第九話
イパダップとリサは乗合自動車で数日かけ大地の館へとたどり着いた。館を中心に街が発展しており北の国の城下町を思わせる造りになっている。
それもそのはずで、元西の国であるこの土地は北の国の女王ヒウルの出身地であり、ヒウルは西の国の王女であった。
彼女が十六歳の時北の国の王と政略結婚をさせられ、西の国の独立を保障させたが北の国の王はそれを反故にし西の国の王家は滅亡。後に残された国民、特に大地の館の当時の当主が尽力し今の街の姿まで発展させたのだった。
北の国との違いは工業技術や機械工学が発達し、街には北の国以上に自動車が走り、郊外には様々な工場が並んでいる所である。
一方、北の国の王はヒウルと結婚をした十数年後に実の子ルイクにより粛正され前王派の者もその立場を追われる。ヒウルは北の国の王家を廃止し、国民による国の統治へ移行しようとしたが、前王と違い国民から慕われていたヒウルは女王へと推され今の北の国の体制となった。
そんなヒウルの故郷でもあるこの土地へ対抗心を燃やすリサ。
「ふん…工場からの煙のせいで空気が悪いな。やはり我が国の自然能力を元にした自然技術こそ至高!」
「その自然技術の大元もここの技術なんだけどねぇ…」
呆れながら先を進むイパダップに更に北の国の技術自慢をするリサ。
「しかし蒸気機関は我が国の技術が無ければ実現しなかったのだ。北の国は古来より天候を操る自然能力の持ち主が多かった。だからこそ空気中の水分を凝縮して蒸気機関へと供給する技術が発達し、しかも自然能力が無くともそれを実現してみせた。そこかしこを走っている自動車も我が国の技術があったこそだ!」
堂々と胸を張り誇らしげなリサに、苦笑いをしながらイパダップは飛び止まった。
「着いたよ。大地の館だ」
リサは剣の鞘に手をやりながら館を見上げバカにする様に笑う。
「ふん。やはり我が国我が女王様の城に比べれば見窄らしいものだ」
どこまでも張り合うリサに、もはや言葉も出なくなり頭を振るイパダップ。
そんな時館の中から赤ん坊の泣き声が響き段々とイパダップ達に近付いてくる。
「ああ…よしよし…どうしたの〜? 泣き止んで〜」
館の中から赤ん坊を抱いた黒髪を頭の上で一つお団子にした割烹着の女性が館の玄関から現れた。
「あら! お客様! ごめんなさい! エマちゃんが泣き止むまで待って下さいね!」
女性はエマちゃんと呼んだ赤ん坊を泣き止まそうと、ああでもない、こうでもないと四苦八苦しながらあやし続けるがエマは一向に泣き止む気配はない。リサは段々とイライラが募り鞘を持った手の指でそれを叩く音が早くなっていく。
そしてついに堪忍袋の緒が切れ女性の方へと荒い足音を立てながら近付いていく。
「おい! いい加減にしろ!」
今にも剣を抜きそうなリサに危険を感じたイパダップは本題に入ろうと女性に話す。
「あ…ああ…ボク達は用があってここに…」
説明するイパダップの横を素早く通り過ぎ、リサは女性の前まで行くとその腕からエマを優しく攫い、そしてあやし始める。すると大きな泣き声は次第に小さくなっていき、しばらくするとエマはリサの腕の中で気持ち良さそうに寝息を立て始めた。
イパダップと女性は驚き目を丸くして言葉も出ない様子だ。
「ありがとうございます。 この子一度泣き出したらなかなか泣き止んでくれなくて」
リサはエマを女性に返しながら忠告する。
「あんなあやし方ではダメだ! 良いか! まずはおむつが濡れていないか確認! 熱も見る! そしてこう! 優しく揺らして…!」
剣を抱き赤ん坊に見立ててあやす、リサのあやし方講座に真剣に耳を傾ける女性とは違い、イパダップはまだ口をあんぐりと開けたままだ。
「キミ…意外な特技があったんだな…」
「何を言う。私はイリス様がお生まれになったその時からずっとお世話をさせて頂いている。このくらい出来て当然だ」
リサの口から出たイリスの名前に女性はまた驚き目を丸くする。
「イリス? イリスですって⁉︎ ああ! その真っ青の顔色の悪い空飛ぶ犬! イパダップじゃない!」
「ボクは顔色が悪いわけじゃなく元からこの色さ。久しぶりだね、エウト」
イパダップはエウトの前まで来るとその小さな手で握手を交わしす。そして握手のため危なっかしく片手で抱かれたエマを見て、思わず両手を出すリサ。
