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転生少女は灰を継ぐ 〜その婚約破棄令嬢、うちの辺境でもらいます〜  作者: なづきち
第五章

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05 犬猿の仲っぽい

 少しばかり授業が長引いてしまい、急いで中庭のガゼボに居るはずのステラ様に会いに行ってみれば。

 ……意外な光景が広がっていた。


「……」

「俺としては、可愛らしいお嬢さんと争いたくないんだけどねぇ」


 セラフィーナ様が、ルシアス何某――トラヴィス……様と睨み合っていたのだ。いや、睨み合ってと言うのは違うか、セラフィーナ様が一方的に睨みつけているという方が正しい。

 その一方的に睨みつけられているトラヴィス様は眉尻を下げつつ余裕の笑みを見せている。子犬にキャンキャンされているくらいの空気感だ。

 そのセラフィーナ様の後ろにステラ様がいらっしゃるのが見えた。こちらは普通に困ったような顔をしている。私に気付いたようで、ホッと表情がほころぶ。遅れてセラフィーナ様も気付き、声を上げる。


「あっ、クロノア様! 聞いてください! この男がまたステラ様に纏わりついていたのです!」

「……纏わりついていたなんて人聞きの悪い。まだこの国でわからないことが色々あるので、彼女に質問していただけじゃないか」

「だったら男子学生に尋ねるべきです!」


 それはそう。心の中で大いにセラフィーナ様に同意した。


「帝国ではどのようにされているのか知りませんが、王国で婚約者でもない異性に近付くなど、軽率でしかありません!」


 ……何やらものすごく苦しそうに言っている気がするのだけれども……。あぁ、これは多分、セラフィーナ様が誤解で周囲に責め立てられてきた時のことだな……。後で労わりのお菓子でもあげようかしら……。


「学友に声を掛けることの何が悪いのですか?」

「あなたの学友はステラ様だけですか? 違いますでしょう」

「残念ながら、留学して日が浅く、友と呼べる人が少なくて」

「では、ステラ様はあなたの友なのですか?」

「友になりたいとは願っております」


 二人が言い合っている間に、私はそろそろと近付いてステラ様の横に並ぶ。


「……大丈夫ですか?」

「……私《わたくし》は大丈夫なのですが……」


 小声で尋ねる私に、ステラ様は周囲にそれとなく視線を向けることで回答する。

 野次馬が集まりつつあった。半分くらいは面白そうに、残り半分は眉をひそめてヒソヒソと何事かを話している。うーん、セラフィーナ様に道理があるのは聞いていればわかるはずだけど、大きな声でやりあっているのが貴族として品がないという判断なのだろう。

 こちらのことでセラフィーナ様の評判を下げるのも寝覚めが悪い。いい加減止めなければ……と思った途端に。


「あのですね、いくらあなたにかみさ――」

「セラフィーナ様、そこまでです」


 際どいことを言おうとしたので慌てて口を塞いで止める。それは今ここで口にしてはいけないことだ。

 止められても興奮気味なセラフィーナ様の耳元で、トラヴィス様に聞こえないように囁き声で注意する。


「相手の方は加護持ちであることを明らかにしていません。セラフィーナ様が気付いたということを知られない方がおそらく身のためです」

「……っ」


 セラフィーナ様……に限らず、神の加護持ちは、他の加護持ちのことをうっすらと感じ取れる。だから彼女は目の前の彼が加護持ちとも気付いた。

 しかし彼はエルマー・トラヴィスと名乗ったのだ。神様の名前は明らかにしていない。であれば、隠しているという前提で行動するべきだろう。

 ……果たしてトラヴィス様は、セラフィーナ様が聖女と呼ばれる神の加護持ちであることは気付いているのだろうか? 気付いていたら多少なりともご機嫌取りくらいはしそうなものだけど……下手につつくのはやめておこう。

