Episode4 #3 Eeriness
ベネー商会から車で揺られること20分。バートとクリスはある場所に来ていた。
「あー……」
バートが車の窓から"それ"を仰ぎ見て、声を上げる。
バートの視線の先にあったのは、大きな洋館だった。
「あれが目的の場所?」
「そうだよ」
クリスの肯定の言葉にバートは思わず眉根を寄せた。
何故ならその洋館は、見るからに……その、なんというか。
まるでお化け屋敷のようだったからだ。
作りの立派な屋敷だ。それはバートでも理解できる。別に木々が生い茂って暗い訳じゃないし、特に不穏な様子は見られない。
しかししばらくじっと見てみると、こう。不穏な空気を感じるのだ。
いわゆる"嫌な予感"に近いソレをバートは覚える。そのことに気が付いたクリスが、彼の肩を優しくたたいた。
「大丈夫だって。あれ、俺の家だし」
「えぇ!? クリスって金持ちだったの!?」
「いやそういうことじゃなくて、俺が間借りしてるだけ。大家はミス・ダフネだって」
バートの驚きようにクリスは苦笑いを浮かべて返す。
それを見て、バートは会社を出る前にダフネ女史が言った言葉を思い出した。
――さっき言ったアイデアだけどね……実は、私の姪ならきっとその怪力をどうにかできると思うの。
その言葉の通りクリスに連れられて、彼はこの場所に来ていた。
このお化け屋敷にその彼女の姪っ子がいる訳だ。
クリスに促されて車を出て、屋敷の門を開けて道を行く。
屋敷の一階、ロビーのすぐ近くにある『スズラン』という店にそのダフネ女史の姪は居るらしい。
「あー……で、クリス。チーフの姪御さんの名前って何だっけ?」
特に何も気にすることなく道を歩いていたバートが、何の気なしにクリスに聞く。
しかし返事はない。
「……クリス?」
屋敷の門からロビーまでは一本道の筈である。しかし、何故かクリスとはぐれてしまったようだ。
きょろきょろと周囲を見回してみたが、辺りにクリスの姿は一切見当たらない。
「え、えぇー……」
困惑の声を上げるバート。次第に心細く感じてきた。
これではまるで、本当のお化け屋敷ではないか。
いやお化けが怖い訳ではない。
つい一か月前には幽霊が人を殺す所を見てしまったし、それから10日後には幽霊に取り囲まれたり、悪魔に殺されかけたり、悪魔が悪魔を退治するところを見たではないか。
ただまあ、何にせよ。『何か出そうだな』と思える所で、突然何か出てくるのは嫌だ。
「……冗談だろ?」
澄んでいた青い空もいつかどんよりと鉛色を帯びて。空気からもじんわりと湿り気を感じた。
ガアガアと不吉な声を上げて空を飛ぶ、黒いカラスの影。
「……冗談だろ?」
本日二度目のセリフ。しかし冗談抜きに周囲は次第に暗くなっていき、空気は不気味さを増していく。
とはいえ、ここで困惑してもいられない。
びくびくしながらもバートは屋敷への道を歩いた。進まないことにはどうにもならない。
道中、カラスが頭上をよぎったときは少しびっくりしたが、まあその程度だ。
大きな扉を壊さないように何とか開け、バートは中に入ると周囲を見渡した。
広い屋敷である。
天井には質素なシャンデリアがぶら下がっていて、思いの外明るい。
――何だ。クリスが部屋を借りているだけあって、意外と雰囲気のいい屋敷じゃないか。
思いっきり肩透かしを食らった気分にはなったものの、バートの気持ちが少しは明るくなった。これならクリスがいなくても何とかなりそうだ。
特に警戒心も抱かず、ダフネ女史が言っていた『スズラン』という店の看板を見つけたバートは軽い気持ちでその店のドアを開けた。
店内に入ったバートが一番最初に目にしたのは、高い天井にくっつきそうな勢いのこれまた大きい棚、棚、棚。
瓶詰、本、乾燥した植物、何か生き物の黒焼き、何かを煮詰めたもの、魔力を帯びてそうな天然石。
それらがいくつもの棚に無数にみっちりと並んでいる。
どうやら棚だけではそれらの物を収納するには大変らしく、天井からはさらにいくつもの籠がぶら下がっている。
その籠の中にもいくつもの薬の材料らしき物が詰まっていて、店内に「ああ、薬だな」と分かる匂いを充満させている。
「あのー……」
バートは『ダフネ女史の姪』を探すためにこの店の店員を呼ぼうとした。
「すいませーん……」
しかし返事はない。
「あれー……?」
首を傾げ、バートは辺りを再び見回した。
