赤いテープの道
朝の森は、まだ霧をまとっていた。
木々のあいだからやわらかな光が差し込み、草の先についた露が小さくきらめいている。遠くでは小川の水音がかすかに聞こえ、風が葉をゆらすたびに、森は静かに息をしているようだった。
その森の奥に、小さなリスが住んでいた。
名前はリル。
リルは木の洞の中から顔を出し、鼻をひくひくさせた。
「今日は、いいにおいの朝だなあ」
森の朝は、毎日少しずつ違う匂いがする。湿った土の匂い、若い葉の匂い、遠くの花の甘い香り。リルはそのどれもが好きだった。
枝から枝へと軽やかに飛び移り、いつものように森の中を散歩する。
そのときだった。
ふと、リルの目に赤い色が映った。
枝の先に、細長いものがぶら下がっている。
「……なんだろう?」
リルは首をかしげながら近づいた。
それは細い赤いひもだった。
木の枝に結ばれていて、風にゆらゆら揺れている。
リルはそっと触れてみた。
つるつるしている。
そして少しだけ、光っている。
「ひもじゃないな」
リルはもう一度触った。
「テープだ」
森のはずれにある人間の道で、ときどき見かけるものだ。
人間たちは何かをくっつけるとき、このテープを使う。
けれど、どうしてこんな森の奥にあるのだろう。
リルはテープを軽く引いてみた。
すると――
するする、とほどけた。
「わあ」
思ったより長い。
枝から枝へ、赤い線が伸びていく。
リルは木から降り、テープの先を追ってみた。
追っていくと少し先の低い木に、また結び目があった。
「道みたいだ」
リルは少しわくわくした。
赤いテープは、まるで森の中に描かれた一本の線だった。
リルはその線をたどって歩き始めた。
赤いテープは、森の奥へと続いていた。
木から木へ。
枝から枝へ。
まるで誰かが迷わないように、道を作っているみたいだった。
リルは何度も立ち止まりながら進んだ。
霧が少しずつ晴れていき、森の色が濃くなる。
途中で、うさぎのミミと出会った。
「リル、どこ行くの?」
ミミは大きな耳を揺らしながら聞いた。
「これを追ってるんだ」
リルは赤いテープを指した。
「なにそれ?」
「森の道」
ミミは首をかしげた。
「そんな道あった?」
「今できたんだよ」
リルは少し誇らしげだった。
「誰が作ったの?」
「わからない」
ミミは少し考え、それから言った。
「じゃあ、わたしも行く」
二匹は並んで歩き始めた。
赤いテープは、小川を越え、苔の丘を越え、さらに奥へと続いていた。
途中で、キツネのコルも加わった。
「それ、人間のものだぞ」
コルは鼻を近づけて言った。
「でも、きれいでしょ?」
リルは言った。
赤い色は、緑の森の中でとても目立つ。
風が吹くたび、ひらひらと揺れる。
「なんだか、森が少しだけ明るくなった気がする」
ミミが言った。
コルも小さくうなずいた。
赤いテープは、森の景色の中に小さな灯りをともしているようだった。
やがて、三匹は森の奥の広場にたどり着いた。
そこは古い大きな木が一本だけ立っている場所だった。
木の幹は太く、長い年月を生きてきたことがわかる。
そして、その木の枝に赤いテープの最後が結ばれていた。
その下に、小さな子グマが座っていた。
涙で目を赤くしている。
「どうしたの?」
リルがそっと聞いた。
子グマは顔を上げた。
「……迷っちゃった」
小さな声だった。
「森で?」
ミミが聞く。
子グマはうなずいた。
「ママとはぐれたの」
その言葉を聞いて、三匹は顔を見合わせた。
「このテープは?」
コルが聞いた。
「ぼくがつけた」
子グマは言った。
「道がわからなくなるから」
リルは赤いテープを見上げた。
森の奥から、ここまでずっと続いている。
子グマは言った。
「でも……途中で怖くなって」
声が震えていた。
「ここで待ってた」
リルはゆっくり近づいた。
「大丈夫だよ」
「ほんと?」
「うん」
リルは笑った。
「この道、ちゃんと続いてる」
ミミも言った。
「きっとママも見つけるよ」
コルは少し離れた森の方を見た。
風が葉を揺らす。
そのときだった。
遠くから、大きな声が聞こえた。
「ぼうや!」
森の向こうから、大きなクマが走ってくる。
子グマは立ち上がった。
「ママ!」
次の瞬間、二匹はぎゅっと抱き合っていた。
夕方、森はオレンジ色の光に包まれていた。
クマの親子は、赤いテープをたどって帰っていった。
リルたちは広場に残っていた。
風が吹くと、最後のテープが小さく揺れる。
「よかったね」
ミミが言った。
「うん」
リルは空を見上げた。
夕焼けの光が、赤いテープをやさしく照らしている。
森の中に、一本の赤い線。
それはただのテープかもしれない。
けれど今日は、それが誰かを家へ帰す道になった。
リルは枝の上に飛び乗った。
風が森を通り抜ける。
赤いテープが、静かに揺れる。
まるで森の中で、小さな約束がまだ続いているみたいだった。




