94話 屋内プールで水練
しばらくは通常業務の日々を送った。なぜか動物捕獲の依頼が次々に舞い込んできて驚いたな。どうも谷町が宣伝を頑張ってくれたらしい。あとで礼をしよう。
いよいよ数日後、夢船の捜索に出発する。たった今、最後の打ち合わせを終えたところだ。
「いいか、お主ら。相手は古代文明、気を抜かぬように」
栗間博士が真剣な表情で俺たちに語り掛けた。経験から来るものだろうか、その言葉には重みを感じる。
「承知しました」
「お爺ちゃんも注意してね」
「何を?」
「日々の生活よ。せめて三食、しっかり摂ること」
どうやら博士は研究に没頭すると、食事も疎かにするらしい。集中すると周りが見えなくなるのか。栗間幸子さんに指摘されて、渋々ながら頷いていた。
俺たちは屋内温水プールに来ている。都内でも人気の施設だな。メンバーは俺を含めて四人。知紗兎さん、梨恵さん、それに幸子さんである。
今回の目的はレジャー兼トレーニングを兼ねたもの。梨恵さんだけ夢船の捜索に行かないけど、本人の希望で一緒に来た。ちなみに彼女は泳ぎが不得意らしい。
「見ろ、賢悟! ウォータースライダーだぞ!」
「落ち着いてください、まずは訓練でしょう。それと利用時間は午後からなので、まだ動いていません」
着替えて三人と合流したら開口一番、知紗兎さんが声を上げた。言うまでもなく水着である。赤色のビキニ水着が白い肌に映えて魅力を引き出していた。どうやらフリル上の布が着いたタイプみたいだ。お気に入りらしい。
それとスイミングキャップ。遊泳の際は着用必須と注意事項に書いてあった。
「ふむ、水着を見ているな。フレア・ビキニという種類だから忘れないように」
「覚えておきます」
この知識を使うときが訪れるのか、少し疑問だけど。
「お待たせしました!」
「すみません、時間が掛かりまして……」
梨恵さんは緑のワンピース型の水着か。恐縮そうに声を掛けてきた幸子さんは、競泳用の水着に見える。なんとなく本格的な感じ。船員として働いていた彼女は、水泳が趣味で大得意らしい。
そして梨恵さんの教官役を頼んである。これは本人からの申し出だ。栗間博士を含め五人で雑談中に話の流れで決定した。
「お気になさらず」
できれば着衣水泳の特訓もしたいが、この施設だと水着以外での利用は禁止だ。別の機会を設けることにしよう。
たしか都内に着衣で練習できる場所があったはず。出発前に一度くらい、試しておきたい。急な仕事が入らないことを祈る。
「幸子先生! さっそく、お願いします!」
「お任せください。それでは移動しましょう」
ということで梨恵さんと幸子さんが去っていく。練習の目的や方法も違うので、それぞれ適した場所で訓練を行うつもりだ。
俺たちも場所を移そう。
「知紗兎さん、人の少ない所に行きますよ」
「了解、思ったより空いているのは助かる。それはともかくワクワクするな!」
おそらく平日だからだろう。そして混雑しにくい時間帯も選んでいた。これから人が増えると考えられる。それまでにミッチリ練習しておきたい。
ちなみに天目探し屋事務所は臨時の休業となっている。正確には通常の休業日を変更して、スケジュールを調整したのだ。
よし、行くか。知紗兎さんと一緒に流れるプールへと向かう。まず浮かぶ訓練を実施する予定だ。
あらかじめ訓練メニューは用意してある。幸子さんに協力してもらい、なかなか上出来な内容になったと思う。
「念のために言っておきますが、遊びじゃありませんよ」
「わかっている。だけど後で自由時間はあるだろ?」
「そうですね。せっかくなので、訓練が終われば楽しみましょう」
正直に言えば、かなり期待している。屋内プールなんて、めったに来ない。ここ最近は泳ぐこともなかった。
昔は河川で泳いだり、魚を捕ったりしていたものだ。久しぶりに水と戯れるのもいいだろう。
「言質は取ったぞ! そうと決まれば始めよう!」
「承知しました」