ダフネ女史曰く姪はこの店の店主で、よほどのことがない限り店を空けることはないそうだ。
にもかかわらず、どこにもいる様子がない。
声が聞こえなかったのだろうか。
「すいませーん!!」
意を決してもう一度、バートは声を上げた。今度は聞こえるように大きな声で。
くわん、くわんと僅かに反響を残しながら音は店の中を響く。
本当に誰もいないのか。首を数回傾けたバートが一旦この店を出ようとして踵を返したその時のことだった。
「いらっしゃいませお客様ー!」
「のわぁっ!!」
バートのちょうど真後ろ、振り向けば彼のちょうど目の前に、一人の女性が。
真っ赤な燃えるような赤毛。女はどこかで見たような赤いその髪の毛をポニーテールにしていた。
そして、瞳はエメラルドのような緑色。
年齢はおそらくバートとそう変わらないぐらいだろう。
一見すると、どこにでもいそうな女性だ。しかしまあ、真後ろに立たんでもいいだろうに。
女はニコニコとフレンドリーな笑みを浮かべ、バートににじり寄ってくる勢いだった。
「どういったご用でしょうか? 薬の処方? アロマテラピー? それとも天然石についてのご相談?」
「えー、あー……」
あまりによどみなく喋ってくるので、バートは言葉に詰まってしまった。
「……その程度にしてあげなよ。ウィシー」
突如聞こえた、よく知った声。それと呆れを含んだため息。
「お客さんだからって張り切り過ぎだって。第一、彼があのバートなんだしさ……」
バートはその声にすがる気持ちで振り向いた。
予想通り、そこにいたのはクリスだったのだ。
クリスの言葉に、ウィシーと呼ばれたその女は少しばつの悪そうな顔をして見せた。
「クリス……!! どこに行っちゃったのかと……!!」
バートは安堵のため息をつき、彼の元へと向かった。
「どこにって……俺、普通に『スズラン』に行くつもりだったんだけど」
一方でクリスはバートの問いに不思議そうな顔をして、そう返す。しかしバートもバートで彼の返答にびっくりした顔をしていたせいか、しばらくしてから「ああ」と何かを納得した様子で頷いた。
「ごめん。俺、近道があること言うの忘れてた」
「……へ?」
きょとんとするバート。
クリス曰く、バートが通ったのは言わば『遠回り』の道で、あまり目立たないところに『近道』があるらしい。
クリスはその近道を利用したらしく、それに気が付かなかったバートとはぐれてしまったのだそうだ。
「そういう大事なことは先に言ってくれよ!!」
事の真相を知って、バートは思わず叫んだ。しかしクリスは苦笑いを浮かべるばかりだった。
しかし、何はともあれこれで安心である。クリスがこの変わった女性を止めてくれたのだし、これほど心強いことはない。
「あー……で」
バートはため息一つ。小声でクリスに問うた。
「この女性、どちらさん? 知り合い?」
どうも先ほどの会話から察するに、面識のある相手であることは間違いなさそうだ。
バートの小声での問いに、クリスは一度咳ばらいをして、女性に手を向けてから一言。
「ああうん、紹介が遅れた。……こちら、ウィステリア・ダフネ。さっき言ってたチーフの姪御さんだよ」
「……へっ?」
ウィスティリア。その単語にバートは目をむいた。
そういえば、ダフネ女史が言っていた姪っ子の名前はそんな感じだった気がする。あまりになじみのない単語なだけに、忘れかけてしまった辺りが悲しいが。
それはともかくとして、なるほど確かに叔母と姪だけあって髪の色はそっくりだ。
代々赤毛の一族なのだろうか。そんなことをバートが考えていると、ウィステリアの方からバートに近寄ってきた。
「さっきはごめんなさい」
「……別にいいって。商売熱心でいいなって思うし」
実際の所、バートの本心はと言えば。あの押しの強さはジェームズのそれを彷彿とさせて困ったのだが。
「ウィステリア・ダフネよ。お話は叔母様から聞いてるわ」
ウィステリアは親しげにバートに右手を差し出し、握手を求めてきた。
彼も一瞬それに応じようとしたものの――現状を思い出し、そして首を横に振った。
「ごめん。チーフから話聞いてるなら、今はそれ厳禁だ……」
今、自分はとんでもない怪力の状態だ。
一応気を付けてはいるものの、誤ってこの細い手を握りつぶしたら申し訳ないでは済まない。
バートの言葉にウィステリアは目を丸くしてあっと声を上げたのだった。




