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アクアエルド物語  作者: MANAM


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第一話

青い空に青い海。美しい世界アクアエルド。

この世界にはかつて自然能力を使える者が存在した。ある者は火を操り、ある者はその力で大地を揺るがし、またある者は天候までも操ったと言う。

 しかし八年前世界の中心にある小さな島に巨大な樹が突如として出現し、その日からアクアエルドからは自然能力を使える者は居なくなり、世界に平和が訪れた。

 かつて天候を操る力を持ちながらそれをあくまで平和利用していたアクアエルドの『北の国』。

聡明な女王が治めるこの国には女王の孫で十歳になる姫、茶髪ボブヘアのイリスがいるのだが、お城での退屈な生活に飽々しており机に頬杖をつき今日も今日とても仏頂面で不満を漏らす。

「むぅう〜! 退屈〜! お城の中って退屈だよ〜!」

 大声で叫ぶとイリスは勢いよく立ち上がり、壁に向かうとスカートの裾を捲り上げた。

「この壁を蹴破れば外に出られるよね! せーの…!」

 イリスは決しておてんばな性格では無いのだが、時折極端な行動に出ようとするのが玉に瑕であった。

そして右足を大きく後ろへやると勢いよく壁に向かい蹴り出すイリス。

だがしかしその足は壁に届く事はなく空を切り、そしてイリスの体はふわりと何者かに持ち上げられた。

 驚いたイリスがそのまま首を後ろへ向け見てみるとそこにはイリスの身の回りの世話と警護を担当する近衛兵の女性、黒髪ロングヘアのリサの姿があった。

「リサさん!」

「イリス様…無茶はおやめ下さい…心臓が爆発するかと思いましたよ…」

 ほっと息を吐くリサに降ろされスカートの裾を両手で叩いて直しながらイリスはリサに不満を漏らす。

「むぅ…じゃあリサさん、あたしをお城の外へ連れて行って! 街を一緒に回りましょ!」

「それは出来ません。イリス様はこの国をお継ぎになられる大切なお方。街に出て万が一の事があってはイリス様のご両親…王子様とお妃様に顔向けが出来ません」

「お父さん…お母さん…」

 イリスは八年前まで母の故郷『空の街』と呼ばれる一つの国ほどもある大きな街に程近い小さな村に普通の少女として過ごしていた。しかし両親はある異変が起こった事を聞き世界の中心の島に向かった後、行方がわからなくなった。

 後日北の国から捜索隊が派遣されたが、島には自然能力で戦った跡があり、爆発による大穴が空き、火が燻っておりイリスの両親は何者かと戦いそしてその何者かと共に戦死したと結論付けられた。

