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アクアエルド物語  作者: MANAM


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第四話

「くふふ! あの船襲って正解だったね! こんなに儲けたよ!」

 イースタン・アクア号を襲い終えたマリナ達は船からせしめた札束を抱き満面の笑みを浮かべる。ラントとセルディも金貨を手に嬉しそうにそれを眺めていた。

「闇取引の奴らが乗っててラッキーでしたね!」

「この金世に出せない金だろうから絶対足つかないですよ!」

 マリナはどかっと船長席へと座ると得意げに叫ぶ。

「悪人から金をせしめて、船も沈まず人的被害もない! 完璧な仕事だわ!」

 そんな彼女の肩の上でペロルが何かを食べている。

[マズイ]

 マリナが見るとペロルは一万サークル札を表情を全く変えず不味そうにばりぼりと音を立てて食べていたのだ。

「って! お金を食うな!」

[繊維質だな]

 船の料理長として食材の特性を分析する料理人の鑑のペロルの手から食べかけのお札を引ったくり、呆れながらそれを見つめるマリナ。

その時大きな音を立ていきなりブリッジの入口の扉が開かれた。マリナは驚き食べかけお札を投げ捨て入口の方を見てみると逆光の中に小さな影が立っているのが見える。

「何が人的被害は無かっただ! 何が完璧な仕事だ!」

「むむ! 何やつ!」

 マリナは身構え目を凝らして見ると叫びながら乗り込んで来たその影の姿が徐々に顕になって行く。

「んん…⁉︎ ただのガキンチョじゃない!」

 安心したマリナは警戒を解きガキンチョの方へ余裕たっぷりに歩み寄る。

「誰がガキンチョだ! オレにはクラマールって名前があんだよ!」

 そう、クラマールはあの時の混乱に乗じ海賊船に乗り込んで身を隠していたのだ。

「てめーらのせいで一人海に落ちたんだ! あいつの仇取らせてもらうぞ!」

 マリナは威勢よく叫ぶクラマールに近づき前に立つと、彼の額を人差し指でツンツンつつきながら半笑いで見下ろす。

「仇ってねえ…海賊船に丸腰で乗り込んで来てどうやって仇取ろうっての?」

「う…それは…」

「後先考えず勢いだけで行動するとこうやって後悔する事になんのよ。覚えときなさい。この後生き残れれば…だけど」

 海賊らしい邪悪な笑みを浮かべクラマールを睨みつけ威圧するマリナ。しかしクラマールはそれをものともせず一歩も退かず逆に睨み返す。

マリナは呆れたように表情を崩しクラマールに更に問いかける。

「大体その海に落ちたって人、ホントに死んだの? 生死もわかんないのに仇って言われてもねえ」

 やれやれと入った感じに両手を広げ首を振るマリナ。

「だけど海に落ちたのはホントだぞ!」

 負けじと言い返すクラマール。

「じゃあ一人乗り込んで来た勇気に免じて一つ掛けをしようか」

 マリナは左手を腰に当て右手の人差し指を立てクラマールに提案する。

「あんたの言う事が本当ならこの辺りに浮いてるか、潮の流れから近くの浜辺に流れ着いてるはずよ。もしその人が見つかったらあたしのこの命、あんたにあげる。だけど、見つからなかった時は…わかってるわよね?」

