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罪人転生 〜数千回殺され続けたら、あらゆる魔法が効かなくなっていた〜魔法至上主義の世界で、過去の罪を背負いながら最強へと成り上がる  作者: スケ丸
幼少期

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第五話 六界頂

視界が、炎に染まった。

反射的に目を閉じる。


来る。あの熱が、痛みが来る。

皮膚が焼ける。

骨の奥まで焼かれる。


――そのはずだった。


だが、いつまで経っても痛みが来ない。

おかしい。何が起きてる?


恐る恐る目を開けた。


赤い炎が目の前で渦を巻いていた。

夜の草原を不気味に照らし出し、熱気で周囲の空気をグニャグニャと歪めている。

だが、俺の身体は焼けていなかった。


慌てて自分の両腕を見つめ、胸を触り、髪を掴んで確かめる。


「……焼けてない」

服も。

皮膚も。

何一つ変わっていない。


マレーネに初めて殺された時も炎だった。

あの時は、一瞬で身体が焼け爛れた。

皮膚が泡立ち、息を吸うだけで肺が焼ける感覚があった。


なのに――。


「今まで通りだ……!」

魔法が効かない。

俺は思わず顔を上げた。


その瞬間、言葉を失う。


綺麗だった。

燃え盛る夜の炎の中、一房の髪が美しく揺れていた。

まるで月光をそのまま編み込んだかのような、神秘的な白銀の長髪。

鋭い金色の瞳。

しなやかで、引き締まった細い身体。


だが、その華奢な身体から放たれる拳は——まぎれもない「怪物」のそれだった。


次の瞬間、鼓膜を破らんばかりの轟音が爆ぜる。


白銀の女の拳と、ヴォルガドの剣が真正面からぶつかり合う。

大気がビリビリと震える。

激突の衝撃波だけで周囲の草むらが大きく波打ち、無数の火の粉が夜空へ舞い散った。


息を呑んだ瞬間、肺が痛くなるほどの圧迫感が身体を包んだ。


「こんなところで何をしている!! ヴォルガド!!」


女が叫ぶ。


その可憐な容姿からは到底想像もつかないほど、地を這うような巨大な声量だった。


「貴様がどうして、こんな場所で子供なんかと一緒にいる!」


「……任務だ」


ヴォルガドは表情一つ変えず、淡々と応じる。


「お前がここにいる方がおかしいだろ。フィオネ」


女――フィオネは地面を踏み込んだ。

彼女の姿が視界から完全に消失する。


「っ!?」


気づいた時には、ヴォルガドの懐に入り込んでいた。


下顎を正確に狙う、電光石火の突き上げ。

だが、ヴォルガドは間一髪で剣の腹を滑らせ、その軌道を受け流す。

キン、という金属音ではない。大砲の弾が岩盤に激突したかのような、肉体と鋼鉄がぶつかり合ったとは到底思えない重低音が響き渡る。


「貴様はなぜ逃げた!!」


フィオネが獣のように吠え、猛烈な連撃を繰り出す。


「なぜ何も言わずに消えた!!」


「……何回も言ったはずだ。俺にはもう、あそこにいる理由はねえ」


ヴォルガドの声は低い。

だがフィオネの怒気は止まらない。


拳、蹴り、肘。

身体全体が武器みたいだった。


速い。


戦いなんて知らない俺でも分かる。

彼女の動きには、微塵の無駄も、一切の隙もない。

恐ろしいほど洗練されている。


「……ヴォルガド。この人は?」


押し潰されそうな空気の中、なんとか口を開く。


「六界頂五位、フィオネ・ヴァルメリア」

ヴォルガドは剣を構えたまま、視線を逸らさずに答える。


「魔闘士だ」


……六界頂?

魔闘士?


