100話 焚火台の焼き魚
当作品をカクヨム様にも投稿します。
それに伴い、移行が完了するまで連載を休止するつもりです。
よろしくお願いします。
もう日没まで間もない。急いで、しかし慎重に洞窟の中へ入る。かなり暗いな。万が一を考えて、幸子さんには入口で待機してもらう。
それから俺と知紗兎さんで、行ける所まで進むつもりだ。荷物からライトを取り出して歩いていく。天井は高く移動しやすくて助かる。進み始めて数分、すぐ壁にぶつかった。ここまで一度も分岐はない。
「なんだ、行き止まりか?」
がっかりしたような知紗兎さんの声。これ以上、行くべき道は見えない。周囲を確認しても壁ばかりである。
「仕方ありません。戻りましょう」
「あ、待て。念のため、最後に天眼通を使おう」
「お願いします、無理をしない範囲で」
邪魔にならないよう、彼女の背後へと回った。十数秒が経過、知紗兎さんは首を横に振る。
「すまない、ダメだ」
「気にしないでください。切り替えて、宿泊の準備をします」
「わかったよ」
まだ調査は始まったばかり、焦りは禁物。見えるものも、見えなくなるからな。俺たちは来た道を引き返し、洞窟の外へと出る。もう辺りは暗く、完全な夜だ。
入口の近くにいた幸子さんが、笑顔を浮かべながら出迎えてくれた。彼女には、いざというときのバックアップを頼んである。きっと心配を掛けただろう。
「ご無事で何よりです」
「まあ、収穫は無かったけどな」
知紗兎さんが少しだけ沈んだ声で言った。わずかに声色が変わっただけなので、幸子さんは気が付かなかったかもしれない。
俺は簡単に中の様子を説明していく。とはいえ語ることは多くない。一本道で、特筆すべきこともなかった。
「安全が第一だと思います。それより今日は休憩所で一泊でしたよね」
「そのつもりです。俺が見たところ、洞窟内は止めた方がいいかと」
水場が生きていたのは本当にありがたい。もしも屋根があったら、さらに嬉しく思っただろう。……ないものねだりは止めるか。一つ気になったのはトイレだな。壁に張り紙があって、使用や仕組みに関する説明があった。俺が知っている現在の最新技術と、ほぼ同一のもの。まだ一般に広がっていないはずが、ここに存在するとは意外だった。
まあ、考えるのは後にしよう。寝床の準備をするか。今からテントを張るのは、時間的に厳しい。各自、寝袋を使う。それから携帯食で空腹を満たした。
そして翌日。素早く荷物をまとめ、再び捜索に出発する。
「晴れの日が続いて助かりますね」
「まったくだな。ところで賢悟、雨は嫌いか?」
「そんなことありませんよ。ただ出掛けるときは、勘弁してほしいですけど」
とりわけ仕事で外に行くときは辛い。ただ部屋の中で静かに雨音を聞くのは好きだと思う。
会話をしながらも、周囲に注意を払っている。しばらく歩き続けて、だいぶ日が高くなったころ。俺たちは新しい浜辺を発見した。島に来てから三ヶ所目である。会議室の資料だと、この島には大きな浜辺が四ヶ所あるみたいだ。
「お二人とも、見てください! 船ですよ!」
幸子さんが指差す方を見ると、確かにある。少し大きめの漁船。もしかしたら、栗間博士の言っていた船かも。
近付いて確認をしたら、損傷が激しく動きそうもない。
「操舵室もチェックしましょう」
そこに一冊の日誌が置かれていた。丁寧に袋に入っており、大切な物だと判断をする。最初の方を読んで、確信。これは博士から回収を頼まれた航海日誌である。船だけが島に漂着したのだろう。
日誌を閉じて、知紗兎さんを見る。
「間違いありません。探していた日誌です」
「ならば幸子が持つといい。戻ったら博士に渡してくれ」
「承知しました。預かります」
仕事が一つ終わった。幸子さんは感慨深そうに、日誌へ目を通している。祖父の相棒が書いたものだ。なにか思うところがあるのか。
止めるのも悪いと考え、少し時間を取る。後で内容を教えてもらおう。そのとき彼女の表情が変わった。気になる記述でも見つけたのかな。
「どうしました?」