 クラマールはマリナの危険な提案に固唾を呑んで頷いた。


 イリスは朦朧とする意識の中、波の音が聞こえてくる。手を握るとサラサラとした砂の感触が伝わってくる。

「ハクション!」

 くしゃみをした事で一気に目が覚めて体を起こし辺りを見回す。空はすっかり茜色に染まり夕暮れ時のようだ。

「あ…そっか…あたし船から落ちて…」

 くしゃみのせいで出た鼻を啜り、更に辺りを見回して見ると流木に絡んだイリスのポシェットがある事に気付いた。

「そっか! このポシェットが流木に絡まったからあたし溺れずに済んだんだ! ふふ、あたしの目印にもなるしお礼にこのポシェット流木さんにあげるね!」

 流木を撫でて立ち上がると浜辺の向こう側に遊歩道があるのを見つけ駆け寄りその先を眺める。そこには夕闇を照らす街の灯りが見えイリスはほっと胸を撫で下ろした。

「良かった! もうすぐ暗くなるしあの街で朝になるまでお邪魔しよう! その間にイパダップも追いついてくれるかも知れないし!」

 街に向かい駆け出すイリスだが、ただ一つ心配事があった。

「クラマール君大丈夫かな…カイゾクさんに捕まってないかな… もしかしたらあの街で何か聞けるかも! よーし急げー!」

 暗くなる前に街に着くため、そしてクラマールの情報を手に入れるためイリスは遊歩道の先の街へと急ぐ。


 イリスが街に向かって数分後、波の音だけが支配する浜辺に突如クルーザーが突っ込み大爆音を響かせる。

『アネゴー! 座礁しましたー!』

 呑気にデッキにいるマリナに報告するセルディ。

「見りゃわかるわ! てか座礁どころの話じゃないわ!」

 船は完全に浜辺に乗り上げてしまい全く身動きの取れない状態となった。

「ああもう! あんたら気合いで何とかしな!」

『了解っす! 潔く牽引船手配しまっす!』

 了解後0秒で諦め手際良くマリナ海賊団御用達の牽引船の手配を始めるラント。これによりまたもや金欠確定となるためマリナ達は当分の間ソイソーメン生活となる事が決定する。マリナは心底大きなため息をつくとデッキから浜辺へと飛び降り、クラマールもそれに続いた。

「さてさて? 人が流れ着きそうな浜辺はここが最後なんだけど…見た感じ人も死体もなさそうねえ」

 悪い笑みを浮かべながらクラマールに視線を向けるマリナだが、クラマールの視線は奇妙な違和感のある流木へと向けられていた。

 クラマールは急いで流木の方へと駆け出す。

「やっぱりだ! これ、あいつが掛けてたポシェットだ! やっぱ生きてたんだ!」

 流木に掛かったポシェットを取りながら大喜びするクラマールに、マリナほろりと涙を浮かべて憐れみの眼差しを送る。

「あんた…その流木が人に見えるなんて…随分心が弱ってたのね…悪い事したわ…」

「んな訳あるか!」

 ポシェットを勢い良く振りマリナの顔にぶつけて抗議すると、浜辺の先の遊歩道へと向かいその先の街をマリナに指し示す。

「あそこだ! きっとあの街に向かったんだ! 早く追いかけないと!」

「え…あの街…」

 マリナは街に向かい駆け出そうとするクラマールの腕を掴み引き止めると彼に質問を投げかける。

「あんたの探してる人の性別は…?」

「え? 女だけど?」

「女性なの⁉︎ それはマズイわね…!」

 マリナは腕を組み厳しい顔つきでクラマールを見ながら話を続ける。

「あの街は世界で一番治安が悪いのよ…特に人攫いが多くて近付いた女性は全て行方不明になってるらしいわ」

 マリナの説明にクラマールの顔から血の気が引いていく。

「マジかよ…! だったら早くあいつを見つけてやらないと!」

「そうね! 攫われたらあんたを助けたお礼、その人から貰えなくなるわ!」

 二人揃って街へ向かって駆け出すが、クラマールはマリナの言葉に違和感を覚え立ち止まりそして大声で抗議する。

「ちょっと待て! 誰がお前に助けられたって⁉︎ オレは助けられた覚えはないぞ!」

「くふふ! これがあたしの処世術よ! 海賊舐めんな!」

 マリナは悪い笑い声をこぼし、クラマールは戦慄を覚える。そう、あまりにもせこいそのやり口にだ。マリナはクラマールに恐怖を植え付けられたと満足しているのとは裏腹に、この事で彼は完全にマリナの事を舐めきるのであった。


