97話 嵐と霧と雷と
荒れる波、揺れる船体、鳴り響く雷。俺たちは嵐の渦中にいる。数日は穏やかな航海が続いたけど、急に天候が変化したのだ。
ベテランの判断を仰ぐため、知紗兎さんと一緒に操舵室へ入る。そこには運転を担当中の栗間博士がいた。幸子さんの姿はない。
「来たか、お主ら! ここは一度、引き返すか!?」
博士の話では夢船に近付くと、高確率で嵐に襲われるらしい。秘宝遺物、それは天候すら操る神秘の存在だ。
つまり目的の島に夢船がある証左とも言える。
「進みましょう!」
「進むぞ!」
ほぼ同時に俺と知紗兎さんが返答。二人とも、ここは挑むべきと考えている。
「よし、分かった!」
「お爺ちゃん、準備できたわ!」
唐突に幸子さんが姿を現す。外で作業をしていたのか、全身びしょ濡れだ。
「ご苦労だったな。三人で最低限の荷物だけ持ち、ボートに移るといい」
「幸子さんの言っていた準備とは、そのことですね」
栗間博士の見解では、夢船はエンジンや大型機械に反応している兆候が見られるとのこと。これは最新の研究で判明したもの。しかし博士の相棒は引退しており、今まで活かせなかった情報だった。
「お主らなら、行くと思っていたからな。あらかじめ用意を頼んだ」
「もうボートは浮かべてあります。身の回りの物だけ持ってください」
いつの間にか船は停止していた。激しい揺れで気が付くのが遅れたけど、きっと幸子さんが作業するためだったのだろう。高速で船が動いていれば、風雨の影響と相まって外での行動は危険だしな。
「分かりました!」
俺は返事をしながら自らの荷物を置いた場所に向かう。同じように知紗兎さんも急いでいた。
素早く最低限の物をまとめながら、一つ重要なことを思い出す。
「知紗兎さん! バッジ、持っていますか!?」
「無論だ!」
現七罪のボスに協力を頼み、用意してもらったもの。中央に船のマークが入ったバッジだ。実は特殊な発信機が仕込んである。
万が一、俺たちが音信不通となれば、協力を頼めるようになっていた。あそこに借りを作るのは怖いけど、背に腹は代えられない。
「失くさないでくださいね!」
「わかっている!」
もしかしたら俺たちの生命線になるかもしれないからな。絶対、忘れるわけにはいかない。揺れる船内で荷物をまとめ、幸子さんの待つボートへ急いだ。それほど時間は掛かっていない。すぐ動けるように、ある程度は整えておいたからな。
外に出ると、ものすごい風と雨だ。すぐに向かうべき場所が判明する。船の横にボートがある。
「あれは船に積んでいたものですよね。幸子さん一人で運んだのでしょうか?」
「知らん! あとで本人に聞け!」
つい疑問が先に立ってしまった。しかし知紗兎さんの言う通り、状況が落ち着いたら質問すればいいことだ。移動しながら周囲を見ると、クレーンのような機械があることに気付く。あれを使ったのか。
俺たちは荷物を持って、ボートへ乗り込む。さほど大きくはなくて、幸子さんが積んだ物と合わせて手狭と言わざるを得ない。ただ今は他に重要な問題がある。
「これ、沈みませんか!? まったく安定していないのですけど!」
「立っているのも難しいぞ! 気を抜くと海に落ちかねない!」
「危険は間違いなくあるでしょう! しかし私も全力を尽くしますよ!」
幸子さんの言葉で覚悟を決めた。
「ボートを出してください!」
「承知しました!」
そして互いの船を繋いでいたロープを切り裂く。彼女は手にサバイバルナイフのような刃物を持っていた。結び目を解くよりも早いからだろう。
荒れる海の中、ボートは進む。この波だと手漕ぎは困難なため、小型エンジンに頼るらしい。無事に着くかは賭けである、そう事前に言われていた。
「荒れるとは聞いていましたけど、ここまで酷いとは!」
「しっかり、どこかへ掴まって! 落ちたら危険ですよ!」
幸子さんが操船しながら注意を促した。大雨で視界が悪く、また強い風で体勢も安定しない。さらに霧まで発生し、状況は悪くなるばかり。周囲が完全に見えなくなってしまったのだ。
これでは前進も困難。戻ろうにも、今まで乗った船は視界の外である。そもそも栗間博士が遠くまで移動させたはずなので、戻るという選択肢は取れない。
「前の状況は分かりますか!?」
「ダメです、確認できません!」
「見えたぞ! 船だ! いや、島か? とにかく私の示す方に向かってくれ!」
知紗兎さんが天眼通を使ったみたいだ。彼女の声を聞きながら、幸子さんが船を進めていく。
――光った、周囲が。直後、轟音が鳴り響く。光と音の差は、ほぼゼロだった。かなり近くに雷が落ちたのか。
「エンジン、停止しました!」
とっさに俺は振り向いた。ボートの後方に船外機があるからだ。だが無かった。そこにあったのは、かつて船外機だった何か。一目で完全に壊れていると分かる。こんな間近に落ちて、誰も気が付かなかった?
