第六話
マリナの海賊船は牽引船により救い出され、最悪治安の街の街の港に入港していた。三人が船についた頃には夕食時であった。
イリスは船のブリッジに案内され珍しいそうに見回している。
「これが船の操縦室…機械がいっぱい! すごいなあ!」
「小さい船だけど、なかなかいいでしょ?」
目を輝かせるイリスに自慢気に案内するマリナ。クラマールは船長席の肘置き部分に軽く腰掛け乗組員がいない事に気付く。
「そう言やお前の部下の姿が見えないけど、どうなってんだ?」
クラマールに言われてラントとセルディがいない事に気付き苦々しくマリナは言う。
「あいつら…またサボってんね…!」
マリナは船内無線のマイクを手に取り、通信を始める。
ラントとセルディは船の倉庫で鬼の居ぬ間の心の洗濯をしている最中だった。
「ふう…やっぱアネゴのいない間に息抜きしないとな」
セルディが酒瓶を片手に持ち言うと、ラントも酒瓶からぐいっと酒を飲んだ。
「そうそう。アネゴのいないこの一時がオレ達の楽しみっすからね」
[倉庫で息抜きするな]
そんな狭い倉庫の中のスピーカーから大音響が鳴り響く。
『くぉら! ラント! セルディ! サボってないで仕事しろ!』
「うわあ!」
「耳が…耳がああ!」
ラントとセルディの耳はマリナの怒号により耳鳴りが支配することとなった。
通信を終えるとラントとセルディは耳を押さえながらブリッジへと戻ってきた。
「いやあ、まいったまいった」
「まだ耳鳴りがするっすよ」
そして二人はイリスの両脇に立ち少し酒臭い息で尋ねた。
「それで次はどこに行きます? アネゴ」
「あっれー? アネゴ、なんか縮んだんじゃないっすか?」
本気でイリスとマリナを間違い、イリスの頭の上に背を測る様に手を行ったり来たりさせる酔っぱらいラント。
「え…あの…?」
当然困惑するイリスと呆れ顔のクラマールとマリナ。
「おいおい…この船大丈夫かよ…」
「あんたらねえ! どうやったらあたしとイリスちゃん間違えんのよ!」
マリナの当然の怒号にイリスとマリナを二度見して驚愕する酔っぱらい二人組。
「え⁉︎あれ⁉︎ アネゴ⁉︎ 飲み過ぎたか!」
「なんてこった! アネゴが二人に分裂したっす! 完全に飲み過ぎっす!」
二人の滑稽な姿にクスクス笑うイリスに、もはや呆れて声も出なくなったマリナ。
「まあいいわ。イリスちゃんはあたしの大切なお客様だからちゃんともてなしなさいよ。あっちのガキンチョは…まあ適当でいいわ」
「了解っす。じゃあ祝砲をあげてきまっす!」
街中の港で大砲をぶっ放そうとするラントを必死で抑えるマリナとセルディの横で、クラマールのお腹が空腹を知らせる。
「しかしなんか腹減ったな。もう晩飯時だろ? 何か食わせてくれよ」
クラマールは船に乗って数十年の大ベテランかの如く当然の様に夕食をマリナに要求。
[食うか?]
「のわあ⁉︎」
クラマールの足元から湯気を立たせた丼を手にひょっこりと現れたペロル。イリスはペロルの謎の生物ぶりにマリナに尋ねた。
「あの人(?)は?」
「ペロルよ。この船の料理長。ああ見えていい奴だから安心して」
次にペロルはイリスに丼を渡す。
[ほれ]
「あ、どうも」
イリスは丼とお箸を受け取り食べ始める。中身は当然ソイソーメンだった。
クラマールは食べながら不満を口にする。
「何か今日は昼からずっとソイソーメンばっか食ってるな…」
「文句言うなら食うな! 図々しい!」
[金も材料も無い!]
言いながらペロルはマリナに丼を渡すと、全て渡し終えたと言わんばかりにイリスの頭の上に乗り一息つく。
そんなペロルにセルディとラントはキョロキョロして質問する。
「あれ…?俺たちの分は?」
「ソイソーメンでも食いたいっすよ!」
そんな二人にペロルは自信満々に言い放った。
[しらん!]
『そりゃないっすよ〜!』
非情な宣告に涙を流し抗議するセルディとラントであった。
「あ〜美味しかった!」
[手打ち麺!]