知らない単語ばかりだ。

だが、理屈抜きで一つだけ明確に理解できることがある。


周囲の空気が、急激に氷点下まで凍りついた気がした。

フィオネがヴォルガドから視線を外し、ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。

一歩。また、一歩。


それだけで喉が締まる。


殺される。

本能よりも経験がそれを伝えていた。


「ヴォルガド……助けて、ください……!」


反射的に振り返る。

だが、ヴォルガドは一歩も動こうとしなかった。

大剣を下げ、ただ冷ややかな目で、こちらをじっと見つめているだけだ。


「ヴォルガド……?」


「ラザロ、お前は自分で『生きる』と言ったはずだ」


冷酷なまでの重い声が降ってくる。


「それに俺は守らないとも言った」


フィオネの歩みは止まらない。気配はもう、目の前まで迫っている。


「それとも何だ? お前は誰かに守ってもらわなければ、自分の命一つ繋ぎ止められないのか?」


ヴォルガドの目は静かだった。


「諦めるのか?」


胸の奥が、カッと熱く焼かれるように痛んだ。

そうだ。思い知らされたはずだ。

俺は決めたんだ。

どれだけ理不尽で、どれだけ絶望的な地獄に叩き落とされようとも、今度こそ逃げずに生き抜くと。


絶対に、もう諦めない。


俺は両の拳を強く握りしめ、奥歯が砕けんばかりに食いしばった。

前世も含めて、自分の意志で人を殴ろうとしたことなんて、一体いつ以来だろうか。

下手をすれば、小学生の頃以来かもしれない。

怖い。身体の震えは止まらない。でも——!


「おらぁぁぁぁぁぁっ!!」


恐怖を振り払うように目を瞑り、ありったけの力を込めて右腕を思い切り振り抜いた。

当然の結果だった。

感触なんてなかった。

俺の拳は、簡単に止められていた。


フィオネが片手で包み込むように受け止めている。

そのまま彼女はしゃがみ込み、目線を俺に合わせた。


「私は子供を傷つけたりしない」

さっきまでの怒気が嘘みたいだった。


「怖がらせてすまなかった」


柔らかい笑顔。

まるで別人だった。

フィオネはゆっくり立ち上がる。


そして、再びヴォルガドへ視線を向けた。

今度の瞳に宿っていたのは、一切の温度を感じさせない、酷く冷徹な軽蔑の色だった。


「お前が子供と歩いていたから、人の心を取り戻したのかと思った」


「……違ったみたいだな」


「めんどくせぇな」

ヴォルガドが頭を掻く。


「お前がガキを殺すわけねぇだろ。どんだけキレてても」


「……私を信用したと?」


フィオネの美しい眉が不快そうにひそめられ、小さく舌打ちが漏れる。

ヴォルガドは特に悪びれる様子もなく、巨大な剣を肩に担ぎ直した。


「で? なんでここにいる」

「ここはルデォア領の最果てだ。何もない」


視線が鋭くなる。


「答えてもらおうか」


俺も慌てて口を挟さんだ。


「そ、そうですよ! 六界頂? とか知りませんけど、なんで普通の騎士と子供を襲ってくるんですか!」


夜の草原に、短い沈黙が流れた。

やがて、フィオネが諦めたようにふうっと深い息を吐き出す。


「六界頂は、簡単に言えばこの国に最も影響を与える六人のことだ」


夜風が白銀の髪を揺らす。


「権力、実績、戦闘力……基準は様々だが、結局は“強さ”がものを言う」


「そんな説明は聞いてねぇ」


ヴォルガドが不機嫌極まりない目で睨みつける。


「俺の問いに答えろと言っている」


だが、フィオネは彼の要求を完全に黙殺した。

彼女は冷徹な金色の瞳を、じっと俺の顔へと向ける。


「少年……君は知らないのか?」


「自分が今、一体どういう男の隣を歩いているのかを」

フィオネの白い指先が、静かにヴォルガドの胸元へと向けられる。

「ヴォルガドが……何者、なんですか……?」

「そいつは、君が思っているような、ただのしがない一般騎士などではない」


一瞬にして、周囲の空気が張り詰めた弦のように限界まで緊張する。

「王都を追放された、かつての英雄”――六界頂六位、《灰色の処刑人》ヴォルガドだ」

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