」
トキリスは空を見上げる。その目には、すでに俺たちへの興味は微塵も残っていなかった。
「どうやら、禁忌魔法の核心には関係なさそうだね。それに——」
彼は自分の手のひらを見つめ、不敵に口元を歪める。
「そのちっちゃい君に、僕の魔法が通じなかった理由も、大体の見当はついたし。じゃ、僕は急いでるから、これ以上君たちの相手をしてる暇はないんだ!」
言い切ると同時に、凄まじい暴風が吹き荒れた。
風圧で目を瞑り、再び開けたときには、トキリスの姿は遥か彼方——俺たちが歩いてきた方向の空へと、飛び去っていた。
残された草原に、ただ草が波打つ音だけが響く。
「本当に、王都に戻る気はないの? ヴォルガド……なぜ、あんなことをしたんだ」
トキリスの前では息を潜めていたフィオネが、ぽつりと声を漏らした。
その声は、今にも泣き出しそうなほどに震えていた。
「ない」
ヴォルガドの答えは、短く、冷徹だった。
「そう……そうだよな。そう言うと思った…」
フィオネは自嘲気味に呟き、俯いた。
ヴォルガドは彼女の前に歩み寄ると、事も無げに言った。
「最後に、一つ頼みがある。俺たちを、あっちの方角へ投げてくれ」
この緊迫した状況で、信じられないほど図々しい頼み事をする。
ヴォルガドは案外空気が読めないらしい。
フィオネは呆れたように大きなため息をついた。
「……まったく、しょうがない男だ。おそらく、お前と会うのもこれが最後だからな」
だが、彼女の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
突然、ヴォルガドの大きな手が俺の襟首を掴み、強引に引き寄せる。
「うわっ、何するんですか!?」
「いいから、しっかり捕まっていろ。舌を噛むなよ」
ヴォルガドは俺の身体をガシッと抱え込むと、フィオネに向かって地を蹴った。
次の瞬間、フィオネが両手を構え、飛び込んできたヴォルガドの足の裏をがっしりと受け止める。
「せーのっ!!」
彼女の華奢な身体から放たれたとは信じ難い、爆発的な質量が足裏から伝わった。
視界が上下に反転する。
「うわあああああああああああ!!?」
猛烈な風圧が顔を叩き、俺たちの身体は、大砲の弾のように空へと打ち出されていた。