 イリスは街の入口へと辿り着くとそこは展望台のようになっており、街自体はその下に広がっていた。

元々は盆地のような場所でその盆地の中に街が造られている。辺りが暗くなった事も相まって見事な街の夜景が眼下に広がっている。

「すごーい! キレイ! 入口が展望台になってるんだ! 街の方もきっと素敵なんだろうなぁ!」

 イリスは展望台の左側に階段を見つけそちらから街へと下りていく。

そしてそれと入れ違いにクラマールとマリナも入口へと到着し、治安最悪のイメージとは違うその美しさに驚きを隠せないでいた。

「ここが世界一治安の悪い街…とてもそうは見えないが…」

 展望台の手すりに手をかけ身を乗り出すように街を見るクラマールに、手すりに軽く腰掛け街の説明を始めるマリナ。

「バカね。いかにも危ない場所だと誰も寄り付かないでしょ。だからあえて入口はキレイにして人を誘い込む様に造ってあるのよ」

「なるほど…でもそんなの噂が広まればすぐバレるんじゃ?」

「噂が広まる事もバレる事も無いのよ」

 その言葉に先程マリナが言っていた事を思い出す。

「人攫いか…」

「そういうこと」

 余りにも美しく、余りにも危険で恐ろしいこの街に身震いするクラマール。

そしてマリナは得意そうに鼻で笑いクラマールに知識を披露する。

「こういうのを『チョウチンアンコウの原理』と言うのよ!」

「言わねーよ! 知ったかすんな!」

 呆れたようにツッコミを入れるクラマールに、自分より年下の少年に間違った知識を正され顔を真っ赤にして口をパクパクさせているマリナ。

「まあ…一理あるけどな…」

 ぼそりと呟き再び街を見下ろすクラマール。イリスの性格なら引き寄せられる、そんな不安が彼の心に押し寄せてくる。

マリナは一つ大きく咳払いをして気を取り直す。

「じゃああたしは左側の階段から探すわ。あんたは向こうから下りなさい。えっと…その女性の特徴は?」

「茶髪で肩くらいまでの髪だ。てか女は危ないんだろ? あんたは大丈夫なのかよ?」

 クラマールの心配を他所にマリナは海賊らしい邪悪な笑みを浮かべクラマールに向き直る。

「あたしを誰だと思ってんの? 泣く子も黙る海賊マリナ様よ! あたしにちょっかい出す奴なんて誰一人として居ないわよ!」

 誰からも恐れられる、それはマリナにとっての勲章であった。だからこそ治安の悪いこの街でも余裕で構えて居られる。

しかしクラマールはほろりと涙を流してマリナを憐れむ。

「そうか…でもいつかきっといい人に巡り合えるさ! オレみたいにな!」

 そう言うとクラマールは展望台の右側の階段を軽快に下りて行った。マリナはクラマールの残した言葉を反芻してその真の意味を悟る。

「あいつ! 遠回しにあたしにカレシいない事をバカにした⁉︎ ぐぬぬ! 次会ったら覚えてなさいよ!」

 マリナは怒りを露わにしどすどすと足音を鳴らしながら階段を下りて行くのであった。


 街はかなり特殊な造りになっている。街に下りるための階段や通路は塔と塔の外側で結ばれ、上がったり下りたり、通路や階段が立体的に交差していたり、一度入り込めば迷って逃げ出せないそんな造りであった。

