第七話
明け方、北の国のはずれの入江の洞窟。ここを根城にする海賊達の争う声が洞窟内に反響する。
何者かにより強面で屈強な男達が次々と倒されて行く。
とうとう一人になり壁に追い詰められた海賊の首領は剣を抜きその何者かと対峙する。
「昨晩から近隣の他の海賊共が軒並み全滅させられたと噂が飛んできたが…てめえの仕業だな⁉︎」
何者かはその問いに答えず無言で剣を首領に突きつける。
「ダンマリか…まあいい。どうせてめえは永遠に口を開けなくな…!」
そこまで叫ぶと首領の声は聞こえなくなり洞窟の中には波の音以外の雑音は無くなった。
何者かは長い黒髪を靡かせ踵を返す。
「この海賊でもなかったか…イースタン・アクア号を襲ったのは一体どの海賊団だ…」
一晩で海賊団を全滅して回っていた者、それはイリスの近衛兵リサであった。
「海賊の線からイリス様の行方を探ろうと思ったが…空振りだったか…いや…まだ史上最悪の海賊マリナが残ってはいるが…」
リサは剣を鞘に収め洞窟の先の海を見やる。
「奴の居所は未だ掴めたことがない。もし奴に捕らえられているとすれば厄介だな…イリス様…どうぞご無事で…!」
リサは最後に海賊船を再利用されないよう火を放つと入江の洞窟を後にした。
その頃マリナの海賊船の食堂では麺を啜る音が響いていた。イリス、マリナ、クラマールの順番で並んで席に着き、朝食に出されたソルトーメン(塩ソイソーメン)を啜っている最中だった。
「味は変わったとは言え…朝からソイソーメンってのは…侘しいな…うまいけど…」
「贅沢言うな! うまいんだから…」
二人が侘しく麺を啜っている横でイリスは申し訳無さそうに報告する。
「えーっとあの…あたしのご飯だけまとも…」
『なぬ⁉︎』
マリナとクラマールが驚愕の表情でイリスの前に置かれている物を見るとそこにはトースト、ベーコンエッグ、コンソメスープ、紅茶が置かれていた。
明らかなエコ贔屓にクラマールは丼をテーブルにドンと置きペロルに猛抗議する。
「おい! これはどう言うことだよ! 説明しろ!」
[えこひいき]
ドン! と言う音が聞こえてきそうなほどハッキリキッパリ言い切るペロルにクラマールは、
「あ…左様で…」
と言う他、言葉が見つからなかった。
そんなソイソーメン三昧も天国に見える二人が船内には存在する。ペロルから出された朝食は煮干し。涙を流して堅い煮干し一つを齧りながらラントとセルディが羨ましそうにソイソーメンを眺めている。
「煮干し一つ齧っとけだなんて…侘し過ぎる…」
「何で俺達だけ煮干しなんすか!」
当然の抗議にペロルが答える。
[エコロジー]
船の省エネ化にご協力下さいと言わんばかりにハッキリキッパリと言い切られ大号泣する二人であった。
「しっかし…街に着いたらさすがに食料買い込まないとね…」
「あ、そう言えば…」
イリスはマリナに気になったことを質問してみる。
「お姉ちゃんはどんなお仕事してるの?」
「え…!」
イリスの期待の眼差しと眩しいまでの笑顔にマリナは言い淀むしかなかった。
ある港街に着き倉庫から箱を二つ運ばされるクラマール。
「貿易商?」
「そうよ。他の土地から仕入れた物を売ったり、逆にこっちの物を向こうに売ったりするのよ」
もっともらしい職業で誤魔化すマリナにクラマールはその背中からぼそりと呟く。
「何が貿易商だよ…盗品売買じゃねーか」
「うわ! しー! しーっ! イリスちゃんに聞こえるでしょうが! それにそれは唯一あたしが仕入れたキレイな品よ。大切に取り扱いなさいよ」
「ったく…何でオレに持たせんだよ…中身は怪しいもんじゃないだろうな…」
中身に不安を覚えながら荷物運びをするクラマール。するとマリナは港に程近い店を指差した。