「おかしい、賢悟。船外機の他には、一切の被害が無い」
知紗兎さんの言葉に、俺は疑念を強めた。エンジン部分だけを、ピンポイントで狙ったような不自然さ。
しかし今は疑問に思うより、安全を考えることが優先である。
「前向きに考えましょう、エンジンだけで済んで助かったと!」
「そうだな!」
少なくとも誰もケガをしていないし、ボート本体も無事だ。
「お二人とも、これを使ってください!」
「パドル……あとは人力ということですか!」
問題は嵐の中、まともに手動で進むかである。ただ心配する余裕も無さそうだ。こうしている間にも流されているのだから、とにかく行動するしかない。
それから三人で橈を漕ぐ。進行方向は知紗兎さんの天眼通で分かっているけど、この風だと直進するのも難しい。いつ転覆しても不思議はない。しばらく皆で体を動かしていると、だんだんと嵐が収まってきた。そして霧も薄くなっている。
「風が弱まりました! それに島が見えますよ!」
喜色を含んだ幸子さんの声で、わずかに俺も頬を緩めた。まだ依然として予断を許さない状況だけど、進むべき道が分かった気分だ。
とにかくチャンスである。一心不乱にパドルで水を掻き分けた。その甲斐あって無事に海岸へ到着。
「どこか留められる場所があれば助かるのですけど」
「見てください、海岸の端に桟橋が!」
「……確かにあるな」
俺が周囲を見回す前に、幸子さんが桟橋に気付いた。だけど知紗兎さんの様子が少し変である。ちょっと聞いてみよう。
「どうしました? 不審な点でも?」
「霧が晴れた直後くらいに、天眼通を使って停留できる場所を探った。しかし私は気付かなかったのだ。単純な見落としなら、それで構わないのだが……」
知紗兎さんが深刻そうに呟いた。そういえば俺も気になることがある。
「この桟橋、誰が作ったのでしょう。なんとなく無人島のイメージでした」
「夢船に乗っていた者かもな」
「相談は後に! とにかく停めてしまいます!」
ここは幸子さんが正しいな。荷物も最低限しか持ち込めていないのだ。やるべきことは多い。
そしてボートを桟橋に寄せると、彼女はクリートにロープを結びつけた。動きに迷いがなく素早い。さすが元船乗りである。
俺たちは海岸に降り立った。久しぶりの陸地に安心感を覚える。しかしノンビリしている暇はない。
「ふう、人心地が付いたな。それで、どう動く?」
「まずは島が安全か確認しましょう。そして飲料水の確保が必須です」
「ボートに積み込んだ水は、かなり節約して数日分ほどでした」
荷物を把握している幸子さんが教えてくれた。それに個人で持ち込んだ水筒など含めても一週間は持たないか。その間に川なり泉なりを発見する必要がある。
桟橋の件を考えると、誰かが住む可能性も考えられた。そこまで古い建造物には見えなかったからだ。水源と合わせて、村や人里も探すことになるだろう。