なにはともあれ、やる気になったのは素晴らしいことである。俺も知紗兎さんに負けないよう、気合を入れて頑張るつもりだ。
最初に準備運動、これを忘れてはいけない。しっかり身体を温めてから、練習に入ろう。ウォーミングアップ、重要。
……疲れた。真剣な気持ちで水練に励んだ結果、本当に疲れたな。浮かぶ練習の次は、適切な呼吸法を繰り返し身体に覚えさせる。
それから通常の水泳。速度よりも、持続性を重視している。海で溺れたら、泳ぐスピードは二の次だと判断したからだ。
「なあ、全身が悲鳴を上げているのだが」
「奇遇ですね。俺も同じ気持ちでした」
とりあえず当初の予定は全て終えた。今は一刻も早く休みたい。遊ぶ余裕は無さそうだ。他の二人は大丈夫だろうか。
「……梨恵と幸子に合流するか」
「よければ休憩していますか? 二人は俺が探してきましょう」
「いや、一緒に行こう。天目探し屋事務所のメンバーが頑張っているのだからな。所長たる私が様子を見なければ」
どうやら責任感を発揮しているみたいだ。あと単純に訓練風景が気になったとも考えられる。穏やかな気質の幸子さんが教官役なら、きっと無茶なトレーニングはしていないだろう。
探し始めてから数分、すぐに二人は見付かった。だいたいの居場所は聞いていたからな。
「……梨恵さん。大丈夫――に見えないですね」
彼女は仰向けになって、動かない。そばで幸子さんが介抱している。もしかして体力の限界まで訓練していたのだろうか。
「すみません、ちょっと疲れが出たようで。今、休んでもらっています」
「ちょっと?」
俺は幸子さんの言葉に首を傾げた。控えめに表現して、梨恵さんは疲労困憊だ。生気が感じられず、一人だったらレスキューを呼ばれても不思議ではない。
海外の軍隊式で鍛え上げたと言われたら、心の底から納得する。俺が考えていることを推測したのか、幸子さんは慌てて右手を振った。
「トレーニング内容は普通でしたよ!」
これは彼女基準で普通ということかな。聞いた話だが、船員を養成する学校では約2時間ひたすら泳ぎ続ける訓練もあるとか。水泳が苦手な人にとっては、かなり辛いだろう。
「なんとなく分かりました」
「絶対、誤解しています! ハードな特訓を強制したと思っているでしょう!」
あれ? 違うのかな。だけど本人が気付いていないだけかも。
「……そうじゃ……ありません」
「もう話せるのですか、梨恵さん」
「……なんとか」
しかし、まだ疲労は回復していないようだ。それでも彼女は話を始めた。訓練は順調だったらしい。幸子さんの教え方も上手く、みるみるうちに上達。
そうなると泳ぐことが楽しくなってくる。しっかり休憩の時間は取ったものの、思った以上に体力を消耗していく。だけど気分が高揚して、気が付かなかった。
「訓練も後半戦に入ったころ、ペースを落とす様子がなく私も怪訝に思いました。途中で止めようとしたのですが……」
「あまりに集中しすぎたせいか、幸子さんの言葉が聞こえませんでした」
天耳通という能力を持つ梨恵さんにしては珍しく、周囲の声に反応できなかったみたいだ。普段の乱用は控えているらしいので、おかしくはないか。
それから幸子さんが身体を張って止めるまで、延々と泳ぎ続けていたみたいだ。プールから上がったとき、緊張の糸が切れたのだろう。急激に重さを感じて、今に至ると。幸子さん鬼教官説は濡れ衣だった、ごめんなさい。
「とにかく休息が必要でしょう。みなさん、そろそろ昼食にしませんか」
「異論は無い。朝から体を動かして、空腹の極みだ。午後からの自由時間に備える必要がある!」
知紗兎さんが真っ先に賛同の意を述べた。
「そういえば今はフリータイム制でしたね。前に来たときは入れ替え制で、午前と午後に分かれていた覚えがあります」
幸子さんが休暇で帰ったとき、仲間内で訪れたらしい。そのときとは利用方法が異なるのか。たしか、お知らせにも書いてあった気がする。
ホームページもリニューアルしたとか。天目探し屋のサイトも更新するように、知紗兎さんに相談してみようかな。