エウトが赤ん坊を抱き直すと咳払いをして姿勢を正し、鞘に手をやると冷たく鋭い眼光をエウトへと飛ばした。
「貴様がこの館の主だな。我々は貴様に尋ねたい事があってここまで来た。嫌とは言わせん」
先程赤ん坊をあやしていた時とは違い敵愾心剥き出しのリサのその態度に、エウトはつま先から頭まで見渡して息をつくと案内する様に館の中でへ向かって歩み出す。
「ここでは何だから中の方へ。そこでゆっくり話しましょう」
イパダップとリサはエウトの後に続き館の中へと入って行く。
館の中には機械仕掛けのドアがあったり、使用人が掃除機を使っていたり、エレベーターがあったりと北の国にはない技術がふんだんに使われている。
「来るたびにこの館は機械化が進んでるね。まるで機械の見本市だよ」
「思いついたら設計して作っちゃうのよ。安全性も自分で試せるし一石二鳥でしょ?」
館内の機械は全てエウトが設計開発したものであり、その技術が街の発展に寄与している様であった。
しかしリサは否定的な言葉を投げかける。
「便利になれば良いと言うものではない。機械の音がうるさいし赤ん坊が泣き出すのも無理はない。エレベーター? 止まったら閉じ込められるし機械仕掛けのドアも故障すれば開けられん。何より風情がないではないか」
「そうなのよねえ…この子産んでからその事に気付いたのよ…調子に乗って階段まで取り払っちゃって、二階に上がるの逆に面倒臭くなってね。寝室は多分もう埃だらけよ。イパダップ、あなたちょっと飛んでいって掃除してきて」
開発に傾倒しすぎて基本的な物を取り払った不便さを今更感じているエウト。掃除を頼まれたイパダップは呆れながら返す。
「だったらそれこそ自動掃除機でも作れば良いじゃないか。キミはどこか抜けてるね」
二人は応接室へと通されエウトはエマをゆりかごへと寝かせて全員席に着く。
「それで? 今日は何の用でここに? 遊びに来たって訳じゃないんでしょ?」
エウトはリサへと視線をやり、イパダップが頷く。
「ああ。エウト、イリスの両親が生きていたって事は聞いたかい?」
「ええ⁉︎ あの二人生きていたの⁉︎ それで⁉︎ どこにいるの⁉︎」
イパダップはエウトの反応に大きく息をつき俯いた後すぐにエウトへと向き直り続けた。
「行方はまだわかってないんだ。それはそうとイリスはここに遊びには来なかったかい?」
「来る訳ないでしょ? そもそも私イリスにあった事もないし、イリスも私の事知らないでしょ」
イリス、イリスと呼び捨てにされリサの怒りは頂点に達し剣を手に取り立ち上がる。
「貴様! イリス様を呼び捨てにするなど不敬だぞ! そこになおれ!」
「…感情の起伏の激しい人ね。誰なの? この人」
エウトは首を傾げ不思議そうに見ながらイパダップに紹介を求めた。
「彼女はリサ。北の国の兵士さ。イリスとは…まあ姉妹みたいなもんでね。許してやってくれ。ほら、キミも…ああ…」
振り返り鼻を押さえるリサを見たイパダップはティッシュを毛並みの中から取り出し彼女へと手渡す。姉妹みたいなものと言われてつい鼻血を吹き出してしまった様だ。
「そのイリス…ちゃんがどうかしたの?」
「いや…? イリスは今、将来の女王教育として知見を広げるために諸国漫遊の旅に出ていてね。もしかしたら両親の昔馴染みのキミにも会いに来たんじゃないかと聞いてみただけさ」
「へえ。女王になるってのも大変ね」
イパダップはイリスが城を出ていることをうまく誤魔化しつつリサに視線をやり話を続ける。
「このエウトはね、ルイクの事を狙ってた事があるのさ」
「何だと⁉︎」
ニシシと笑顔を見せるイパダップと鬼の形相でエウトを睨みつけるリサ。そしてエウトは否定する様に手を振る。
「やあねえ。あれはノウィスが勝手に思い込んでただけよ。東の国の王女と一緒にしないでよ」
エウトが笑い飛ばしながらイパダップに返答していると、『リンゴーン』と館への来客を告げる鐘の音が鳴り響いた。
話を中断し応接室の入口を見るイパダップとエウト、そしてルイクの彼女候補だったと聞いてまだワナワナとしているリサ。
応接室の壁に設置された無線機から使用人から連絡が入る。
『ご主人様、シオンと名乗るお方がご面会を願い出ておられますが、いかがなさいますか?』
使用人の言った名前に覚えのないエウトは思案顔をし、イパダップとリサは驚きのあまり顔を見合わせる。
