99話 謎の公民館に逗留
「宿泊は二つの和室を使いましょう」
ということで男女に分かれて部屋を使う。まずは着替えと荷物の整備だ。なにせ波と風雨で完全に濡れている。もちろん防水には力を入れたけど、手入れをするに越したことはない。俺は早々に終わらせたものの、知紗兎さんと幸子さんは時間が掛かるらしい。先に部屋の探索を始めよう。
最初に訪れたのは会議室。そこに資料を納めている棚があり、想像以上の収穫があった。建物の見取り図と、周辺地形の記録だ。水道や温泉は地下から汲み上げており、量も充分にあるらしい。どうやら水中ポンプ式みたいだな。この資料を見る限りだと、三人で使う分には枯渇の心配も少ない。
「荷物の片付け、終わったぞ!」
「良いタイミングですよ。今から温泉の用意をします」
知紗兎さんが会議室に来たので、探索の成果を伝える。置いてあるマニュアルに従って準備すれば、素人の俺たちでも大丈夫そうだ。
俺の言葉を聞くと、彼女は嬉しそうに破顔する。これは捜索の拠点に決定かな。
「素晴らしい提案だな!」
「ところで幸子さんは?」
荷物の手入れは得意と聞いている。どこかで別の作業中かな。
「今まで私の整備に協力してくれていた。終わったら食事の用意を始めている」
「そういえば朝から動きっぱなしで、腹が減っています」
調理をするなら、水が豊富に使えそうなことを早く伝えるべきだ。料理の方法も変わるだろうからな。
二人で一階の台所へ向かうと、すでに準備を始めていた。俺たちに気が付くと、振り向いて机上の缶詰を見せてくる。
「昼食は簡単な物で構いませんか? 水の節約もしたいので」
「会議室に資料がありまして、水量なら問題なさそうです」
だからといって無駄遣いは駄目だけど、通常の日常生活で使う分には問題ない。俺が伝えると、ずいぶん喜んでくれた。
温泉の件も説明して、今から準備することを話す。知紗兎さんと違って、静かに喜んでいたようだ。さっそく始めるか。
多少の時が流れ、ようやく温泉へ入れるようになった。すでに幸子さんの料理も完成したとのこと。台所には電子レンジもあって、冷めた料理は再び温めてくれるそうだ。
ちなみに主食はチャーハン。炊いた米を冷凍し、保存しておいたものを使った。メインは麻婆豆腐。こちらも冷凍した豆腐を持ち込んでいる。また挽肉の代わりにベーコンを入れた。それから野菜の入った缶詰。三人とも席に着いたら、それぞれ手を合わせる。さっそく、いただこう。
「麻婆豆腐ですけど、普通が二皿。少しだけ辛いものが一皿になっています。少し味見してください。辛味を調整しますので」
「わかりました」
「どれどれ」
少し辛い方を取り皿に分け、口に運ぶ。隣で知紗兎さん同様の動作をしている。その瞬間、舌に衝撃が走る! 辛い! というか痛い!
