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93話 無病息災の願い

 少し歩き、公園の出口が見えてきた。そのとき小山さんは足を止める。俺たちに視線を向けて、深く頭を下げた。


「天目探し屋事務所には世話になったな」

「力に慣れたのなら幸いです。ところで交番に行きませんか?」

「何か用事でも?」

「無くした物が見つかったと連絡をします」


 別に電話でも構わないけど、相手は顔見知りだ。市民からの礼を伝えたら喜ぶと分かっている。


「ああ、なるほど。遺失物届を取り下げる必要があるのか」

「そんなところです」

「わかった、行こう。迷惑を掛けたことも謝罪したい」


 そういえば最初に見掛けたとき、騒ぎになりかけていた。通行人も遠巻きに見ていたことを思い出す。

 三人で交番に向かう。小山さんの知人には、すでに見つかったことを報告した。修復した技術に興味がありそうとのこと。先に店へ行っているそうだ。


「安海さん! どうでしたか!?」

「無事に発見できましたよ」


 交番に入って即座に声を掛けられたので、簡潔に状況を伝える。


「なるほど。すぐに手続きを取りましょう」

「お願いします」

「よろしく頼む。いろいろと面倒を掛けて申し訳ない」


 俺と小山さんが軽く頭を下げた。――これで遺失物届は問題ない。探し物が見つかって、若い警官は自分のことのように喜んでくれた。長居しても悪いな。最後に挨拶をして、交番の外へと出る。

 今回の仕事は終了でいいだろう。報告書は後日の対応である。


「小山さん、お疲れ様でした。とりあえず今は解散ということで」

「君と所長には感謝している。二人とも達者でな」


 俺たちは小山さんが立ち去っていく姿を見送る。




 ふと気付いたら、知紗兎さんが俺の袖を引っ張っていた。その顔を見て、今日の目的を思い出す。

 

「神社に行きましょうか」

「忘れていなかったな。感心、感心」

「当然ですよ」


 いくらなんでも覚えている。


「ところで明日になったら、勤怠管理表を修正するように。さっきの分だぞ」

「……分かりました」


 こちらは完全に俺の頭から抜けていた。言われてみたら、今の捜索は勤務時間に含まれるはず。あらかじめ12月の分はまとめておき、あとは知紗兎さんに渡すだけだった。その計算が狂ってしまう。


「ちなみに梨恵は来週まで休暇だからな」


 最近は二人で分担して事務仕事を行い、知紗兎さんが最終確認を担当している。もとから自分で修正するつもりだけど、いざというときに頼れないのは心細い。

 なんだか急に疲れてきた。ちょっと気分を切り替えよう。


「ひとまず仕事の話は終わりにしませんか?」

「賛成だ。小腹も減ったし、買い食いでもしよう」


 知紗兎さんの視線は道路を走る配達バイクに向いていた。赤と青のロゴマークが特徴だ。デリバリーを見て、空腹を感じたのだろうか。まあ、気持ちは分かるな。そういえば店舗を通り掛かったとき、興味を惹かれていた気がする。

 時間を確認したら、まだ日付は変わっていない。当初の目的である、二年参りに支障はなさそうだ。とにかく神社へ向かうとしようか。少し寄り道しながらでも、余裕で間に合うはずだ。軽食でも腹に入れよう。




 そして神社、境内へ到着、二人で参拝をする。ここまで来る途中に複数の屋台が出ており、少し立ち寄った。地元で行った初詣だと、大晦日に屋台はなかったな。かなり新鮮な気分だ。