「シオン…?知らな人ね…どうしようかしら」
「エウト、そいつはボクらの知り合いだ。通してもらっても良いかな? 聞きたい事もあるしね」
「わかったわ。通してちょうだい」
エウトは使用人に指示し、しばらくするとシオンが案内され応接室へとやって来た。
「おや? 珍しい所でお会いしましたね」
「そりゃこっちのセリフさ」
飄々と言ってのけるシオンに、少し不審気な視線を向けるイパダップ。
エウトはシオンに握手を求め挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。私は館の当主エウト。シオンさんと仰いましたか? 本日はどの様なご用でこちらへ?」
シオンはふふ、と笑うとゆりかごのエマに目をやりそしてまたエウトへと向き直る。
「そちらのイパダップからイリスの両親の事は聞きましたか? その情報を北の国へお知らせしたのが私なのです。あなたにもその事をお伝えしようとお邪魔させて頂いた次第です」
「それはどうも。まあお座りになって」
エウトに促されリサに笑顔で会釈しその隣に座るシオン。
「シオンさん、あなたはどうしてそんな情報を手に? それにどうして私がイリスちゃんの両親の知り合いだと?」
「ふふ、なかなか鋭い質問ですね。しかし情報源の安全のためにそれは明かさないのが掟。イパダップなら納得して頂けるかと思いますが?」
エウトがイパダップに視線をやると静かに頷いた。
「もう一つのご質問については、先の戦争であなたとあの二人が共闘している所を見た事がありましてね。あの連携の取れた三人の動きお互いを信頼していなければ出せない凄みがありましたね」
「なるほど。あなたもあの戦争の体験者だったのね」
エウトは納得した様に頷き、戦争と言う言葉に俯き拳を握るリサ。
「あれは私の愚兄が引き起こした戦争…私も責任を感じています…リサさん…多分あなたもその戦争で…」
拳を握りしめるリサの様子に気付き申し訳無さそうに頭を垂れるエウトに、掴みかからんとする勢いで立ち上がろうとした所を隣に座ったシオンに席へと引き戻されたリサ。驚きそちらを睨むとシオンは笑顔で首を振り、リサは諦めた様に再び俯いた。
「過去の事を水に流せ、とは言いません。ですが今は今のことを考えましょう。良いですかリサさん?」
シオンが優しく問いかけるとリサはその顔を見て素直に頷いた。
「では次にイリスの事についてですが、好奇心旺盛な彼女の行動を分析するとおそらく世界の中心の島へと行く可能性が高いと予想されます。東の国に向かうには必ずあの島の近くに航路を取らなければいけないですからね」
「なるほど…たしかにイリスならそうするな」
イパダップとリサは納得顔になり、エウトは逆に不思議そうにシオンを見る。
「シオンさんは…いや、どうしてみんなそんなにイリスちゃんを追いかけようとしてるの? 諸国漫遊の旅ならお城の兵士くらいついてるでしょ?」
『え⁉︎』
エウトの当然の疑問に三人は声を揃えて言い淀む。
「えー…私はイリスの追っかけでして! サインをもらうために予想を…!」焦るシオン。
「迷惑ファンね」当然の反応のエウト。
「ボクはマスコットとしてイリスの側にと思ってね!」苦しい言い訳のイパダップ。
「だったら最初からついて行っときなさいよ」当然のツッコミのエウト。
「私はイリス様のお世話係としてやはり放って置けないと女王様に許可をもらい…」正当な理由のリサ。
「兵士同士情報共有しときましょうよ」当然の意見のエウト。
そしてため息を吐くと呆れた笑顔で三人を見た。
「まあ、事情があるんでしょうけど深くは聞かないわ。私もエマちゃんのことで手が離せないし。力になれなくてごめんなさいね」
「いや、こちらこそ申し訳なかったね。でも久しぶりにキミに会えて良かったよ。イリスの両親が見つかったらまたみんなで会おう」
「ええそうね。私もこちらで情報を集めてみるわ。何か分かったら北の国へ知らせるわね」
全員が同時に頷き大地の館での不思議な会談は終了した。
そして館を後にした三人は街を歩きながら話す。
「シオン殿はどうされるのです? 我々と共に行動して頂けるのですか?」
「いえ…私は一足先に世界の中心の島へと向かいます。あなた達も連れて行ければ良いのですが…私の予約した船は満席の様でしてね…」
「そうですか…それは残念です」