食べ終わる頃には船は真っ暗な海の上に出航し、錨を下ろして今夜はここで朝まで過ごす様子だ。
「じゃあみんなの器片付けてくるね」
[キッチンはあっちだ]
ペロルの案内でキッチンに向かいブリッジを出ていくイリスの姿を見てマリナは感嘆する。
「はあぁ〜…イリスちゃん、進んでお片付けしてくれるなんて、なんてお利口さんなの」
頬を染めトロトロの笑顔を浮かべていたかと思うと、次の瞬間鬼の様な形相でクラマールを睨みつけた。
「それに比べて…」
ゆらりと体を揺らすマリナの周りから怒りのオーラが放出される。
「やべえ…」
野生の勘でそれを察知し、クラマールは軽快にブリッジから出て行く。
「さ〜ってと! ちょっくら台所の様子でも覗いてくっかぁ!」
スタコラサッサと逃げ出すその速さはまさにスリで鍛えられた逃げ足であった。
「ひーあぶねえ…もうちょっとで捻られる所だったぜ。さってと…台所は…と…」
船の数あるドアの前には『マリナの部屋』などのプレートが取り付けられており、それを頼りにキッチンを探す。
「え〜…雑魚寝部屋にキッチンダイニング、ここだな。おーい何か手伝う事あるか〜?」
ドアを開けて声をかけるとエプロン姿のイリスがクラマールを出迎えた。
「あ、クラマール君。今からやる所だから手伝ってくれる?」
クラマールは思わずその姿に見惚れてしまった。そんなクラマールの顔をイリスが覗き込む。
「どうかした?」
「いや…エプロンがよく似合うなと思って…」
「ホント? ありがとー」
[褒め上手]
クラマールは照れながら頭を掻き少し顔を赤くした。
シンクに水を溜め食べ終わった丼とお箸を浸け、その中をペロルが泳ぎいざ食器洗いへ。
「ではさっそく!」
そう言ってイリスが手にしたのはフライパンの焦げ付きを落とすための金たわし。
「のわぁあ! ちょっと待ったー! そんなので洗うと傷つくだろ! 食器洗う時はこのスポンジにこの洗剤をつけて洗うんだよ!」
「え! そうなの⁉︎」
クラマールは慌ててイリスの手から金たわしとスポンジを交換し、もう片方の手に洗剤を持たせてやる。
ほっと一息つくとクラマールもスポンジを持ち手伝おうとイリスの方に視線をやると何やら四苦八苦している模様だ。
「うーん…クラマール君、これ洗いにくいね!」
[天然だな]
イリスはスポンジではなく洗剤の容器で丼を擦りながらうんうん唸り、それを見たクラマールはさすがにずっこけずにはいられなかった。
「ちっがーう! 洗剤をこうやってスポンジにつけて泡立てて洗うの!」
「えええ! ごめんなさいぃ!」
クラマールはイリスと立ち位置をかわり丼を洗い始める、呆れながらイリスを見る。
「お前、変なとこで常識無いのな」
「だって…やったこと無いんだもん…みんな係の人がやってくれてたから…」
[お嬢様だな]
だがイリスは両手を胸の前で握り締め、ここで決心する。
「でも大丈夫! もう覚えたからおしろ…お家に帰ったらお手伝いする!」
「家で手伝う前に今手伝ってくれるかな〜」
「あ…は〜い…」
クラマールのごもっともな忠告に慌ててシンクに戻るイリス。クラマールが洗い、イリスがすすいでそして拭く。流れ作業が完成しスムーズに仕事が進んで行く。
ペロルはクラマールの肩の上に移動してその手つきに感心する。
[手慣れてるがお前どこかでバイトでもしてたのか]
「ん? こんなの孤児院にいる時、毎日やってたぜ?」
[こしあん…そうか、まんじゅう屋か]
「いや…孤児院だよ! こ・じ・い・ん!」
そんなこんなをしているうちに全て洗い終わり、イリスは椅子に座りテーブルに突っ伏した。
「終わったね〜! ああ〜…今日は何か疲れたね!」
「まあ色々あり過ぎたからな」
[まあ飲め]
ペロルに差し出された湯呑みに入ってお茶を飲み、本日あったことを思い出しながら二人はほっと一息をついた。
「そんなお疲れイリスちゃんにはお風呂がいちば〜ん!」
食器洗いが終わるのを見計らったかの様に、洗面器にお風呂セットを乗せキッチンにマリナが突撃してきた。
「お前…家事嫌いだろ…」
「そんな細かいこと気にしな〜い!」
冷たい視線を送るクラマールにテンションで乗り切るマリナ。
「イリスちゃん! 一緒にお風呂入りましょ! あんた覗くんじゃ無いわよ!」
「やだ…クラマール君…」
冷たい視線を送り返すマリナに顔を真っ赤にして横を向きながらクラマールに視線をやるイリス。
「覗かねえよ! お前らオレをどんな目で見てんだ!」
クラマールは憤慨しながらキッチンを出て乱暴にドアを閉めた。
デッキを歩きながらクラマールは大きな欠伸をする。
「ふぁああ…眠くなってきたな…そういやオレ、どこで寝よう…」
寝床の心配をするクラマールに、その肩に乗ったペロルが答える。
[ふむ。ならお前の寝床を用意しよう。雑魚寝部屋へ行け]
「お、ホントか? ありがたい。えっと雑魚寝部屋はここだな」
雑魚寝部屋のドアを開けると船のどの部屋よりも広く、畳まれた布団が山積みになっており、長年使われていないのか部屋の中には埃が積もっていた。
しかしクラマールは嫌な顔をするどころかニヤリとやる気のある表情になる。
「こりゃあ…掃除のしがいがありそうだ」
[昔乗組員がいた時の名残りで布団はたくさんある。好きなのを使え]
「この部屋オレが一人で使っていいのかよ?」
[個室はお前には贅沢だ]
この広い雑魚寝部屋を一人で使う方が余程贅沢だろうと心の中でツッコミを入れるクラマールだったが、あえて口には出さずに雑魚寝部屋で甘んじている風を装い部屋を独占することにした。
暗い海の上に浮かぶ見た目は大型クルーザーの海賊船からは、お風呂に入る女子達の賑やかな声や、掃除をする箒の音、ソイソーメンすら食べられなかった空腹の音が聞こえる。
空には三日月が姿を表し、そんな夜空をイパダップは飛び駆ける。
「賑やかなクルーザーだな…金持ちは羨ましいねぇ…」
すっかり木枯らしが吹き荒ぶ懐のがま口に手を当て、ほろりと涙を流すイパダップ。その涙は三日月に照らされきらりと光る。
そしてすぐ真面目な顔つきで、イリスに心配を始める。
「イリス…どこにいるんだ…まさか海賊に攫われた⁉︎ くそー! イリス! イリスー!」
すぐ下のクルーザーにイリスがいるとはつゆとも知らず、その上を叫びながら通り過ぎる。
イリスとイパダップのすれ違いはまだまだ続く様である。