「ここ、読んでください!」
幸子さんが日誌を開いて差し出し、知紗兎さんが受け取った。どうやら終わりの方のページだ。
俺は彼女の横へと立って、日誌に目を向ける。すぐに幸子さんの様子が変わった理由に気付いた。そこには意外な言葉が書かれている。
『夢船が眠る島。そこには人の願いを叶える、不可思議な山があるという。確証が無いため、まだ相棒にも伝えていない。臥志山と呼ばれる奇跡の場所。二人で謎を解き明かすのだ』
知紗兎さんが文章を読み上げた。情報屋から聞いた『臥志山』という名称。その山があると書かれていた。
「島の中央、あそこでしょうか」
「おそらく。一番、目立っているし」
「会議室の資料でも、他に山らしき地形は見当たりませんでしたね」
俺の呟きに、二人は揃って頷いた。全員一致のようだな。あくまで仮定だけど、中央の地を臥志山として調査を進めよう。
「それでは予定の通りに島を一周。それから公民館に戻って準備をします」
「あ、そうだった。沿岸部の捜索中だったな」
「忘れないでください」
だけど気持ちは分かる。急に手掛かりを見付けたのだ。知紗兎さんでなくても、気持ちが浮つくだろう。しかし油断は駄目だ、こういうときこそ慎重に。
俺たちは船を後にして、再び沿岸部の調査に戻った。当然、周囲に視線を向けている。次の目的地は灯台だ。夜には気が付かなかったけど、起きたら確認できた。点灯が消えていたのは故障中かな。資料からの推測だと、正午までには着くはず。
てくてくと歩きつつ、山の件について相談をする。
「私、登山は苦手なのですよね」
ぽつりと幸子さんが呟いた。どうやら彼女は海と違って、山や丘で遊んだ経験は少ないらしい。
ただ川遊びはしたようだ。魚を捕るのが上手かったとか。……なんだか焼き魚が食べたくなった。おっと、今は山の話か。
「俺も得意とは言えません」
「山で遭難しかけていたからな」
「それは、お互い様でしょう。誰が貴女を背負って悪路を歩いたと」
厳密には、山の麓に広がる樹海だったかな。さんざん迷って、酷い目に遭った。とりわけ渇きと空腹が辛い。まあ、準備不足だった自分のせいではあるけど。
あれ以来、山へ行くときは充分に計画を立てている。水や食料の配分も考えて、荷物を用意。同時に体力を付けるため、運動も始めた。筋トレやジョギングなどを続けている。
「天目さんも道に迷ったのですか?」
幸子さんが疑問の声を上げた。彼女は天眼通の能力を知っているので、不思議に思ったのだろう。
「捜索で体力を消耗して、動けなくなる寸前でした。あのとき初めて知紗兎さんと会ったことを覚えています」
「あ、ああ。そう……だったな。うん、初対面だった」
なぜか知紗兎さんは目を逸らしている。もしかして忘れていたのでは? いや、さすがに考えにくいか。互いに危険な状況だったし。でも少し様子がおかしい。
「どうしたのです?」
「なんでもないぞ! あ、灯台が近い!」
「え?」
彼女が指差す方向に視線を向けた。言うほど、近くない。遠目で確認しながら、歩いていたから分かる。露骨に話を逸らしたような。
「……待て、わずかに煙が見える。あれは焚火か?」
知紗兎さんが真剣な表情で空を睨んだ。言われてみたら、うっすらと白いものが確認できた。
もしかして誰かいる?
「急ぎますよ!」
仮に焚火だとしたら、人が存在する証明だろう。そして燃えているならば、まだ近くにいるかもしれない。三人で急ぎ、現地へ向かった。
灯台の横に小屋があって、近くに浜辺が広がる。中央に大型の焚き火台を発見、6尾の魚が焼かれていた。その横には座りやすそうな岩が三つ、そして水が入ったポリタンクに空のバケツがある。さらに紙が貼られていた。そこに『水と焼き魚、ご自由にどうぞ。食べたら火を消してください、灰は後で回収します』との記載がある。
「火を熾したまま離れたのか」
「まだ勢いが強く、危険ですね」
俺たちは辺りを見回した。しかし誰もいない。灯台か小屋にでも行ったのかな。さて、これからの行動を考えたい。