「二年参りは久しぶりです」


 初詣に行った記憶はあるけど、年を跨いでの参拝は珍しい。たしか最後の記憶は十年ほど前のことかな。


「私は初めてかもしれないな。子供のころ初詣に行ったことはあるが、元旦だったはず」

「へえ、そうでしたか」


 彼女は人混みを苦手としていた。一人暮らしをしてからは、初詣に行った覚えはないらしい。参拝に向かう人の群れの中、そこへ俺たちも混ざる。

 しばらくして、順番が訪れた。あらかじめ確認しておいた作法に注意しながら、二人で参拝を済ませる。終われば速やかに場を離れた。


「君は何を願った?」

「無病息災ですよ。主に自分と身内、あとは親しい人も」


 そこに知紗兎さんも入っているけど、本人には言わない。ちょっと照れ臭い。


「おお、そうか。それはともかく私の願い事を聞きたいか? 聞きたいよな!」

「ぜひ教えてください」

「うむ、秘密だ!」


 ……なんだか彼女のテンションが高いな。黙って立っていれば知的美人なのに、今は面影がない。ただ幼い少女のような、可愛らしさがある。

 唐突に知紗兎さんが俺の手を握る。そのまま引っ張られた。


「どうしました?」

「帰るぞ。明日は朝から楽しみにしておくように」


 ずいぶん張り切っている。これは予想よりも期待できそうだな。俺は彼女に手を引かれるまま歩き続ける。

 今日は珍しく二人とも手袋をしていない。冷たい掌が体温で暖まるような感覚。その気分が心地いい。




 翌日、天目探し屋事務所の居間。机上には、おせち料理の数々。見ただけで手が込んでいると分かる。重箱に入った祝い肴や焼き魚、煮物に酢の物。基本の構成を押さえていた。

 関東と関西の風習が混じっており、非常に種類が多いな。中華や西洋料理なども含まれている。どれも美味そうだ。


「凄いですね、知紗兎さん!」

「もっと言ってくれていいぞ! 私は褒めて伸びるタイプだからな!」


 それ、本人が主張すると信憑性が薄まると思う。ただ称賛に値することは間違いない。事前に仕込んだ分を考慮しても、相当に時間が掛かったはず。

 ずいぶん早く起きたのだろう、いつもより知紗兎さんは眠そうだ。


「さっそく、いただきます!」


 穏やかに食事が始まる。一つ一つを味わい深く堪能。いずれも丁寧な仕上がりで箸が止まらない。結構な量があったけど、出された分は二人で食べ切ってしまう。器に収まらなかった料理は冷蔵庫で保管してあるとか。アレンジを頼まれたので、和風カレーでも作ろうかな。

 食後の茶を飲みながら、しばらく雑談に興じた。やがて話は今月の予定に移っていく。本格的な打ち合わせではなく、世間話の延長である。


「中旬から夢船の捜索だ。覚えているよな?」

「もちろんです」

「まあ、当然か。場所は無人島と考えられる。君の好きな冒険だろう?」


 ちょっと違う気もする。海を進み、未知の秘境へと向かう。これだけで考えれば冒険かもしれない。

 だけど仕事で行くからな。俺の求める冒険家像と少し差異があるのだ。とはいえ明確に否定もできない。


「どうでしょう。とにかく出発の準備はしておきます」

「私の分も頼む」


 いきなり丸投げか。言われるまでもなく手伝うつもりだけど、全てを俺がやると困るのは本人だ。

 最低限、荷物の把握だけはしてもらおう。あらかじめリストを作っておいたら、そこまで手間は掛からない。チェックしやすいよう気を付ければ、さらに良い。


「とりあえず最後の確認だけは絶対にしてください」

「念を押さなくても、わかっているよ」


 目的地は遠く離れた島だ。海を渡るため、気軽に行き来は不可能。準備の不足は致命的である。とりわけ救命具は忘れずに用意しないと。

 そこまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。


「知紗兎さん、泳げますか?」


 海の真ん中で遭難したら、少しばかり水泳が得意でも生存は厳しいはず。普通の人間は海に落ちたあと、来た方へ泳ぎ出しても魚に変化しないからな。

 ただパニックを起こさないためには、泳げる方がいいと思う。また浮かぶ技術も重要だと思っている。


「人並くらいには。賢悟は?」

「俺も同じですね。子供のころは苦手でしたけど、今は問題ありません」


 実は最近、克服した。友人の影響で冒険家を志し、身体を鍛え始めたのだ。その一環として水練も行っている。

 しかし、あくまで人並だ。安全面は充分に注意したい。


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