第二話
イリスとイパダップは公園の東屋のベンチで身を寄せ合い夜が明けるまで一眠りし、目が覚めた頃には街からは活気のある声が聞こえてくる時間になっていた。
街にはヒト族はもちろんの事、ヒトネコ族のお姉さんや、ヒトクマ族の大工さん、ヒトタヌ族の父娘などあらゆる人々が行き交っている。
二人は公園を出て歩きながらこれからの予定をイパダップが話す。
「これから港に向かって船に乗って東の国へ向かうよ。そこの王女が若い頃からキミのお父さんにぞっこんでね。勝手に自分の婚約者として東の国中に宣言するほどなんだ。だからもしかすると何か情報が手に入るかも知れない」
「ええ…でもお父さんとお母さんもう結婚しちゃってるよ…?」
イパダップは憐れみを含めた笑顔で遠い目をする。
「ああ…奴はまだ夢見てるのさ…キミの父との結婚を…まあ、もうしばらくの間その夢を見させてあげようじゃないか」
少し難しい話に混乱するイリスだったが、何やら良い香りがして来るのを感じそちらの方へ視線を向けると、コロタコボールの屋台があり店のヒトウサ族のおばさんが小気味良くそれをひっくり返していた。
イリスが興味深そうにそれを見ているとイパダップは毛並みの中からがま口を取り出してイリスに尋ねる。
「食べてみるかい? 熱々で外はカリ、中トロリのコロタコボール。美味しいよ?」
イリスはゴクリとよだれを飲み込み勢いよく何度も高速で頷いた。イパダップは笑いながら屋台へと近付きコロタコボール六個入を注文する。
舟型の竹で出来た容器に乗せられたソースとマヨたっぷりの熱々のコロタコボール。イリス添えられた楊枝に刺し初めてのコロタコボールを口の中へと運ぶ。
「あちゅ!」
一口で食べようとしてその熱さに思わず赤ちゃん言葉になるイリス。そして息を吹きかけ少し冷まして少しずつ食べ始める。
「美味しい〜!」
イリスは目を輝かせてハフハフしながら次々と食べていく。
「ああ、ちなみに言っとくと東の国の王女は王女と言ってもキミの両親と同い年だし、性格に難があるから友達になろうとしないようにね」
「ふぁーい!」
コロタコボールを口に頬張りながら返事をし、そしてイリスは残りの一つをイパダップの口へと入れてやる。
「はい! これ買ってくれたお礼だよ!」
「はちゃちゃちゃ!」
熱々のコロタコボールを口の中に突っ込まれ思わず飛び上ったイパダップは、その拍子に手に持っていたがま口を投げ出してしまい、それを後ろから来た何者かがキャッチしてそのまま持ち去ってしまった。
「ああっ! しまった! スリだ! いいかいイリス! ここを動いちゃダメだよ! すぐ戻るから!」
イパダップは慌てて犯人を追いかける。そしてイリスは空になったコロタコボールを手に一人取り残されてしまった。
がま口を掠め取ったコソ泥は素早く路地に逃げ込みイパダップの追跡を逃れる。
イパダップが横を通り過ぎたのを見て、戦利品を手の上に投げて再び受け取った。
「へへ、ちょろいもんだぜ」
がま口を盗んだ犯人はイリスと同い年か少し年上くらいの少年だった。少年が軽快にがま口を開けると中から小さく折り畳まれた一万サークル札がお目見えした。少年は驚き札を広げると太陽にかざし透かしを確認する。
「すげーすげー! 一万サークルなんて初めて見たぜ! 本物だよな⁉︎ 都市伝説じゃなかったんだ!」
何度も表裏と透かしを確認し感想しきりの少年。そして使い道をあれこれ思案し始める。
「こんだけあれば、肉食って肉食って、さらに肉食って…!」
食欲旺盛な彼だが、側から聞くと憎くってと聞こえなくも無く、ヒトリス族の母娘は「ままーあれなにー?」と聞く娘を庇いながらそそくさと少年の横を通り抜ける。
しかし少年はお金に夢中でそんな声も耳に届かず、ある事を思いつく。
「そうだ…こんだけありゃ船に乗ってこの国からおさらば出来るぞ! そして夢の世界一周旅行へ!」
一万サークルでは到底世界一周は出来るはずも無いのだが、夢を大きく持つ少年はがま口をポケットに仕舞い、意気揚々と港へと向かい歩き出した。
一方一人取り残されたイリスは中々戻って来ないイパダップに不安を募らせていく。
「イパダップどこまで行っちゃったんだろ…一人だとさすがに心細いよ…」
キョロキョロと辺りを見回していると遠くの方から二人の兵士達が歩いて来るのが見え、慌てて近くの茂みに隠れるイリス。案の定兵士達はイリスを探している様子で見つかってしまうと一巻の終わりである。