「激辛じゃないですか!」
「え? そんなに辛くないでしょう?」
幸子さんは自分の分に追い唐辛子を入れ、平然と口に運んでいた。不思議そうな顔をしている。自然な上辛目線、止めてください。とりあえずチャーハンで中和。いや、本当に中和できるかは知らない。なんとなく辛さが引くような気がした。
隣の知紗兎さんを見ると、無言で飲み下しているようだ。
「私は普通の方を貰おう」
「俺も同じで」
「そうですか? 追加の調味料が必要なら言ってくださいね」
悪気はないのだろうけど、認識の差って怖いな。おそるおそる普通と言った皿に手を伸ばす。多少のためらいを越えて、一口。
「あ、美味い」
良かった。こちらは適度の辛さで素直に旨いと思える。というか想像以上だな。考えてみれば、辛い方も味は悪くなかった。
「確かに。これ、金が取れるのでは」
「店を開いたら繁盛しそうですね」
「二人とも、褒めても何も出ませんよ」
最初の一口は驚いたが、きちんと俺たちに合わせた料理も用意してくれている。ありがたいことだ。
そのあとの昼食は穏やかに進む。ときどき冗談を交えながら、午後の行動予定を考えていった。話し合いの結果、この日は公民館へ留まることに決定。嵐で体力が低下しているためである。とりあえず館内の資料は確認しておこう。
上陸二日目、早朝。今日から沿岸部を一周するつもりだ。会議室に地図があり、おおよその時間は見当が付く。無理をせず歩いて、約三日というところ。もちろん推測のため、もしも移動に困難な場所があったら、ちょっと別の話になる。
そして公民館の入口に三人が揃った。
「準備、できました?」
「問題ないぞ」
「私も大丈夫です」
俺の呼び掛けに対して、ほぼ同時に応える二人。昨日は温泉を堪能し、心と体を癒したのだろう。どちらも活力に満ちている。
それと電気が使えるのは本当に助かった。外に大型発電機があったのだ。しかし玄関の電灯を点けたときには、誰も気が付いていない。見落とすとも考えにくい、それだけ目立っていた。この島に来てから、妙なことが起きている。
「行きましょう」
とにかく今は探索に集中したい。できれば新鮮な果物でも、手に入れば嬉しいのだけど。
三人で沿岸の『道』を歩く。これも妙なことの一つ。昨日は無かったはずの道。それが今朝になって、唐突に出現していた。正直に言って、得体の知れない状況に巻き込まれた感がある。ただ知紗兎さんの天眼通では、危険は無さそうとのこと。
「賢悟、私を信用してくれ。ここまで来て引き返す選択肢はない。そうだろ?」
「もちろんです」
俺の心を読んだみたいに、知紗兎さんから声を掛けられた。たぶん顔色から何を考えているか察したのだろう。気を取り直して出発だ。俺は先頭を進む。
――歩くこと約二時間、なだらかな丘へと出た。海成段丘と呼ぶ地形だと思う。そこに大形の鳥が何羽かいた。
「お二方、見てください。あれはアホウドリでしょうか?」
「俺の目だと少し遠くて分かりにくいです。ただ、おそらく間違っていないかと」
幸子さんの問いに、俺は肯定で答えた。全身は白を基調とし、後頭部は黄色だ。そして尾羽の先は黒っぽい。かなり大きい鳥である。別名はオキノタユウだったかな。こちらの名前は美しい、そしてカッコイイと思います。
まだ距離が遠いためか、こちらに気付いた様子はない。
「このままだと驚かせる。できるだけ遠くを歩こう」
知紗兎さんの言葉に俺も賛同する。それから移動を再開した。しばらく歩いたら休憩所を発見。机、椅子、トイレがあった。宿泊には使えないけど、小休止ならば充分か。今回はテントや寝袋を持ってきており、野宿になる予定だ。
ちょっと休んだら、また歩き始める。そして浜辺に辿り着いた。もちろん最初に来た場所とは違う。
「みなさん、ウミガメですよ!」
幸子さんが驚きの声を上げた。気持ちは分かる。その浜辺には多数のウミガメが生息していたのだ。浜一面に広がる群れは、滅多に拝めない光景である。カメラを持ち込んでいたら、間違いなく撮影タイムだったな。残念ながらモーターヨットに置いてきてしまったけど。
「さっきの鳥といい、食料には困らなそうだ」
「どっちも絶滅危惧種ですよ! 食べません!」
食料に関しては思ったより余裕がある。改めて公民館の倉庫を調べたら、思った以上に非常食が置いてあったからだ。少し切り詰めれば一ヶ月は持ちそうである。
しかし、カツカツで捜索するのはキツイな。できれば他に食料の供給源があると嬉しい。
「わかっている、冗談だよ」
「……まったく。とにかく先へ進みましょう」
知紗兎さんの言葉を聞き、幸子さんは困惑していたようだ。彼女の言動に慣れていないからだろう。
気持ちを切り替えて前進だ。ただ食料の話をしていたら、腹が減ってきた。もう正午を過ぎてから、かなりの時間が経っている。できれば落ち着ける場所で食事がしたい。――無情にも時は流れ、すでに日が傾いていた。そのとき、次の休憩所を発見。前と同じくらいの規模である。一つ違うのは、近くに洞窟が見えることか。暗くなる前に調べておきたい。