 その後イリスはお城へと引き取られそれ以来お城から出る事が許される事は無かった。

「やれやれ、災難だねイリス」

 落ち込むイリスの頭上から子犬が言葉を話すような声が聞こえてきた。

イリスとリサは声の聞こえてきた高窓へと視線をやると、そこには青色の体のぬいぐるみの様な耳の長い小さな犬が二人を見下ろしていた。

「イパダップ!」

 イリスにイパダップと呼ばれたその小さな犬はふわりと宙を舞い、イリスの前までやってきた。そしてイリスは力の限りイパダップを抱きしめもふもふし始める。

「イパダップ! 久しぶり〜! ふかふか〜!」

「ぐへぇ…!」

 息が出来ず白目をむき始めるイパダップ。そしてリサがイリスに進言する。

「イリス様…それ以上抱きしめるとイパダップが天国へ召されます…」

「い…イパダップ〜!」

 イリスは両手で持った息も絶え絶えになったイパダップを、腕を伸ばし前に出して解放した。

「あ〜…死ぬかと思った…」

「ごめんね…イパダップ…」

 申し訳なさそうに謝るその後ろからリサが前に出て、宙に浮いているイパダップに鋭い眼光を飛ばす。

「イパダップ…貴様もイリス様の側に仕える者…この数週間一体どこへ行っていた…?」

 明らかに不快そうなリサの態度に、イパダップは飄々とした態度で応える。

「今は内緒さ…そう、キミにはね」

「ふん…せいぜい城から追い出されないよう気をつける事だ。私は今でも貴様の事は信用していないのだからな」

 そう言うとリサはイリスに一礼してから出口へと向かう。ドアノブに手を掛けた所でその背中にイパダップはニヤリとして言い放つ。

「キミもイリスの隠し撮り写真を見ながらあんまり鼻血を流してると城から追い出されるから気をつけな〜」

 リサはその言葉に踵を返し戻って来るとイリスの前を通り過ぎ、壁へと両手をつき声を震わせイパダップに迫る。

「き…貴様…なぜその事を…⁉︎」

「さあねぇ? キミは内緒さ」

 小声で話す二人にイリスが手にティッシュを持って割り込んで来る。

「鼻血? 大丈夫?」

 純粋に心配するイリスにリサは顔を真っ赤にして、「大丈夫です!」と言い残すと鼻を押さえながらそそくさと部屋から逃亡して行く。それを見てしてやったりの表情のイパダップ。