「あそこが目的の店よ。近いんだから文句言わずに運びなさい」
重そうに運ぶクラマールの背中をイリスが押してやり、心なしか足取りが軽くなったクラマール。
マリナはそれを見て自分で運ぶんだったと後悔した。
店の前まで来るとマリナはイリスに外で待つように言いつけた。
「え…あたしもお店の中見たい…」
「うーん…いいんだけど、この店のおっさん…おじさんの顔すっごく怖いの。多分イリスちゃんが見たら悪い夢見ちゃうからやっぱりここで待ってて? ペロル、イリスちゃんのこと頼んだわよ」
マリナと荷物を持ったクラマールは店の中へと入って行く。
ドアにつけられた鐘が鳴り店主が来店に気付く。
「らっしゃい…ち…てめえかよ」
「あら、ごあいさつね」
迷惑そうにあしらう店主に、腰に手を当て高圧的な態度を取るマリナ。
クラマールは荷物を置きながらその店主の顔を見ながら思う。
「顔が怖いってイリスを店の中に入れない嘘かと思ったけど…ホントに怖いじゃねえか…」
店主はスキンヘッドに口髭と顎髭を蓄え、目つきも悪く左眉に古傷にある正に夢に出てきそうな悪人顔であった。
その悪人顔の店主が迷惑そうに、そして面倒臭そうにマリナに聞く。
「で? ブツは何なんだ?」
「メヒエみかんよ。メヒエ島でとれる名産みかん」
マリナが箱の中からみかんを一つ取り出して見せると、店主は血管が切れる音が聞こえてくるほどの怒りを露わにしマリナの胸ぐらを掴む。
「てめえ! 農作物は持って来んなって言ってんだろ!」
「いいじゃない! あんたの八百屋で売りなさいよ!」
「急に持ってきたもんなんざ売れるか! こちとら農家との契約があんだよ!」
怒号を飛び交わせカウンターの奥にある部屋へと入りながら取っ組み合いになるマリナと店主。さすがのクラマールも今回ばかりはマリナの心配をしてしまう。
「あいつバカかよ…あんなおっさんとケンカしたら大けがじゃ済まないぞ! 止めないと!」
クラマールが奥の部屋に行こうとした時部屋の中から顔と体が擦り傷だらけになり、頭にたんこぶを作った店主がふらふらと出てきた。
「ち…仕方ねえな…おいボウズ…その荷物裏口まで運びな…」
「大けがしたのはおっさん⁉︎」
ぼろぼろふらふらの店主を見て驚愕し、その後無傷で部屋から出てきたマリナを見て更に驚愕するクラマールだった。
店主の案内で裏口外まで運び地面を見てみると、何やら円が描かれているのがわかる。
「あの丸ん中にその荷物置きな」
「え…? おう…」
疑問に思いながらクラマールが円の中に荷物を下ろすと途端に何かの影が羽ばたく音と共に現れ、荷物をまるで鷹が狩りをする様にその足で持ち上げそのまま飛び立って行った。
「と…鳥かあ…」
「おうよ。早く売らねえと腐っちまうからな。空中便で厄介払いさ」
巨大な鳥による交通便は北の国の特徴でもある。自動車が開発普及するまでの間、地上交通の主役は飛べない巨大鳥が荷車を引く馬車ならぬ鳥車が北の国の主流であった。しかし空の便は他に代替はなく、今でも巨大鳥による空中便が利用されていた。
裏口から飛び立った鳥が店の入口の外で待つイリス達の頭上を飛び去り、羽根のから発せられた風で肩までの髪を靡かせた。
「鳥さんだ! やっぱりすごいなあ! お家にいる時もバルコニーからたまに見えてたよ」
[北の国は鳥交通が発達しているからな]
「他の国では鳥さんは飛んでないの?」
[うむ。他所の国からの始発は無い]
ペロルの鳥交通事情講義を興味深く聞いていたイリスだったが、北の国の特徴だと気付いたイリスの顔色がみるみる変わっていき、慌てて辺りを見回し始める。
「ちょっと待って! ここって北の国なの⁉︎」
[イースタン・アクア号が緊急寄港した港街だ]
