第八話
イリスとイパダップが港街ですれ違って数日。マリナの海賊船はイリスの目的地である東の国へ向け航行していた。イリスもすっかりエプロン姿が板につきカップ麺を作れるお料理上手となっていた。
『おこのみ』によるニンジンステーキが連日出されてクラマールは阿鼻叫喚の日々を過ごし、マリナはお菓子を買った当日に全て食べ尽くし口寂しさを覚えていた。
イリスはキッチンで過ごし、マリナは惰眠を貪り、クラマールは雑魚寝部屋をリノベーションし、海に出て退屈な日々を各々それなりに過ごしている。
そんなクラマールの雑魚寝部屋にイリスが紅茶を持って訪ねて行く。
「クラマール君、お茶持ってきたよ。一息入れたら?」
「お! ちょうど一段落したとこだったんだ。ありがたくもらうぜ」
クラマールはお盆の上に二つ乗ったカップの一つを取り口をつける。イリスは残りの紅茶を雑魚寝部屋のテーブルに置きその席に座ると部屋の中を見回した。
数日前まで埃だらけだった部屋とは思えないほど綺麗になり、船の倉庫に放置されていた家具が持ち込まれ、その配置にも無駄がなく船の中で一番の快適空間へと変貌していた。
「すごいねクラマール君! 壁も床もピカピカだし、お布団も全部ふかふかだし!」
[うむ。いいお嫁さんになるな]
「ね!…あれ? でも男の子でもお嫁さんになるの?」
クラマールは呆れ顔でイリスとペロルの漫才を見ながらお茶を飲み終わると、空のカップをテーブルに置きイリスの対面に座る。
「お前も最初よりは自分で出来る様になったけど…ホント何も出来なかったよな…どんだけお嬢様だったんだよ」
「えっと…あたし今の家に住むまで小さな村の小さなお家に住んでたから、自分ではお嬢様って思ってないんだけど…」
クラマールはテーブルに頬杖をつきイリスを見つめる。
「ほーん…まあ今のお前見りゃ何となく想像出来るな。お屋敷に閉じこもってるより外走り回ってる方が似合いそうだ」
ニヤリとしながら皮肉っぽく言うクラマールにイリスは純粋な笑顔で返す。
「そうでしょ! やっぱりそう思う⁉︎ クラマール君わかってる!」
イリスが頬を膨らませ怒る事を予想していたクラマールはその反応に頭を掻き申し訳なさそうに目を逸らす。
[青春だな]
テーブルの真ん中に置かれたお盆の上に乗り、ペロルは二つの空になったティーカップに追加の紅茶を注ぐ。
そんな青春真っ只中の雑魚寝部屋へ、マリナが寝ぼけ眼を擦りながらお腹をさすり闖入した来た。
「ペロルー…お腹減ったわ。なんか作って」
言いながらテーブルに空いたもう一つの席に腰をかけ、ティーポットを持ち上げると紅茶を直接口の中へと注ぎ込み、当然ながら熱さのあまり悶絶する。あたふたするイリスに、呆れ果てるクラマールに、完全無視のペロル。
「こいつはこいつで何でこんなガサツなんだ?」
「あんたにだけは言われたくないわ!」
再びテーブルに頬杖をつきマリナに軽蔑の視線を送りながらその顔に布巾を投げつけるクラマールと、溢れた紅茶を布巾で拭きつつ睨み返すマリナ。
[こいつは子供の頃からこうだ]
ペロルの言葉にイリスは目を輝かせてマリナの顔を見つめる。
「お姉ちゃんの子供の頃のお話聞きたい!」
「ええ⁉︎ あたしの昔話なんて面白くないわよ! あたしはイリスちゃんのこともっと聞きたいなあ〜」
焦りながら席につきイリスに向け猫撫で声を出すマリナにペロルが続ける。
[あれはこいつが八つの時だ]
「だああぁ! やめなさいよ! 止めなさいよ!」
マリナはペロルを掴みながらクラマールの方を見るが彼も興味津々の眼差しでペロルとマリナを見ており、一瞬言葉を詰まらせるも諦めて過去を話し始めるのだった。
そうよ。あれはあたしがまだこの船に乗る前の八歳の時だから十四年くらい前かしら。あの頃あたしは空の街の外れのボロ家に実のおじさんと住んでたのよ。空の街と言っても空にあるわけじゃなく、ただそう言う名前なだけね。そのボロ家はコップも何も無いボロ家だったからね。ケトルに入った水をさっきみたいに直接飲んでたりもしたわ。
そんなある日、見た事も無い綺麗な服を着た、茶色い長い髪を後ろで結んだお姉さんがうちにやって来て、食料や食器はもちろんあたしの服まで持って来てくれたの。
おじさんは驚いて何かお姉さんに向かって怒鳴ってたみたいだけど…何を言ってたか覚えてないわ。
一通り怒鳴り終えた後おじさんは納得したように頷いて素直にお姉さんからの届け物を受け取って、お姉さんはあたしに話しかけて来た。