イリスが塔と塔の間の通路を通り、その上に交差した階段をクラマールが下りていく。二人の距離は近付きそしてまた離れて行った。

 階段の上り下りを繰り返しさすがに疲れたイリスは塔の小部屋に小さな丸椅子を見つけ休憩する事にした。

「あ〜‥疲れたぁ…いいところに椅子があるし、ちょっと休憩しよっと」

 イリスが腰掛けるや否や、椅子の横の床がガチャリと音を立てて開き、その中から悪そうなサングラスを掛けたヒトモグ族の男が顔を覗かせた。

「まいど!」

「ど…どうも…こんばんは」

 いきなり床から現れたイリスの腰ほどの大きさのモグラな男に驚きつつ挨拶は欠かさないイリス。

「あんさん今、椅子に座っとりまんな?」

 モグラな男の西側訛りの言葉に頭の上に疑問符を無数に浮かべ聞き返すイリス。

「え…アンサンブル…マスカットにマンタ…?」

「いや、せやから椅子に座っとるやろ? その椅子タダちゃいますねん。これ、払ってもらえまっか?」

 ニヤリといやらしい笑みをいかべ、親指と人差し指でお金を意味する丸を作りイリスに要求する。

しかしイリスは手強かった。

「この椅子、駄々っ子、一万年…⁉︎」

 手の丸の意味も、言葉の意味もわかっていない様子のイリスにモグラな男の堪忍袋の緒が切れた。

「だぁあ! せやから! この看板に書いてあるやろ!」

 声を荒らげ指差す先の壁の看板をイリスが見てみると、そこにはこう書かれていた。


『休憩屋 一座り一万サークル! これは安い‼︎』


「ひ…一座り一万サークル⁉︎」

 イリスはポケットの中を探るが当然そんなお金は無く、出てきたのは船に乗る際もらったお釣りの小銭だけだった。

「払えまへんか? ほならあんたを売るまでや。身なりもええし、器量も悪ない。高く売れるやろ。払われへんのやから文句ないわなぁ?」

「う…あの…その…」

 涙目になり言い淀むイリスにモグラな男はいやらしい笑みで迫ってくる。そしてイリスに手が掛かろうとした時、不意にモグラな男の頭が踏みつけられ、サングラスを飛ばし顔から地面に叩きつけられた。

モグラな男はすぐ立ち上がり殺気だった目で振り返る。

「何すんじゃワレェ! ワシを誰やと…」

 そこまで言うとモグラな男は絶句した。

「ったく! 子ども相手に何やってんのよ!」

 モグラな男の頭を踏みつけにし、イリスの前に守るように立っていたのはマリナであった。

「あ…姐さん! 姐さんやないですか! 久しぶりでんな! 何年ぶりでっしゃろ!」

「おじさんが死んでからだから十年よ。それよりあんた!そのおじさんの言葉忘れたの⁉︎ 人を売るのは外道! 人を買うのは鬼畜って!」

「あ‥いや…これは…」

 余りのマリナの迫力にしどろもどろになるモグラな男は追求を避けるため話を逸らす。

「せ…せや! 姐さんワシをまた船に乗せてんか⁉︎ こんなトコでセコイ商売してるよりずっとええわ!」

 マリナは不快そうに舌打ちをしてモグラな男に冷たい視線を突き刺す。

「お断りよ。あんたあたしが船を継いだあと真っ先に船を降りたでしょうが! そしてこんな所でこんな事を!」

 休憩屋の椅子を蹴り飛ばし怒りを露わにするマリナ。それは船を降りた事への怒りではなく、ヒトとしての誇りを捨てたモグラな男への怒りの様であった。

 マリナはモグラな男へ背を向けると右手を挙げひらひらさせてモグラな男を追い払う。

「昔のよしみで今回だけは見なかった事にするわ。とっととどっか行きなさい」

 モグラな男は自嘲気味に笑うと地面に落ちたサングラスを拾い掛け直しマリナに背を向け塔の出口へと向かう。

「今回はワシの負けでんな。せやけどワシ諦めまへんで。ほな、失礼しますわ」

 モグラな男はそう言い残すと、塔の外の階段を上り消えて行った。

「あのモグラさん…諦めないって…また戻ってくるの…?」

 不安そうに階段を見るイリスの頭に手を乗せ撫でるマリナ。

「大丈夫よ。あいつはもう街から出て行っちゃうから。それより気をつけなきゃダメよ。ここは危険な街なんだから!」

「うん。助けてくれてありがとう! お姉ちゃん!」

 屈託のない笑顔で言われたマリナは今までにない衝撃とときめきを覚える。

「お…お姉ちゃん⁉︎ お姉ちゃん…お姉ちゃん! なんて素敵な響き! あたしはずっとこんな可愛い妹が欲しかったのよ〜!」

 マリナは大興奮でイリスの両肩に手を乗せ鼻息荒く迫って行く。

「あなたお名前は⁉︎」

「イリス…だけど…」

「イリス⁉︎ いいお名前!」

 名前を聞き出し更に大興奮。更に更にマリナは質問攻めにして行く。

「どこからきたの⁉︎」「北の国」「どこに行くの⁉︎」「東の国」

 そしてマリナはイリスの手を取り力強く宣言する。

「よーし! じゃああたしもイリスちゃんについて行っちゃう!」

「えっ…でもお姉ちゃんも忙しいんじゃ…」

「大丈夫大丈夫! あたしとっても暇してたの! そうだ! 出掛ける前にお茶しましょ!」

 そう言うとマリナはイリスの背中をぐいぐい押し塔の階段を二人で下りていく。

そしてその数秒後、クラマールが反対側の階段をおりて来て先程まで二人がいた塔の小部屋へとやって来た。

「は〜…あいつどこ行っちまったんだ…?」

 イリスとクラマールのすれ違いはすれ違いはまだ続くようだ。

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