道を行き交う様々な種族のヒト達の向こう側に城の兵士達の姿を見つけ、イリスは慌てて店の中へと逃げ込んだ。
「イリスちゃん! どうしたの⁉︎」
「その…兵士さんが近くに居たからつい…」
ドアを見つめておろおろするイリスの後ろから、裏口から戻ってきた店主が声をかける。
「何だあ? その嬢ちゃんは。マリナてめえの子か?」
「ひゃあ! 怖い顔!」
イリスは顔中擦り傷だらけ、頭にたんこぶの悪人顔の店主にすっかり怯えてマリナの後ろで縮こまる。
「んふふ。あたしの子に見える? でも残念でした。イリスちゃんはあたしの妹よ!」
嬉しそうに店主に言い放つと、店主は次にクラマールに視線を向けた。
「んじゃあ、あっちのボウズがてめえの子か。あんまり似てねえな」
「冗談はほどほどにしなさいよ。あいつは召使いよ」
本気で不快そうに言い放つとクラマールも本気で不快そうに睨み返した。
そんな中でもイリスはおろおろし続けマリナが事情を聞き始める。
「どうして兵士が居るとまずいの?」
「えと…その…あたし兵士さんに追われてるっていうか…」
言葉を濁しながら言うと店主がイリスに近づきその頭を撫で豪快に笑い出す。
「がっはっは! この歳でお尋ね者たあやるじゃねえか!」
「ひゃあ! 怖い!」
店主は自分の顔に怯えるイリスにまたも大笑いをし、そのままマリナの方へ視線を向ける。
「へっ! まるでてめえのちっちぇえ頃みてえだな」
「な…何のことかしら〜」
口笛を吹きながら誤魔化すマリナ。
店主は「けっ!」と言うと、次に親指を立ててイリスに笑顔を送る。
「そう不安がるな嬢ちゃん。この俺が責任持って逃してやるからよ! 兵士に嬢ちゃんってわからなきゃ良い。つまり変装すりゃ良いのさ!」
店主の提案に一同が納得する。そして店主は店の端に置かれている箱を漁りレンズの入っていないおしゃれメガネを取り出した。
「変装の基本はやっぱりメガネだろ。ほれ嬢ちゃん。かけてみな!」
イリスは店主からメガネを受け取りかけてみる。
「ど…どうかな?」
メガネをかけたイリスは知的な雰囲気を醸し出し新たな魅力を爆発させる。
クラマールは当然の様に見惚れているが、マリナは魅力は感じつつも変装としての完成度に納得出来ず腕を組んで頭を捻る。
「これでイリスちゃんってバレないかと言うと…絶対バレるわよ。そうね…変装と言えばメガネ、それに…」
マリナは何かを思いついたかの様にイリスをカウンターの奥の部屋へと連れて行き、勝手に店の箱の中を物色する。
何かを見つけ部屋のイリスに渡し、しばらくするとマリナだけが先に出て説明し始める。
「変装と言えばメガネ、髪型、そしてイメージ! イリスちゃんの大人しそうなイメージを変えちゃえ作戦! お披露目よ!」
マリナの煽りで部屋から出て来たイリスの姿は、メガネに、白のノースリーブ、黒のミニスカートに、黒のニーハイソックス、スニーカーで髪型は短いおさげにし、今までとは違い活発なイメージのイリスとなっていた。
「ど…どうも…似合ってる…かな…?」
今までした事のない服装に照れながら服の裾を持ち見せるイリス。
「あ…ああ…多分…」
イリスとクラマールはお互い顔を赤くして、マリナは満足そうに頷くている。
だが店主はマリナのコーディネートに異論を唱える。
「うーむ…悪か無いがインパクトに欠けるな…」
[ふむ。ならばここは猫の着ぐるみだな]
ペロルはなぜか店に置いてあった猫の着ぐるみの頭を持ち上げ振って見せる。そしてクラマールが言う。
「やめてくれ…それだけはやめてくれ…」
イリスと出会った時のトラウマが蘇るクラマール。
「でもこれでホントにバレないかな…?」
