とびら
何に対して関心を抱くのか、自分自身わからないもの。
学校は、無機質に、無関心に、無意義に毎日を繰り返す場所になっていったから、
味のないガムよりも、噛みごたえを期待できなくなったから、
ただ苦しくなるからやめることにした。
新波田先生は担任、両谷先生は主任。もちろん仮名。
担任の先生の首に年齢の筋があるのを見て、縄の跡かと聞いてしまった。
ネクタイの制服だから、よく首を絞めた。血流が脳みそをぼんやりさせて、
苦痛が和らいだ。一酸化中毒にはなりかけた話を聞いた気がする。
体育祭の旗を2人で描くことになった。
夏が終わると、1人が完成させていた。
紫の下地に、雷と機械的な龍の絵が入った旗。
2人で考えよう、何書こうかといった話は、どこへやら。
2人で作ったはずの旗はなかった。だから、龍の絵は描きたくなくなった。
自分も相手も、協力することはなかった。
段取りを学ぶ機会を逃した。
図書館に来る人は少ない。
灼眼のシャナと、とある魔術の禁書目録、キノの旅は、最新まで揃っていた。
陰陽師の本は、タイトルを忘れてしまった。安倍晴明の孫が主人公。
挿絵が平成中期らしい目のサイズ。均衡のとれた顔立ちをしたキャラクターだったからか、
貸りて読む。
話の筋もわかりやすい。迫り来る危機に対処し、成長する主人公。
今巷にある作品の多さは、先人からの遺物や憧れか。
やむに止まれない創作か、ビジネスなのだと思う。
小六の卒業タイルには、脈々と刻んだ。
誰からも理解を示してくもらえないタイルだったけど、
万博の公式と同じになったから、いくらか救われた。
20年くらい、前衛的だったのだと再評価する。
人格は、その記憶を核に、どう反応し、思考し、感受したか。
その折り返し、打ち刻んだ現時点。
関心もその都度変わる。
扉はあるが、開くことができる準備はしておきたいものだ。
夢の中で、出てくる人物への反応も、
5W1Hをつかった説得に変わってきた。
ものを書くと、自己距離化が起こると聞いてはいたが、多少なりとも効果は感じられる。
感情の波が穏やかになることは、良い影響を期待できる。