「ししし! 隠し事はするもんじゃないよ〜」

「リサさん大丈夫かな…?」

 心配そうにティッシュを元の場所に戻し、そのままバルコニーへと出る。風が吹き乱された髪を直しながら空を見上げ呟く。

「あーあ…お父さんとお母さんが生きてたらあたしも自由だったのになぁ…」

 寂しそうなイリスの横へイパダップが宙を舞いやって来ると真剣な眼差しでイリスを見つめる。

「イリス…もう少し確実な情報が入ってから言おうかと思ってたんだけど、実はね…」

 そこまで言いかけた所で廊下が騒がしくなっている事に二人は気付き、何事かと様子を伺いに行くことにした。

ドアを少し開け見ていると衛兵達が慌ただしく走り回り、リサを探している様だった。

「リサ様は何処か! 何やら怪しげな者がイリス様への謁見を願い出ているのだ!」

「確かにこちらに来たと思ったのだが…自室へ戻られたか?」

 衛兵達はリサの部屋の方へと向かいイリスの部屋の前は途端に静かになるが、イリスの鼓動はそれに反して大きくなって行く。

「あたしに…お客さん…⁉︎」

 胸に手を当て驚きの表情を浮かべるイリスに、イパダップも同様に困惑顔だ。

「女王でもなくイリスに用事だなんて…一体何者だ…?」

 二人が頭を悩ませているとドアがノックされ、鼻にティッシュを詰めたリサが部屋へと入って来た。

イパダップが鼻のそれに気付くと静かに笑い出し、リサははっとして慌てて鼻の詰め物を取りポケットへ突っ込むと、真っ赤な顔でイリスへとお辞儀をしながら伺いを立てる。

「イリス様に謁見を願い出ている者がおりますが、いかがなさいますか?」

「おばあちゃんじゃなくあたしに用事って事は、何か意味があるはず…あたしその人に会います!」

 反目しあっているリサとイパダップも今回ばかりはさすがに二人揃って不安気な表情を浮かべるが、イリスの意思は固く謁見の間へと足早に向かって行くのだった。


 イリス達が謁見の間の前までやって来ると、見張りに立つ二人の兵士が扉をゆっくりと開ける。

「イリス様のおな〜りぃ〜!」

 ある兵士が恭しく言うと、赤絨毯の縁に並んだラッパを持った兵士達が一斉にファンファーレを奏でる。

あまりにも大袈裟な出迎えにイリスは絨毯の上を歩んで行く。

「は…恥ずかしいぃ〜…!」顔を赤絨毯のように真っ赤っかにするイリス。

「大袈裟すぎ…」呆れ顔のイパダップ。

「このくらいは当然。いやラッパだけでは足りん。次からは音楽隊を編成しよう!」より大袈裟を目指すリサ。

 三者三様の反応を見せながら進んで行くと、玉座の前に白髪の長髪を後ろで結んだ二十代後半くらいの中性的な面持ちの人物が立っているのが見えた。

 その人物はイリスの姿を見ると優しく微笑み、その笑顔を見たイリスはまたも顔を真っ赤にする。

 イパダップはすかさず進み出てイリスと白髪の人物の間へと割り込んで睨みを利かす。リサも同様に腰の剣に手をやりいつでも抜ける体勢でイリスの斜め後ろに立っている。

 そんな様子を一瞥して、白髪の人物は笑みを崩さずイリスに話し始めた。

「こんにちはイリス。今日はあなたにお伝えしたい事がありお邪魔させて頂きました」

 男性とも女性ともつかない声で優しく語りかける白髪の人物。それを訝し気な面持ちで睨み人物像を分析するイパダップ。

「何だ…こいつの雰囲気は…若いのは間違い無さそうだけど…でも…得体の知れない何かを感じる…」

 思考、視覚、そして犬特有の嗅覚まで総動員し、頭からつま先まで何度も繰り返し見るイパダップ。白髪の人物はそれを微笑みながら見て、

「分析は終わったかな? ワンコくん?」

「わ…ワンコ⁉︎」

 クシャクシャと頭を撫でられるイパダップの姿に思わず吹き出すイリスと、珍しくやり込められているイパダップに満足気なリサ。

 ひとしきり撫で終わると白髪の人物はイパダップの頭を鷲掴みにして後方へと投げ捨て、イリスの前へと歩み寄る。

剣に掛ける手の力が一層強くなるリサと、投げ捨てられ玉座に激突するイパダップ。

 そして白髪の人物がいきなりそしてあっさりと重大なことを言ってのけた。

「イリス、あなたの両親は生きています」

 イリスも、イパダップもリサも、そして謁見の間にいる兵士達全員も驚き、当然の様に謁見の間は騒然となる。

「生きてる…お父さんとお母さんが…⁉︎」

 驚き思考が止まる面々を他所にイパダップは白髪の人物の顔の前へと詰め寄って行く。

「おいお前! その情報どこで…! ボクだって噂を辿ってやっと辿りついたのに…!」

「うーん…今説明するのは難しいですね。独自ルート、と言うことで…所でキミはおいくら使ってこの情報を?」

 聞かれてイパダップは無言で指を二本立てて白髪の人物に示す。

「あっはっは! 二万サークルですか! 私が来るまで待っていれば無料で聞けたのに!」

 お小遣いと貯金を使い果たし、大笑いされ絶望の表情を浮かべるイパダップ。その後ろからイリスが必死の表情で白髪の人物へ質問する。

「あの! それでお父さんとお母さんはどこに⁉︎」

「…すみません…そこまでの情報はまだ…ただ一刻も早くこの事実をお知らせしたくあなたに会いに来た次第です」

 そこまで言うと白髪の人物は出口へと向かって歩み出した。イリスはその背中に必死に叫ぶ。

「あの…! せめてあなたのお名前だけでも…!」

 イリスの言葉に立ち止まり、天井を向き何やら考えている模様の白髪の人物。

「名前…うーん…シホンが良いか…それともシウォーン…」

 ポンと手を打ち鳴らし、笑顔でイリスに振り向く白髪の人物。

「そうです。私の名前はシオン。シオンと呼んで下さい。ではいずれまた」

 そう言い残すと今度こそシオンは出口へと向かいそのまま去って行った。

姿が見えなくなったのを確認すると剣に掛けていた手の力を抜きリサはイリスへと近づく。

「イリス様…奴の言う事は本当でしょうか…にわかには信じ難いですが…」

「あたし信じる! シオンさんの目嘘つきの目じゃなかった! そうだ、おばあちゃんにも知らせてあげないと!」

 そう言うやイリスはすぐさま駆け出して謁見の間を飛び出し、リサとイパダップもそれを追い女王の執務室へと向かった。


「何ですって⁉︎ あの二人が生きている⁉︎」

 イリスから話を聞きサインしていた書類にペンを突き刺してしまう女王。いつも冷静な女王ヒウルもさすがに驚愕した様子で書類はペンのインクを吸い込み、みるみる真っ黒になっていく。