「大丈夫よ! 家族ならともかく兵士なんかにイリスちゃんってわからないわよ!」
「まあ、インパクトには欠けるが変装としちゃ完成形だ! 絶対バレねえ! 俺もお墨付きをつけるぜ!」
マリナと店主が笑い合うその横でイリスは思う。
「兵士さん達、家族みたいなものなんだけど…」
不安が完全に払拭される事はなかったが、初めての服装にやはり心ときめかすイリスであった。
その後クラマールが猫着ぐるみの変装を促され断固として断り、マリナが女教師風の変装をし全員から似合わないと酷評されたりと色々ありつつ、一行は店を後にし、みかんを売ったお金を持ち本来の目的である食料の買い出しへと向かう。
途中で兵士にすれ違いイリスの鼓動が早くなるが、見事に兵士が素通りして行き変装の効果は絶大であった。
そして食料品店へと入り各々見て回る事となった。
「やっぱ肉食いたいよなあ…」
クラマールは肉コーナーで憧れのステーキを目の前にあれこれパックを物色する。
[そうか。憎いか。なら魚にしろ]
肩に乗ったペロルがクラマールに魚コーナーを指し示す。
「魚も捨てがたいな…どっちにすっか…」
[そうか。魚は捨てるか。なら野菜にしろ]
次にペロルはクラマールに野菜コーナーを指し示す。
「まあ野菜は体にも良いしな…ニンジン以外なら歓迎だぜ」
[うむ。では『おこのみ』で料理を作ってやろう]
「おう、宜しく頼むぜ」
高い肉から安い野菜まで誘導され、『おこのみ』と言うニンジンの品種で料理を作ってもらう事を約束させられる、何も知らない不憫なクラマール。
一方でマリナはお菓子コーナーでうまうまスティックをどの味にするか頭を悩ませていた。
「うーん…定番味もいいんだけど、こっちのエリンギ味も気になるわね…」
全て大人買いすればいい所なのだが、ペロルからおやつは300サークルまでと釘を刺されているためより慎重に厳選する必要がある。
「くうう…じゃがぽっきりを諦めてうまうまスティックに全振りすべきかしら…悩むわ!」
遠足のおやつ選びに悩む子どものようにお菓子コーナーに根を張るマリナ。
そしてイリスは船で食べたお気に入りの食材を吟味していた。
「ソイソーメン、ソルトーメン、ミソーメン…! これ! まだ食べた事ない! どんな味かな? 美味しいかな?」
ミソーメン五袋入りを手に取ると表、裏、底まで見回し目を輝かせるイリス。更にそれだけでは無くすでにカップに入ったソイソーメンも発見し大興奮でそれを見る。
「すごい! 器まで付いてる! しかもお湯を入れて三分で出来るの⁉︎ これであたしもお料理上手!」
イリスは様々なソイソーメンを大量にカゴに入れ買い込む事に。マリナの海賊船の食事はまたしばらくソイソーメン三昧になりそうであった。
その頃港の海賊船で留守番中のラントとセルディはデッキで二人並んで海に釣り糸を垂らしていた。
「はー…やっぱ自分の飯は自分で調達すべきだな」
「そうっすね! お! 引いてるっすよー!」
ラントが釣り糸を引き上げると小魚がかかっており、それを釣り針から取り外すと二人の間に置いてある七輪の網の上に乗せて焼き始める。
「小魚でも腹一杯食えば腹一杯になるっす」
「だなーでも腹一杯まではまだまだだ」
涙ぐましい努力で空腹を満たそうとする二人のその向こう、海の上に巨大な船が通り過ぎて行くのが見えた。
「ん…? あれは…東の国の船だな…」
脇に置いた双眼鏡を手に取り覗き込むセルディ。
「そういやここんとこ、この海域でちょくちょく見かけるっすよね…なんか海の底を探ってる感じで…」
「ああ…奴ら何してやがんだろうな…だがまあ、触らぬ神に祟り無し。関わらないのが一番だ」
そんなセルディの釣り針にも獲物が掛かり引き上げようとした時、東の国の船が航行した際の波が海賊船に押し寄せ折角かかった獲物が釣り針から外れてしまった。