「あなたがマリナちゃんね。初めまして。そして今までごめんなさい」
「えっと…はじめまして…お姉さん誰? 何であやまるの?」
お姉さんは悲しそうな笑顔であたしを見つめていきなり抱きしめて来たのよ。何が何だかわかんないじゃない?いきなりだし恥ずかしいし苦しいしでめちゃくちゃもがいてお姉さんの腕から逃げ出して、おじさんの後ろに隠れちゃったわ。
そしたらお姉さんがまた悲しそうな顔をして俯いちゃって…おじさんに背中を押されてあたしはもう一度お姉さんの前へ行って手を出したっけ。
「あたしマリナ! よろしくお姉さん!」
そしたらお姉さんは涙を浮かべて嬉しそうにあたしと握手してくれた。
その日から毎日お姉さんはあたしの家に来て遊んでくれたり、お料理してくれたり、お行儀を教えてくれたり色々お世話してくれてね。あたしはお姉さんが来るのを楽しみにしてた。
だけど一月程過ぎた頃、空の街周辺にも戦火が迫ってきておじさんとお姉さんが深刻そうに話してた。そしてお姉さんはあたしを抱きしめて、
「マリナちゃん。いつかきっと迎えに来るわ。だから無事に逃げ延びて!」
あたしはお姉さんに力いっぱい抱きついて駄々をこねた。
「やだ! あたしお姉さんと一緒にいる! お姉さん行かないで!」
悲しそうに困った顔をするお姉さんを見かねたのかおじさんがあたしを引き剥がして、お姉さんは立ち上がってあたしの頭を撫でてくれた。
あたしは鼻水を垂らして泣きながら最後にお姉さんに聞いた。
「お姉さん! お姉さんのお名前教えて! お名前知らなきゃあたしもお姉さん見つけらんない!」
今までで何度聞いてもお姉さんは名前を教えてくれなかった。だけど、もしかしたらこれが最後になるかもと知れないと思ったのか、お姉さんは迷わずあたしにその名前を教えてくれた。
「私はノウィス。マリナちゃん、またね!」
お姉さんはそう言い残してうちを飛び出して…それっきり…今まで会うことはなかった。
そのあとあたしはおじさんに連れられ怪しげな洞窟まで来て、その奥に海に繋がる出口に浮かんだこの船に乗せられた。その時の海賊船長とおじさんは昔馴染みだったみたいで、船長は迷わずあたしを引き取りそしておじさんとはそこでお別れ…二度と生きて会うことは叶わなかった。
海賊船長はヒトトラ族の豪快なおじさんでね。預けられたその日からあたしのおじさんは、実のおじさんじゃなく船長になった。
船長おじさんはあたしの事を実の娘の様に可愛がってくれた。あたしも娘として船長おじさんのマネをしたわ。おじさんがお酒を飲めばジュースを飲み、葉巻を吸えばきゅうりを咥え、一緒にティーポットから直接お茶を飲んで大慌てしたりね。
あの頃は船の雑魚寝部屋にぎゅうぎゅうになるくらい子分がいて、ラントとセルディも雑魚寝部屋の小僧として使いっ走りしてたわ。世界一治安の悪い街で会ったあのヒトモグ族の男も実は優秀な機関士だったりね。
ただ古参の海賊達はあたし達子供組の事はあまり良く思ってなかった。だから八年前おじさんが死んであたしが船を継いだ後古参組は全員船を下りて行った。
ただしペロルは除いてね。
マリナの過去を聞き終えテーブルに頬杖をついたクラマールはお盆の上に乗ったままのペロルを人差し指でつっつく。
「ほーん…せっかく教えてもらったお行儀も無駄になり…そしてこいつはずっとこの船に乗ってお前の側に居たってことか」
[律儀だろ]
誇らしげに言うペロルにマリナは呆れながらペロルを人差し指でつっつく。
「なんて言ってるけど、こいつ船を下りるのが面倒臭いだけなのよきっと」
誇らしげに突かれるペロルに呆れ顔ながらどこか嬉し気につっついているマリナを見てクラマールはニヤリと笑う。
「まあ、そう言うことにしといてやるか」
「あ? どう言う意味よ⁉︎」
「何でもねえよ…っておい…イリスどうした?」
鬼の形相で睨みつけるマリナを無視し、クラマールはイリスの様子がおかしい事に気付く。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんのお姉さん! ノウィスって言ったよね⁉︎」
「え…うん…あたしの話の中のお姉さんの事ならノウィスって名乗ったわよ。それがどうかした?」
「お姉ちゃん…お姉ちゃんのお姉さんの名前…あたしのお母さんと同じ名前なの!」
イリスのその言葉に頭がこんがらがりそうになりながらも、思い出のお姉さんがイリスの母と同名という事実に驚くマリナとクラマールであった。




