96話 船上のピザ
早朝、俺たちは海の上にいた。今は風が弱くて、海も荒れていない。冬にしては暖かく、快適と言ってもいいだろう。だけど日が高くなったら、風が強くなるかもしれない。
離れた土地に住む叔父が小型船を持っており、子供のころ乗せてもらったことを思い出す。この船は全長20メートルほど。大きさは異なれど、なんとなく懐かしい感じがした。
「……賢悟、眠い。なんとかしてくれ」
天目家が所有するモーターヨットを借りて、操縦は栗間博士と幸子さんに任せている。大きな船で立派な室内があったな。俺と知紗兎さんは豪華な前方デッキで、周囲に目を凝らしていた。パーティーが開けそうな場所だ。
二人とも動きやすい服装である。それからサスペンダー式のライフジャケットを着用、安全第一を心掛けた。
「無理です。というか少し寝ていても構いませんよ。もしも何か発見したら、俺が連絡しますので」
おそらく彼女の出番は先だろう。さきほど東京湾から出発したばかり。利用した係留所が深夜も対応しており助かった。とにかく天眼通の能力が必要となるのは、早くても数時間くらい後のことだと思う。
状況によっては数日後になることも考えられる。今回は長期戦も覚悟していた。
「起きていないと損だろう。せっかくのボヤージュだからな」
「洒落た言い方ですね」
つまり船旅だ。しばらく話をしていると、船内から幸子さんが姿を見せた。今は栗間博士だけで操船を担当中か。
ローテーションを組んで船を動かすとのこと。
「お二人とも、そろそろ中に入ってください。沖に出たら速度を上げます。周囲の監視は引き受けますので、どうぞ休息を」
「承知しました」
思ったより早いけど、船内に戻らないと。あとは内部から外を見る。
「まだ出発したばかりなのに残念だ」
「いつか機会を作りクルージングをしたいですね。栗間博士や幸子さんも誘って」
「それはいいな。楽しみにしているから、セッティングは任せた」
本当に実現すると嬉しい。ただ船は天目グループから借りたもの。都合よく次も貸してもらえるかは不明である。当たり前だけど船を動かには金が掛かるからな。
俺たちはデッキから船内に入った。長期の滞在も考慮して設計されたらしくて、中の設備は充実している。初めて見たとき、キングサイズのベッドを擁する寝室に気後れしたのは秘密だ。
メインサロンを通り、ダイニングエリアに移動。奥側にキッチンがある。船ならギャレーと呼ぶのだったかな。
「よし、軽く食べながら休憩しよう」
ダイニングエリアに入ると、知紗兎さんから提案があった。もともと休息を取るつもりで船内に戻ったのだ。俺にも異論は無い。
「分かりました。少々、お待ちを」
「おっと、軽食は私が用意する。賢悟には大切な役目があるからな」
「何かありました?」
予定だと急ぎの用件は無かったはず。
「昼にピザが食べたい」
「今から作れと?」
生地の発酵時間を考えると――今から取り掛かれば昼食の時間にピッタシだな。まあ、そこまで計算はしていないだろう。ただの偶然か。
ここには大型の冷蔵庫もあり、食材は問題なし。
「よろしく頼む! あ、フライパンで焼くヤツな!」
「前回は事務所のオーブンが調子悪くて、代用しただけですよ」
蓋をして蒸し焼きにしたのだ。始めたばかりのわりに、上手く作れた気がする。
「あれはあれで良さがある!」
「まあ、了解です」
知紗兎さんは部屋から外を見ているらしい。完成したら呼んでほしいとのこと。
ということで、さっそく取り掛かろう。まずは生地の用意だ。強力粉と薄力粉を半々で混ぜて、ドライイースト・砂糖・塩・オリーブオイル・ぬるま湯を加える。だいたい分量は覚えておいた。
あとは捏ねる。しっかりと、まとまるまで捏ねる。表面が滑らかになったので、丸めて置いておく。ボウルにラップを掛けたら、膨らむまで待機。その間に具材の準備をしよう。そこまで考えて、リクエストを聞こうと思い付いた。ちょっと移動して、知紗兎さんを探す。すぐに発見。そして向こうも気が付いたようだ。
「どうした? 完成か?」
「違います。ピザの具で、食べたいものを聞きにきました」