「ほらな! ほらな! やっぱり関わっちゃロクな事が無いんだ!」
涙目になりながら釣り針を見つめるセルディにラントは自分が焼いていた魚を差し出した。
「これ、食うといいっす。力湧くっすよ」
セルディは魚を受け取り号泣しながらかぶりつく。その小魚はちょっぴり塩味のする小魚であった。
様々な機械が並び音を立てる空間。制服を着た大勢の兵士達が機械の前に座り制御する。
そんな空間の一段高い場所に玉座の様な椅子が置かれ、そこに足を組み肘掛けに頬杖をついて緑がかった黒髪をシニヨンにした女が偉そうに座っている。
「全く…ルイクはまだ見つからないのかしら⁉︎ 本当に我が兵は愚図ね!」
「申し訳ございません! ケルマ様! なにぶん海の底が深い様でして…」
偉そうに兵士に罵声を浴びせたケルマと呼ばれたこの女こそ東の国の王女であった。
「全く…王が愚図だと兵も愚図になる。ペットが飼い主に似ると言うのは本当ね! 王も早く私に譲位して下されば良いのに!」
イライラを募らせるケルマは三十歳。この歳で王女と呼ばれる事に羞耻を覚え早く女王と呼ばれたいお年頃の様だ。
そんな女王様の様な王女様の玉座の後ろから一つの足音が近付いてくる。
「くく…ケルマ殿下、本日もご機嫌麗しくなさそうですな」
不気味に甲高い声の、サングラスをかけ黒いロングコートのポケットに両手を突っ込んだ短髪黒髪の二十代くらいの若い男がケルマの玉座の斜め後ろに立った。
「全くよ…私が女王になれば我が兵も少しはマシになるだろうに…それよりあなた! あなたの情報で海の底を浚っているのよ! 本当にルイクが海の底に沈んでるんでしょうね⁉︎」
「くく…信じられないのも無理は御座いません。しかし私が東の国にもたらしたこの技術、信用に値しませんでしょうか?」
不敵に口角を上げ両手を広げながらケルマの斜め前に進み出る男。ケルマは一面の機械を見回すと再び頬杖をついてため息を吐く。
「そうね…この技術を見ればあなたの言う様にルイクはカプセル状の何かに入れられて海の底を漂っている…と言う情報も信用しないわけにはいかないわね」
「恐縮に御座います」
男はケルマの方へ振り返り口角は上げたまま恭しくお辞儀をした。
「いいわ。あ! そこのあなた! 本国に連絡なさい! 探査船を増やすのよ!」
「は! かしこまりました!」
ケルマに指差された兵士は敬礼をし東の国へ連絡を入れる。
「くく…早くルイク殿に会いたいものですな。期待しておりますよ。ケルマ殿下」
男は最後まで不敵な笑みを崩さないままロングコートのポケットに両手を突っ込み制御室から姿を消した。
食料を買い込んだイリス達はマリナの海賊船へ帰るため港へと向かう。買い込んだ食料はペロルが用意していた大きなリュックの詰め込みクラマールが背負う事になった。
当然不満を漏らすクラマールだったがリュックにソイソーメンを詰め込む嬉しそうなイリスの姿を見て頭を掻きながらため息を吐きそのリュックを背負う。
マリナも自分のお菓子の入った袋を突っ込もうとしたが、それくらい自分で持てとクラマールに睨まれ断念したのだった。
兵士達と何度もすれ違ったが気付かれる事なく無事に船まで戻ることが出来た。
クラマールはキッチンにリュックを置くと、解放された肩を回してマリナに視線を向ける。
「そういやお前、あんだけ手配書回っててよく誰にもバレなかったな」
小声で聞くクラマールにイリスが居ないか確認してからニヤリとして答えるマリナ。
「くふふ、堂々としてれば意外にバレないもんなのよ。それに街の人が気付いても怖がって逆に通報されないの」
「はあ…実際はこんな間抜けなのにな…」