「どうしよう…ここ…バレないかな…?」
ガサガサと音を立てなるべく茂みの奥へと移動するイリス。すると一人の兵士が何かに気付き茂みの近くに立ち止まる。イリスの心臓は口から出て来るのではないかというほど鼓動が早くなり、祈る様に身を縮こませる。
「おい! これを見てみろ!」
やはり見つかったかと観念するイリス。
「本屋で売り切れの週間イリス! この露天にのこってるぞぉぉおお!」
「何ぃ⁉︎ まじで⁉︎」
大喜びする兵士達にずっこけて茂みを揺らしてしまうイリス。しかし兵士達はイリス(週刊誌)を発見した事に満足してその場を離れて行き何とか連れ戻されずに済んだイリスだが、一抹の寂しさも感じずにはいられなかった。
「あたしのよりあたしの本…嬉しい様な悲しい様な…」
だが一難去ったとはいえこのままではいずれ見つかってしまう。どうしようかと辺りを見回すと新規開店の猫カフェの前にヒトネコ族のお姉さんと、ネコの着ぐるみの頭を持つもう一人のヒト族のお姉さん、そして普通の子猫の姿が見えた。どうやら着ぐるみを着て猫カフェの宣伝に街を回るようである。
「いや…あたしネコ族だしネコの着ぐるみいらないんじゃない?」
「ああ! 確かに! 作った意味無かったわ!」
ネコの着ぐるみの頭を地面に置きながら朗らかに笑うお姉さん達の元へイリスが駆け寄り、そして地面に置かれたネコ頭を持ち上げ叫んだ。
「これだー!」
「え…何この子…?」「さあ…」
困惑するお姉さん達を横目にネコ頭を掲げて大喜びしているイリスであった。
意気揚々猫カフェ宣伝用の小さな看板を両手で持ち、にゃんにゃんと街を練り歩くイリスネコ。その肩には子猫も乗っており猫カフェの宣伝として完成度は高めであった。
イリスにとっては宣伝は二の次で、イリスネコの横を兵士が通り過ぎても全く気付かれず正体を隠す事に成功し大満足だった。
「イリス様〜! どちらに〜⁉︎」
小声で探す兵士にイリスは心の中で(ここにいるにゃん)と考えながら兵士とすれ違う。
しばらく街を歩いていると先程イパダップのがま口を盗んで行った少年を発見する。
「あの子! イパダップのお財布を盗んで行った…よーし! あとをつけてお財布を取り戻そう!」
イリスは看板を持つ手に力を込めて少年の尾行を始めた。
「港に行って…船乗って…それから肉食って…夢が広がるぜ!」
少年は先々の予定を立てながら港までの道を行くが、ふと背中から異様な視線を感じ素早く振り返る。
「ね…猫カフェアクアへようこそ〜!」
イリスは誤魔化すため必死でカフェの宣伝を始める。疑いの眼差しで見ていた少年だったが納得した様に踵を返して歩みを再開する。
「何だ。ただの宣伝か」
そしてイリスもコソコソとまた尾行を再開する。意気揚々と歩く少年とその後ろを怪しげにコソコソついていく着ぐるみ。側から見ればどう見てもイリスネコの方が犯罪者の様であった。
そんな時少年が立ち止まり街の掲示板に貼ってある手配書をまじまじと見始める。
「女海賊マリナ、周辺海域に出没中…捕縛した者に三百万サークル…いや、無理じゃね?」
現実的な感想を漏らし少年はさらに続ける。
「しっかし、海賊とはな…船襲って人のもん盗むなんて悪い奴だぜ」
自分の事は棚に上げ手配書に向かい説教を垂れる少年。そして先程と同様異様な視線を感じゆっくりそちらの方へ振り向く。当然先程と同じく着ぐるみが必死に宣伝しており、さすがに怪しいと察した少年はしばらくその場に留まったあと全速力で逃げ出した。
それを見てイリスも必死に追いかける。
「まって〜!」
「誰が待つか! ボケぇ!」
しばらく追いかけっこするがさすがに着ぐるみでは追いつかず、引き離されてしまったイリス。
「はあはあ…あの子足速いよ…」
息を切らして立ち止まるイリスの後ろから自動車の蒸気の音と警笛が鳴り響きイリスの横で停止する。
「あっれー? そんな息切らしてどうしたのさ」
運転席から顔を出したのは猫カフェのヒトネコお姉さん。宣伝用ミニトラックに乗り街を回っていた所イリスを見つけた様だ。
逃げた少年は走りながら後ろを見て着ぐるみ妖怪ネコがついてきていない事を確認。
「へ! 何とか巻いた様だな…」
一安心して立ち止まり、息を整え汗を拭っていると背後から蒸気の音をぽんぽこ鳴らしながらミニトラックが迫り、