「そうだな、前と同じ感じで。あ! 味のベースはホワイトソースがいい!」
牛乳を使ったソースか、前に作ったことがあるな。そのときはピザではなくて、グラタンに使用した。ピザにも合うと、言った記憶がある。
知紗兎さんも気に入ったと思う。それで今回、指定したのか。
「やってみます。ただ料理の出来は保証しませんよ?」
「それも一興。だが賢悟の作るものは、だいたい美味いから期待している」
ちょっと過大評価のような。まあ、期待には応えたい。微力を尽くすとするか。ギャレーに戻り、食料を確認。具材は決定した。まずカルパスとタマネギ。そしてタマネギとツナ。キャベツとブロッコリーである。
本当は四種を用意するつもりだったが、三種類で結構な量になったため変更だ。タマネギが被っているけど、許容範囲内だろう。当初は他に卵も使う予定だった。
「片面を焼いたら引っ繰り返して、具材を載せる。さらに蒸し焼きだな」
手順を小声で呟きながら、頭の中で整理。四人分となると、結構な量だ。次々に作っていく。おそらく本格的な窯焼きと比べたら、味は落ちると思う。だが最善を尽くした。
そして昼食の時間が訪れる。幸子さんの希望で船を停めて、四人で食事を開始。栗間博士から少し甘い味が気になると言われたけど、総評は悪くなかった。また、他の二人は好評である。実は俺も甘さが気になって、タバスコを使って味を調整。博士にも提案したら、わりと気に入ったようだ。
東京湾を出発してから、二日が経った。現状で夢船の手掛かりは見付からない。ときどき知紗兎さんの天眼通を頼ったけど、有力な反応は得られなかった。
とはいえ、これは予想通りでもある。栗間博士の話では、レーダーに反応しない島が本命。あと少しで、その海域に入る。俺たち四人は最後の作戦会議中だ。
「いいか、お主ら。予想では半日もしないで、危険地帯に到達する」
「お爺ちゃんの研究だと、エンジン付きの船は駄目なのよね」
これは博士の記録から判明したことだ。大型の船こそ、近付く前に災難に遭っている。詳しく見ていく中で、大きさではなくエンジンの有無ではないかと考えた。過去のデータから推測すると、ほぼ間違いないだろうとのこと。
「確実ではないが、その通り。あとは若い者が何とかせい」
言葉だけ聞くと丸投げだけど、ここまで親身になって相談に乗ってくれている。これは照れ隠しだろう。
「ありがとうございました、栗間博士。どうか吉報を待っていてください」
俺は本心から言葉を述べ、深く頭を下げる。博士の協力なしでは、ここまで来ることは不可能だった。
「確かに素晴らしい働きだった、感謝する。それはともかく、船の上だとカツラは使いにくくないか?」
「……まさか気が付いているとは」
「私の目は確かさ。その白髪、頭部カバーの一種だろう」
そうだったのか、俺は気が付かなかった。カツラなら黒髪というイメージがあることも一因だと思う。
ふと近くにいた幸子さんを見る。苦笑を浮かべていた。困ったような、感心したような表情だ。
「お爺ちゃんの趣味ですよ。わざわざ白髪のウイッグを付けているのは」
「髪の有無に関係なく、立派な振る舞いだったぞ。そう、賢悟の次くらいに!」
そこで俺を引き合いに出されても困るな。とはいえ知紗兎さんは栗間博士を高く評価している。それは間違いない。海に出る前から、わりと褒めていたはず。
ただ本人の前で言うのは、今回が初めてかもしれない。もしかして操船の腕前に感心したのだろうか。想像したよりも揺れが少なくて、かなり快適な船旅だった。気象の影響か、本人の腕前かは分からないけど。あと船の大きさも関係あるかな。しかし少なくとも、操船者の技術が低いということは考えにくい。
「そういえば天目グループで研究中のカツラがありましたね。聞いた話だと、開発コンセプトは『取れにくくて、かつ外しやすい』でしたか」
「さっき私も思い浮かべた。完成したら、今日の礼に博士へ贈るとしよう」
「ほう、興味深い。だが儂の目は厳しいぞ」
栗間博士も食い付いてきてカツラの詳細を聞き始める。今は作戦会議中だけど、楽しそうだしいいか。話が落ち着くまで待とう。