クラマールの軽口にマリナはゲンコツをその頭に飛ばすが、床に置いたリュックをキッチンの端に移動させるためにクラマールが屈んだためゲンコツは虚しく空を切る。行き場を失った怒りを発散するためマリナはデッキに出て海に向かって叫ぶ。
「ソイソーメーン!」
そんなマリナの横をイリスが嬉しそうに見つめながら通り過ぎる。
「お姉ちゃんあんなに喜んでる! やっぱりソイソーメンたくさん買って良かった!」
るんるん気分でキッチンへと入ると、リュックから荷物を出しているクラマールの横へと並びしゃがみ込んだ。
「何か手伝おうか?」
「おう、じゃあ荷物全部出しといてくれ。オレは出した物をしまってくよ」
クラマールは床に置いた食材やソイソーメンを持てるだけ抱え戸棚や冷蔵庫へとしまっていく。
次々荷物を出して行くと最後、底に大量のニンジンが詰まっているのを見つけ驚くイリス。
「え…これ…クラマール君ニンジン嫌いって…」
そこへペロルが来てリュックを閉じると、イリスの頭の上に乗り説明する。
[それはあいつのリクエスト『おこのみ』だ。そのまま冷蔵庫に入れろ]
ペロルの言葉にクスクスと笑い頷くイリス。
「さすがペロルさん。お料理上手」
ニンジンも料理し、クラマールの心も料理するペロルの手際に感嘆するイリスだった。
その頃イパダップはイースタン・アクア号が緊急寄港した港、つまりイリス達のいる街まで飛んできていた。
「酷い惨状だな…」
イパダップは襲撃を受けたイースタン・アクア号の船体を見ながら港から街の方へと向かう。
「しかし新聞によると人的被害は無いって事だし、イリスがこの船に乗ってたのならきっとこの街にいるはずだ。イリスが行きそうな所は…うん、街の全部だな…」
お城暮らし故全てに興味を持つであろうイリスの性格を予測し、街中を回る事にするイパダップ。兵士達ともすれ違い情報はないか聞くが当然空振り。身分は隠した上でイリスの特徴を話し色々な店に入り聞き込みをするが、全く手掛かりは見つからなかった。
悪人顔の店主の店で聞き込みをした時には、
「俺みたいな悪人顔の八百屋にそんな嬢ちゃんが来るわけねえだろ! 怖がって近づきゃしねえよ!」
がっはっはと豪快に笑う店主の言い分に納得し、すぐに別の店へと飛び立った。
街で手に入る情報は、ヒトウサ族のリボンの女の子、ヒトリス族のお淑やかな女の子、ヒト族の短いおさげの活発そうな女の子など、イリスの特徴とは違う情報ばかりだった。
「これだけ回って情報がないってことは、この街をすぐに出ちゃったのかもなぁ…」
街灯の上に座り込み街を見回すイパダップ。するとその下でヒトネズ族のマダム達が噂話を始める。
「奥様聞きまして? 昨夜からこの辺りの海賊達が成敗されている話」
「あら、そうなんですの? どなたか知りませんがありがたい事ですわ」
おほほとお互い笑い合い、その後も他愛もない話を続けるマダム達。
「海賊か…そっちの線から当たるか…?」
イパダップが思案しているとふとある鼻血近衛兵の顔を思い浮かんだ。
「いや…海賊を倒して回ってるのはきっとあいつだな…ここはあいつと協力してみるか…兵士達に聞けば海賊の根城もわかるだろ」
そう言うとイパダップは鼻血近衛兵リサと協力すべく街灯から飛び立った。
そしてイリスの乗ったマリナの海賊船も時を同じくして出航して行くのだった。
兵士達にこの辺りの海賊の根城を聞き、一つずつ回るイパダップ。壊滅した海賊団の船は焼き払われている事に気付き、それをもとに根城のうち煙が上がっている場所を探すとすぐにそれらしい場所を発見した。
イパダップが海賊の根城に到着する頃には全てが終わりリサが立ち去ろうとしている所だった。