シオンはふと立ち止まりリサへと尋ねる。
「あなたはルイクやノウィスの事をどう思っていましたか?」
突然の質問にリサとイパダップも足を止めてシオンの方へと振り返る。
「親を失った私を城へと引き取り育ててくれた…あの方々には感謝しかありません。そしてイリス様のためにも何としてでも探し出すつもりです」
「そうですか。まだ船の時間までしばらくあります。あなたに私の知ることをお話ししておきましょうか」
ウインクをして近くにあるベンチへと誘うシオンに、戸惑いながらもリサは応じる。
リサとシオンは隣同士で座り、イパダップはシオンの頭の上に陣取った。
「ノウィスは空の街の領主の娘として生まれ、空を飛ぶ自然能力の使い手でした。申し分ない才能を持っていた彼女は将来の空の街の領主として父から期待されていました。そしてもう一人、ノウィスに匹敵するほどの力の持ち主ノウィスの実の叔父が次の領主の候補として推されていました。当時子どもだったノウィスに野心などありませんでしたが彼女の父は別でした。ノウィスに跡を継がせるためその人を失脚させ追放したのです」
「お家騒動ってやつか…やれやれ…」
呆れるイパダップにシオンは笑いすぐに真剣な面持ちになり続ける。
「そしてノウィスが八歳の時彼女に妹が生まれたのですが、その子に自然能力の力は無く父親はその日のうちにどこかへ連れて行ってしまいました。ノウィスは生まれた妹に会うのを楽しみにしていましたが、父から妹は捨てたと聞かされたのです」
「何と言う外道…才能がないからと実の子を捨て、さらに捨てた事を隠しもせず放言するとは…!」
「ええ…ノウィスは深く傷つきその日からずっと妹を探しました。そしてそれから八年後ようやく空の街の外れのぼろぼろの家にその子がいる事を突き止めます。しかも妹を育てていたのが追放された叔父だったと言う事実に大層驚いたのです。彼はノウィスを見るなり大声で怒鳴り拒絶しました。当然です。ノウィスは自分を追放しその上実の娘まで捨てたあの男の後継者なのですから」
イパダップとリサは無言で聞き入る。
「ノウィスは叔父に父は死んだ事、八歳の時からずっと妹を探していた事を必死に訴え、叔父はその言葉に嘘はないとノウィスの言い分に納得し、自分が姉だと名乗らない事を条件に妹に会う許可を与えました。それから毎日街の外れへと行き妹に会っていたのです。しかしそれも長くは続きませんでした」
「戦争か…」
イパダップが頭の上からシオンを見下ろし、シオンが頷いて落ちそうになる。
「そうです。あの戦争で叔父は戦死、妹は行方知れずとなりました。そんな時終戦間際の北の国の外れの村で一人佇んでいた少女を見つけます」
シオンは隣のリサに微笑みながら視線を向けた。
「それがリサ、あなたです。ノウィスはあなたに行方知れずとなった妹の面影を重ねルイクに城で保護するよう頼み、彼もそれを快く承知しました。それからのことはあなたの記憶にもある通りです」
「ああ…親を失った絶望の中…あの方々と過ごした十年間は幸せだった。私が兵となった時お二方は空の街の外れの村へと移られそこでイリス様がお生まれになりそして行方不明になられ…イパダップ、お前がイリス様を城へと連れて来て今に至る」
「そうだね。あの時もキミに激詰めされたっけね」
思い出し笑いしながら懐かしそうにしみじみ振り返る。
「ふふ、その時の事が思い浮かぶようですよ。…しかしノウィスはリサ、あなたに愛情を注ぐと共に申し訳なさと罪悪感を抱いていました。妹の身代わりにしているのではないかと」
「そんな! 私はあの方々に命を救われ心まで救われた! 身代わりでも何でも良い。私があの方の心を少しでも癒せたのならば私はそれだけでも本望だ!」
「その言葉ノウィスにあった時に言ってあげてください。きっと泣いて喜びますよ」
その時シオンの胸元から懐中鳩時計のアラームが時間を告げる。
「おや、そろそろ船の時間のようです」
シオンは頭の上のイパダップを掴みベンチの後ろの茂みに投げ捨ててから立ち上がった。
「行ってしまわれるのですね。名残惜しいです」
「ふふ、私達の行く道は同じです。世界の中心の島でまた会えますよ。その時はきっとイリスもいる事でしょう。では私はこれで」
そう言い残すとシオンは街の機械が吹き出す蒸気の中へと消えて行った。




