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メガネ泥棒の正体

  朝の光が、カーテンの隙間から部屋に差し込んでいた。

  わたしは机の前に座り、両手で顔を押さえている。

  そして、深く息を吐いた。

「……ない」

  もう一度机の上を見る。

  ノート。

  ペン。

  本。

  でも、一番大事なものがない。

  メガネだ。


  昨日の夜、確かにここに置いた。

  寝る前に外して、机の上にそっと置いたはずだ。

  それなのに。

  今朝起きたら、きれいさっぱり消えていた。

  部屋は静かな朝の光に満ちている。

  カーテンが風にゆれて、床にやわらかい影が落ちていた。

  わたしは立ち上がり、部屋を見回す。

  机の下。

  ベッドの上。

  本棚の前。

  どこにもない。

「おかしいなあ……」

  つぶやくと、足元で何かが動いた。

  振り向く。

  そこにいたのは、犬のごんだった。

  茶色い毛並みの、小さめの犬。

  まるい目でこちらを見ている。

  しっぽが、ぱたぱた揺れていた。

「ごん」

  わたしはしゃがみこんで、目を合わせる。

「……知らない?」

  ごんは首をかしげた。

  それから、くしゃみをひとつした。

  とても無邪気な顔だ。


  でも、わたしは腕を組んだ。

  この家には、わたし以外に二匹の動物がいる。

  犬のごん。

  そして——ハムスターのハム助。

  ハム助は小さなケージの中で暮らしている。

  だから、部屋の中を歩き回ることはない。

  つまり、容疑者は、ほぼ一人。

  わたしは、ごんをじっと見る。

「ごん……まさか、持っていった?」

  ごんは、ぱちぱちと瞬きをした。

  それから、またしっぽを振る。

  なんだか、ちょっと怪しい。

  わたしは部屋の中をもう一度見回す。

  そのとき、床の上に、何かが落ちているのに気づいた。

  黒いもの。

  近づいてみる。

「……あ」

  メガネのつるだ。

  片方だけ。

  床の上に転がっている。

  わたしはそれを拾い上げる。

  すると、ごんが急に鼻をくんくん動かし始めた。

  そして、床のにおいを追うように歩き出す。

「ごん?」

  ごんは廊下へ出た。

  しっぽを立てて、すたすた歩いていく。

  まるで「ついてきて」と言っているみたいだった。

  わたしはあとを追う。


  廊下には朝の光が細く差し込んでいる。

  床板の上に、明るい帯が伸びていた。

  ごんはその光の上を歩く。

  そして、台所の前で止まった。

  くんくん。

  また鼻を動かす。

  それから、台所の隅へ歩いていく。

  そこには、ハム助のケージが置いてあった。

  ハム助は、丸い体をちょこんと座らせている。

  黒い目で、こちらを見ていた。

「……ハム助?」

  わたしは少し笑う。

「まさかね」

  ハム助は小さな前足でひげを触った。

  それから、くるりと背中を向ける。

  ごんがケージの前で座った。

  じっと中を見ている。

「どうしたの?」

  わたしはしゃがみこみ、ケージの中をのぞく。

  木くず。

  回し車。

  小さな家。


  そのとき。

「……あれ?」

  小さな家の入口から、何かが出ていた。

  黒いもの。

  細い。

  まるで……

  わたしはそっとケージのふたを開ける。

  指でそれを引っ張る。

  すると、すっと出てきた。

  メガネだ。

  わたしのメガネ。

  しかも、つるの片方は少しかじられている。

「……え」

  思わず声が出た。

  ハム助は、小さな家の中から顔を出した。

  まるい目で、こちらを見る。

  そして、ひまわりの種を、ぽりぽり食べ始めた。

  まるで何も知らない顔で。


  わたしはメガネを見つめる。

  それから、ハム助を見る。

  そして、ごんを見る。

  ごんは静かに座っていた。

  しっぽをゆっくり振っている。

  まるで言っているみたいだ。

 ぼくじゃないよって。

  わたしは、しばらく黙っていた。

  それから、小さく笑う。

「……ごめん、ごん」

  頭をなでる。

  ごんは嬉しそうにしっぽを振った。

  そして、わたしの手をぺろっとなめる。

  ハム助は、まだ種を食べていた。

  とても満足そうな顔で。


  わたしはメガネをかけ直す。

  少しだけ曲がっているけれど、ちゃんと見える。

  窓の外では、朝の光が庭を照らしていた。

  鳥が一羽、飛んでいく。

  部屋の中は、とても静かだった。


「裏切り者は、ごんじゃなかったね」

  わたしが言うと、ごんは「わふ」と小さく鳴いた。

  まるで誇らしそうに。

  ハム助は、そんなことは気にしていないみたいだった。


  小さな家に戻り、丸くなる。

  その横には、もう一つ、小さな黒いものがあった。

  よく見ると、それは、ペンのキャップだった。

  ……わたしは、そっと目をそらした。

  どうやらこの家には、まだ小さな泥棒がいるらしい。


  朝の光は静かに床を照らしていた。

  そしてその光の中で、次の事件が、きっともう始まっている。

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