「やあ、一人でここまでやるなんてさすがだね」
「貴様…よくもぬけぬけと!」
リサはイパダップを見つけると鞘から剣を抜きその切先を顔の前に突きつける。
「貴様がイリス様を唆さなければこの様な事態にはなっていなかった! そこになおれ! 私が介錯してやる!」
怒り狂うリサにあくまでも冷静に相対するイパダップ。
「唆した訳じゃないけど、たしかにボクにも責任はある。だけどキミはシオンから両親の情報を聞いてじっとしているイリスだと本気で思ってたのかい? なんでボクがイリスの決心にすぐについていけたと思う? 準備してたからだよ。イリスならきっとこうするだろうって」
「それをお止めするのが我々の役目だ! 決してイリス様の旅のお供をする事ではない!」
二人はしばらく沈黙し睨み合う。海賊船が燃える音と波の音だけがその場を支配する。
「キミも女王もイリスの事をわかってないね。あの子は二歳まで静かな村で駆け回ってた。最初から北の国の姫としてお城にいた訳じゃない。例え覚えていなかったとしても、彼女の心はその頃の自由を覚えているんだ。だからこそ極端な行動に出ようとする」
その言葉にリサはイリスが壁を蹴破ろうとして止めた時の事を思い出す。
「キミもイリスの事を思うなら、今はイリスを自由にしてやってほしい。イリスは賢い。大人になれば自身の役目にも気付く。それまでボクらが側で守ってやるのさ」
「ふん…偉そうな事を言いながら貴様の側にイリス様はいない様だが…」
リサは剣を収め目を閉じる。
「それは私とて同じか…イリス様のお気持ち…わかって差し上げられなかった…」
「キミの方にイリスの情報は?」
イパダップの問いに首を横に振るリサ。
「そうか…こっちも情報が無くてね…だからイリスの両親の昔馴染みを訪ねてみようと思うんだ」
「なに? その方はどこにいるんだ?」
「ここから西…元は西の国があった場所。そこの大地の館と呼ばれる家に住んでるエウトって女性さ」
大地の館の名前が出た瞬間リサの表情は一瞬にして厳しいものになる。
「バカな! 貴様正気か! 大地の館と言えば先の戦争の首謀者だぞ! そんな奴らに協力を求めると言うのか!」
「首謀者は大地の館の当主であるエウトの兄だ。大地の館は直接関係は無い」
「同じ事だ! あの戦争のせいでどれだけのヒトが…!」
十三年前に終戦した戦争は、クラマールの両親を奪い、リサの故郷も奪い去っていた。
北の国の外れの小さな村は自然能力で一瞬で焼き払われリサの両親は当時七歳の彼女を逃すため命を落とす。村人達が逃げ出した焼け野原となった村にただ一人佇んでいたリサは、城から救援のため駆けつけたイリスの父であるルイクと、当時ルイクの恋人であったイリスの母に助けられて城で過ごす事となったのだった。
イリスの両親はリサを妹の様に、女王ヒウルは娘の様に可愛がり成長したリサはその恩を返すためイリス付きの近衛兵となった。
イパダップはリサの目を見つめ冷静に続ける。
「キミは知っているはずだ。あの戦争がエウトの兄と北の国の前王の残党が結びついて引き起こされたものだと」
「…それは…!」
「キミが言っている事は北の国の前王残党の責任は現女王にあると言ってるのも同じじゃないかい?」
イパダップの言葉にリサは拳を握り締め俯き、そして膝をつき桟橋をその拳で殴りつけた。
「今はイリスを探すためにその恨みを心の奥にしまってくれないか?」
リサはしばらくの沈黙の後立ち上がるとイパダップに背を向けた。
「いいだろう。だが大地の館の当主が信用に値しない者だった時は、私は迷わずこの剣を抜く」
「ああ、それでいい。行こう。大地の館へ」
イパダップとリサは燃え盛る海賊船を背に大地の館へ向け出発した。




