08 すれちがい
「まぁそれで乗り切ったとはいえ、どう考えてもよろしくないですよねぇ」
「……え、えぇ、そうですね」
必要とあらば力を振るうけども、相手を力づくで抑えるのは得策ではない。
ゆえに、今後このようなことをしないで済むよう(ここまでやったのは地雷を踏まれたせいであるのだけれども、踏まれずに済むよう)、真っ当に領地運営が出来る人材が欲しいのだ。
「なのでステラ様には家宰になっていただいて、ランとレンに教育をしつつ運営の立て直しと、落ち着いたら子どもたちの教育の方もしていただけないかと」
「子どもたちの教育……ですか?」
「はい。次代が育たないとどっちにしろ詰みますから。いずれは全領民に基礎教育と武術を修めてほしいと思っています」
これからも外部から勧誘することはあるだろうけど、まさか全部外部の人間に頼るわけにはいかない。
ここまで事務方が人手不足なのは、そもそも頭を使える人の母数が少ないのが大きな原因の一つだからだ。今まで教育を受けられなかった層が教育を受けることで母数を増やせば、就労可能な人も増えるだろう。
それに欲しいのは事務方だけでなく、農業、畜産、鍛冶、商品開発、魔道具研究など多岐に渡る。そのためにも基礎教育は必要だし、この領地で生きていくには武術も必須だ。
「自慢じゃないですが、私がいれば防衛は事足ります。付随してお金もどうとでも稼げます。けれど防衛に手一杯でなかなか運営にテコ入れが出来ず、その上教育にまで手を回すなんて土台無理です。だからといってこの不健全な状態で放置するわけにもいかず、私が居る間にどうしても整える必要があります」
「……そうしないと、クロノア様が居なくなっただけで辺境伯領は終わってしまうから……」
「ンフフ。同じ意見を持ってくださっているようで何よりです」
今現在は立て直し中なので私が防衛に力を入れているけれど、突出した個に頼るなんて不健全にすぎる。その個が居なくなった時に瓦解してしまうようでは困るのだ。
しかし私は軍はともかく運営方面、教育方面にまで手を伸ばす余裕はない。余裕がないならどうするか? 人を増やすしかない。内部が無理なら、外部から。
その白羽の矢が立ったのがステラ様なのであるのだが……彼女は不満、というよりは不安そうで。
「何故……私だったのでしょう?」
「ん?」
「私は侯爵家に生まれただけ、学院の成績が良いだけの小娘です。国王陛下に奏上すれば、もっとよい、ベテランの人材を派遣してもらえたのではないですか?」
……王国一の学院の成績でトップを取り続けるのってかなりすごいことなんだけどな? しかも王族、公爵家を差し置いてのトップなのだから、それで能力不足ってことはないでしょう。そりゃベテランに比べれば経験は少ないだろうけど、ベテランが湧いて出てくるわけでもないっていうか逃げたっていうか。
「私は他の貴族との伝手がありません。いくら国王陛下とはいえ、魔災の多いアッシュフィールド辺境伯領への派遣は早々に決められないでしょう。私を元平民の小娘だと侮らないでくれて、好きにやらせてくれるという条件も付けるとなおさらですね。ちょっと止められるだけで手遅れになることとかザラにありますんで、養父様みたいな大雑把――もとい豪放磊落な人じゃないと相性悪いんですよねぇ」
こうして羅列すると私自身がかなり厄介者なんだけど、じゃあ私抜きで誰がどうやって領地を守ってくれるかっていう話で。私が引っ込むことでアッシュフィールド辺境伯領が安心安全な領地になるというなら喜んで引っこむけども、残念ながらそんな上手い話はない。
「その点、貴女は宰相閣下により能力と性格が保証されています。現に私を辺境伯家当主として認めているような対応をしてくださっていますし、子どもたちの言動にも寛大でしたし」
「私は、お父様よりクロノア様の功績を知らされておりましたし……能力については……精々学院の物差しでしか……」
「知っているのと、そういうものと受け止められるのは別だと思いますよ。……プライドって厄介ですよねぇ」
去って行った人の中には、私の強さを目の当たりにしても認められず、何故か逆切れとかしてくる人も居たしね……。
しかしこの子、やたらと自分の能力に不安があるようだね? 貴族であればむしろ自信を持っていそうなものだけどなぁ。そこを押せば何とかなるのかな?