はっとしてペンを置き書類を持ち上げ、やってしまったと言う表情でそれを一瞥するとデスクの脇に置いてイリスの方へ向き直る。

 ヒウルは長い黒髪を後ろに結んだおばあちゃんと言うにはかなり若い見た目であり、国民からも憧れを寄せられる聡明な女王である。

「ああ…私も会えれば良かったのだけど…リサ…どうして私を呼ばなかったの?」

「申し訳ございません! 何しろイリス様への謁見と言う今までにない事態だったもので…」

 しどろもどろになるリサを見て笑顔でそれを制してヒウルは続ける。

「良いのよ。少し意地悪を言ってみたかっただけ。それよりもそ今の話信用できるのかしら…」

「シオンさんの言うこと、あたしは信じられると思う!」

 何の根拠も無いが自信満々に言うイリスに、デスクの上に座り真っ黒になった書類を見ながらイパダップもその意見に援護する。

「信用しても良いと思うよ。ボクの手に入れた確度の高い情報でも生きているとなっているし、居場所はわからないと言う所も合致してる」

 情報の正確さに太鼓判を押したイパダップの言葉にイリスとヒウルは喜びを隠さないが、リサはただ一人それでも疑いの眼差しをイパダップへと送り問いただす。

「貴様の情報の方も本当に確かなのか? それはどこから得た情報だ?」

 リサの詰問に呆れ顔をしながら答えるイパダップ。

「街の本屋の情報屋の犬じいさんさ。元の情報源はボクでも教えてもらえなかったよ」

 イパダップは書類をいじりながら、情報を手に入れたその日の事を話し始めた。


 そこは何の変哲も無い街の本屋。およそ情報屋とは想像もつかない、子供たちが立ち読みしていようとも店主の犬じいさんは見事に蓄えた白髭を触りながら長い眉に隠れた目でそれを見る、そんな静かで平和な本屋である。