「そこのキミ、待ちなさーい!」
「のわあ!」
荷台に乗った妖怪ネコの声に恐怖し自動車の入れない細い路地に逃げ込んだ。
「何だ何だ! 一体あいつは何なんだ⁉︎」
少年は必死に逃げる。しかし入り込んだ路地の先は行き止まりで彼は妖怪ネコに追い詰められる形になった。
妖怪イリスネコが少年の前に仁王立ちし、その足元に心無しか誇らしげな子猫の姿もあった。
「お…終わった…食われる…」
イリスネコが着ぐるみの頭に手を掛ける。それにすら恐怖のを覚える少年。
「はあはあ、やっと追いついた!」
頭を取りその中から出て来たイリスを見て少年は腰を抜かして驚愕する。
「ね…ネコの中から女子が…⁉︎ この妖怪ネコすでにヒトを食ってやがったのか!」
「へ?」
突拍子もない言葉が飛び出して一瞬驚くイリスだったが、すぐに気を取り直し尻餅をつく少年に迫って行く。
「キミ! イパダップから盗んだお財布返しなさい!」
イリスの言葉は食べられる覚悟をしていた少年にとって予想外であったのか、目を大きく見開き口をぽっかりと開けしばらく思考が停止する。
そして思い出したかの様にがま口の入ったポケットを押さえる少年。
「お前…これを取り返しに来たのか! くそ…怖がって損したぜ!」
少年はがま口を取り出し手の上で投げ受け取ると、それをイリスに向けて放り投げた。イリスが両手でそれをキャッチする。
意外にも素直に返して来た少年に驚き今度はイリスが目を丸くする。
「素直に返してくれるんだね」
「そりゃそうだろ。見ての通り逃げ場ねえし。それ持ってとっとと行きな。それともオレを突き出すか?」
イリスから目を逸らし不貞腐れた様にあぐらをかきながら言う少年。
「返してくれたし、許してあげるよ。キミこのお金を使って何をしようとしてたの?」
「あ? 聞いてどうすんだよ…まあいいか。オレはこのまま港行ってこの国からおさらばしようと思ってたのさ。盗みするにも顔を知られ過ぎちまってな。だから違う土地でやり直そうと思ったのさ」
「泥棒しにくくなったから違う国でまた泥棒? それやり直しって言うの?」
イリスの正論に俯いて鼻で笑う少年。
「そうだよな…それじゃ結局何も変わらねえな」
言いながら立ち上がりイリスの横を通り過ぎ、そして立ち止まりイリスに背を向けたまま話す。
「このまま見逃してくれるか? そしたらオレこのまま孤児院に戻る。そして真面目にやり直す。約束するぜ」
イリスの答えを待つ様に沈黙する少年。
「えらい!」
「…は?」
イリスから予想外の返答が来て眉を顰めて少年は振り返る。
「泥棒したのはいけないけど、ちゃんと反省できてえらい!」
「は…はあ…どうも…え…? どこがだよ! えらくねえだろ!」
頭に手を当てぺこぺこしてお礼を言いながら、鋭くツッコミを入れる。
「じゃあそんなキミの夢あたしがちょっと叶えてあげる!」
「へ⁉︎」
少年に向かいウインクをしながらがま口を見せつけたイリスであった。
その頃イパダップはまだ少年を探して飛び回っていたが、見つける事はできず掲示板の前で飛び止まる。
「くそー…完全に逃げられたか…ボクの全財産が…」
嘆きつつ掲示板に目をやるとそこには女海賊マリナの手配書が貼ってある。
「捕縛すれば三百万サークル…いけるんじゃないか?」
いやいやと首を振り、捜索を再開しようとすると下の方からにゃーにゃーと子猫の鳴き声が聞こえた。見てみると子猫は盗まれたがま口を咥えており驚いて慌てて子猫の口からそれを受け取る。
「どう言う事だ…? 何で子猫がボクのがま口を…」
イパダップががま口を開け中を確認すると、全財産が無くなっている代わりに小さく折り畳まれた手紙が入っていた。急いで開けて読んでみる。
『イパダップへ。港で待っていたけど船が出る時間になっても来ないので先に東の国へ行っています。早く追いついて来てね。イリスより』
「な…なんて事だ! 勝手に先に行っちゃうなんて! さすがイリス!…じゃなくて!」
狼狽のあまり困惑と称賛の言葉を口にして、そしてゆっくり掲示板の方へと視線を向けイパダップの顔から血の気が引き、青い体と顔がますます真っ青になって行く。
「まずい…まずいぞ! 物凄く嫌な予感がする! 早く追いかけないと!」
イパダップは子猫にお礼を告げると大急ぎで港へと向かって飛び出した。