「ところでステラ様。ここ最近、宰相閣下より何か課題とか出されていませんでしたか?」
「え? えぇ。それもお父様から聞いたのでしょうか? 領地の運営について色々と……――まさか」
私の話題変換に目を瞬いていたステラ様だけど、すぐに意図に気付いてくれた。さすがである。
宰相閣下に相談した時、「問題点を書類で報告せよ」と言われ、『仕事を増やすなんて鬼か!』などと思ったりしたけど……ステラ様の手による回答、それもめちゃくちゃ的確なものが返ってきた時にはビックリしたと共に拝んだものですよ。
「ンフフ。ステラ様のご意見は大いに活用させていただいております。すでに我が領は貴女のお世話になっているのですよ。ありがとうございます。とまぁ、実務でも全く問題ないと既に証明されています」
すでにステラ様の能力は発揮されている。私たちは恩恵に与かっている。大きな借りがある。……お世話になっていながらこの書類の山なのだから、以前はどれだけ酷かったか察してほしい。
宰相閣下の保証もあるけれど、彼女自身の行動をもって能力と性格が証明されている。
そして、もう一つ。
「これが決め手なのですが、私の目には……何て説明しましょうかねぇ……人の悪意とか、そういうのが色で見えます」
『悪意感知』。
防衛費横領野郎をとっ捕まえた後に開発した魔法だ。悪意を持つ者ほど黒く、持たない者ほど白く見える。悪意に限定して、色で設定しているのは、情報を受け取りすぎると頭がパンクするからである。知らなくてもいいことまで知りたくないしね。
「それもご加護のお力でしょうか?」
「そうですね。それでまぁ、学院で勉強する傍ら勧誘のため色んな学生を見て回ったのですが……」
……何と言うか、グレーが思っていたよりは多かった。
貴族が黒くなりがちなのは、貴族社会が正しいだけではやっていけない別の意味での魔境でもあるので、よほど黒くない限りは流す。なお、よほどの黒は宰相閣下に報告しておいた。
もちろん貴族全員が全員悪人寄りというわけでもない。善人だって居る。
けれど、その中でも。
「貴女が、一番美しく見えました」
とびっきりの、善人。
「貴族たちの悪意という暗闇の中で光る星、そんなものを幻想するくらいには」
『ステラ』という言葉は、私の前世において星を意味する言葉。
名は体を表すとは言うけれど……ここまで重なっている人は初めて見た。
だから私は……欲しいと思ってしまったのだろう。分不相応にも。
……分不相応だったのに機会が与えられてしまったものだから、つい手を出してしまったのはどうか許してほしい。
そして同時に、ここまで好条件の人との婚約を破棄するなんて、やはり私には信じられない。私みたいに魔法を使っていないとしても、接するうちに人となりはわかるだろうに。
呆れで大きく溜息を吐きつつ天を仰ぐ。
「こんな優秀なご令嬢を手放すなんて、ディオ王子殿下は本当に見る目がない。私が男だったらぜひお嫁さんに欲しかったですよ」
まぁこんな軽口が叩けるのは私が(前世含めて)女だからである。男だったら絶対口にしない。
……男だったら美少女と結婚したさにやっぱり口にしてたか? どうだろうな、想像も付かないや。
おっと、ステラ様がちょっと眉根を寄せている。こんなこと言われても真面目な貴女では返答に困りますよね、ごめんなさい。
「クロノア様。本日の件は、私にこの辺境伯領で働いてほしい、という要望なのですよね?」
「平たくいえばそうです。……どうでしょうか?」
いやほんと、段取り悪くてごめんなさい。
断ってほしくなかったからあれこれ説明したけれど、果たしてステラ様はどのように捉えたのだろうか。
ごくりと唾を飲み込んで沙汰を待つ私に、彼女は頬に手を当て大きく溜息を吐いた。
……ダメだったかぁ、と暗澹としたのも束の間。
「そうですか。……婚約破棄された直後に私をもらっていくだの必要だのと仰られるものですから、てっきり妻に望むものとばかり」
「ぶっふぉっ!?」
むせた。それはもう盛大に。