 犬じいさんはヒトイヌ族で、その骨格はヒト族と同じであり二足歩行の老ワンコである。彼の座るカウンターの下には新刊の広告が貼られている。


『週間イリス 本日発売‼︎』


 店に入ってきたイパダップはその広告を呆れ顔で見ながらカウンターの上に座り犬じいさんと対面する。

「やあ犬じいさん、元気かい? 相変わらずヨボヨボで何より」

「ほっほ! イパダップか。そっちこそ相変わらずちっちゃくて何よりじゃ」

 辛辣な言葉に辛辣に返され嫌そうな表情を浮かべるイパダップに、余裕綽々の犬じいさん。

ため息を吐きながらイパダップは自分の毛並みに手を入れると、中からがま口を取り出しそして小さく折り畳まれた一万サークル札を一枚そっとカウンターの上に置く。

 犬じいさんはそれを受け取ると広げて伸ばし上に向けて透かしを確認する様に見つめる。

「で? イリスの両親の情報って何だい?」

「ほっほ。聞いて驚け。行方まではわからんが、イリス様のご両親は生きておられる。これは確かな筋からの情報じゃから確度は高いぞい」

 イパダップはさすが聞いて驚いた。彼もまたイリスの両親の捜索隊に加わり現場を見ており、その状況から生存はあり得ないと判断していたからだ。

「何で生きてるってわかるんだ? あの惨状で生きてるとは到底…」

「さあのう。ただ情報源の者の話では大樹が関係しておると言っておったが詳しくはわからん」

「大樹…確かにあれは八年前の事件の後に生えて、あれが現れて以来自然能力が世界から失せて…十分あり得るね」

 そう言うとイパダップはカウンターから飛び上がり宙に浮くと、がま口を毛並みの中へ戻す。

店を出ようとした時犬じいさんに尻尾を掴まれ引き戻され、入荷したばかりの週間イリスを眉を動かし嬉しそうにイパダップに見せつける。

「どうじゃ、良いじゃろ。イリス様の笑顔が表紙で大人気なんじゃ。特別に一冊お主に進呈しよう」

「い・ら・な・い・よ・!」

 週間イリスを押し付けてくる犬じいさんに本を押し返すとそのまま出口へと向かうイパダップ。

犬じいさんは眉と髭が神妙な面持ちとなりそのイパダップの背中に言葉を投げかける。

「ラピスラズリ」

 いきなり何の脈絡もなく発せられた宝石の名前にイパダップはその場で止まり、ゆっくりと振り返る。

「…は?」

 犬じいさんに不審の眼差しを送りイパダップ。しかし犬じいさんは意に介さず自慢の髭を触りながら続けた。

「何の事かはわからん。じゃが単純に宝石と言う意味でもあるまい。この言葉、覚えておいて損は無いと思うぞい?」

 長い眉から目を覗かせ、髭の具合から口角も上がっているのがわかった。

「ああ。頭の片隅に入れとくよ」

 イパダップも応える様に笑顔を作ると、犬じいさんは自分の耳に手をイパダップの方へと傾いた。

「秘密の言葉教えたんじゃから、イリス様の秘密情報を教えておくれ」

「やなこった!」

 ワクワクの犬じいさんに即座に言い返すと面倒臭い事になる前に本屋を後にするイパダップであった。


「その後行方を知るために飛び回ったけど結局お金と時間ばかり飛んで何の情報も手に入らなかったんだよ」

 イパダップはこの数週間留守にしていた時のことを話し終えると、ヒウルが書き損じて自分がいじっていた書類を筒状に丸めて紐で括り書類の体を整えてデスクの脇へと置いた。

「イパダップ…聞きたい事があるのだけど…?」

 ヒウルが厳しい顔つきで尋ねると、イパダップもヒウルの方へ向き座り直した。

「ああ…ラピスラズリのことか…ボクも色々考えたんだけど…」

 イパダップが手を顎に当てて考え込みながら言うと、ヒウルはイパダップの体を両手で掴んで迫る。

「そうじゃなくて! イリスの秘密情報と言うのは何⁉︎」

「ままま…まさか…あたしも自分で気付いてない秘密を喋っちゃったの⁉︎」

 話の核心よりもイリスの秘密の方に食いつく王族二人に呆れ顔で脱力するイパダップ。

「おい…イパダップよ…」

 その横から真剣な低い声でリサが尋ね、今回ばかりはリサに助けられた思いのイパダップはリサと話を続ける。

「そう、ボクも色々考えたんだけど思い当たる節が無くて…キミは何か心当たりは…」

「貴様! なぜ週間イリスを頂いて来なかったのだ! 私も…私も見たくて書店をはしごまでしたのに! 手に入らなかった貴重品だぞ!」

 イパダップはあんぐりと口を開け、「ああ、この国はもう終わりだな」と見捨てるかどうかの瀬戸際に立つのであった。


 その後ヒウルの指示でイリス両親の行方と謎の言葉ラピスラズリの調査をする様指示がなされた。

リサも兵士たちにその事を伝え自らも調査に乗り出す。イパダップもすぐ飛び出して行きイリスは一人取り残されてしまう。

「あたしもお手伝いしたいのに…つまんない…!」

 イリスは不貞腐れながら自室へと戻り、いつもと変わらぬ退屈な時間を過ごす。

 そしてその夜、シオンの言葉を思い出し中々寝付け無いイリスはベッドから降りて廊下へと向かう。

ベッドの横のチェストの上に置かれたイパダップの寝床のカゴに目をやると寝息が聞こえてくるのがわかった。

「イパダップ、戻ってたんだ」

 静かに呟くと暗く少し肌寒い廊下を歩み出すイリス。そしてヒウルの部屋の前まで来ると扉の隙間から光が漏れているのに気付いた。そっと扉を開けて中を伺うとヒウルはデスクへと向かい手を頭に当てて今日もたらされた情報を整理している様子だった。

「おばあちゃん…こんな時間まで頑張って…」

 そんなヒウルの姿を見てそっと扉を閉めると、イリスは胸の前で拳を握り締め自室へと駆け戻る。

クローゼットを漁り動きやすそうな服を選びポシェットを肩に掛ける。その物音でイパダップが寝ぼけ眼を擦りながら起き出し、イリスの外行きの服に驚いた。

「イリス⁉︎ その格好は何⁉︎」

「もうお城でじっとなんてしてられない! あたしお父さんとお母さんを探しに行くの!」

 散らかした服の袖と袖を結びながら、イパダップに視線を向ける。

「良いよね? イパダップ!」

 イリスの言葉にイパダップは笑顔で力強く頷く。

「ああ! もちろんさ!」

 この夜を境に北の国のお城からしばらくの間イリスの姿は消えるのであった。

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