 しおしおとセラフィーナ様が大人しくなったので手を離す。トラヴィス様は、ニヤニヤとでも擬音語が付きそうな、いけ好かない笑みをこちらに向けてくる。……この様子なら、今さっきセラフィーナ様が何を言おうとしたか全くわかってないな。その方がいいんだけど。


「君も同じように俺を咎めるのかい?」

「その前に、今ご自身がどのような状況に置かれているのか確認されては?」


 私の返しにトラヴィス様は目を瞬き、周囲を見回す。

 この状況に罰が悪いと肩を竦めるでもなく、逆にやましいところは何もないとでも言いたげに胸を張り出した。その様は……なるほど、第七とはいえ皇子であることに頷ける。

 ただ、子爵としては、あまりに場違いで。野次馬男子学生の一人が「何あいつ……バカじゃね?」と呟いたのが風に乗って聞こえてきた。

 さすがにそれにはカチンときたのか、トラヴィス様は眉をしかめ、口を開こうとして……遮られる。


「これは一体何事だ!」


 鋭く響き渡るのは、サフィール第三王子の声だった。彼の登場にほぼ全ての学生が咄嗟に礼をとる。

 サフィール第三王子は急に静まった辺りを見やり、唯一礼をとっていないトラヴィス様へと近付く。


「其方、帝国からの留学生だったか」

「……それが何か?」

「子爵家と言えど貴族の一員だろう? それとも帝国貴族は礼儀というものを知らないのか?」

「誰にものを――」


 言いかけて、トラヴィス様はハッとして口をつぐむ。いやこいつ、自分が子爵家令息という皮を被っているの忘れてるのか……? アホでは? それとも矜持が高すぎるのか……いややっぱりアホだわ。自分が皇子だろうと、他国の王子くらいには敬意を払うべきだ。帝国って野蛮なんですかねぇ……。

 それでも、ゆったりと帝国式の礼をする姿は、いっそ優雅とも言えた。


「大変失礼いたしました、サフィール王子殿下。お初にお目にかかります。トラヴィス子爵家のエルマーと申します」

「まぁよいだろう。僕は第三王子のサフィール・エリュシオンだ。それで、其方は一体ここで何をしていたのだ」

「そこのシルバーレイン様と歓談をしたかったのですが……」

「あぁすまぬな。僕が約束しているので、今日のところはお帰り願おうか」

「……かしこまりました」


 いかにも貼り付けたような笑顔でトラヴィス様は去っていき、私たちはそれぞれに溜息を吐く。野次馬たちもサフィール第三王子をちらちら見ながらも、三々五々に散っていった。


「ありがとうございます。サフィール王子殿下」

「気にするな。僕はアッシュフィールドの弟子だから、師匠の障害くらいは排除するさ」

「あ、それ本気だったんですね……」


 「弟子……? 師匠……?」と首を傾げるセラフィーナ様。私も首を傾げたい。

 今日は中庭で軽くレッスンをする予定だったのだが、ちょっとだけ待ってもらい、セラフィーナ様と隅の方へと行く。


「ステラ様をお守りしてくださったことには感謝しますが、男子学生相手に少々無茶が過ぎますよ」

「……ごめんなさい。その……なんだか、ディオ王子殿下が私にあれこれ言ってきた時と重なりまして……」


 うーん、ある意味鋭い。だってアレも皇子だから。


「とにかく、神の加護については口外しないようにしてください。王国と違って、どのような扱いをされているか不明ですし。隠していたところを暴かれたとなったら、逆上する可能性もゼロではありません」

「はい……」


 あとセラフィーナ様が聖女と察知されて狙われないとも限らないので、あまり近付かないようにお願いしておく。帝国皇子であれば、聖女――神の加護持ちは重要と考えるはずだ。よっぽどバカでもなければ。

 それはそれとして、気になるところがあるのでついでに尋ねてみる。


「ちなみに……どんな感覚でした?」

「どんな、とは?」

「セラフィーナ様は勇者を探しているのでしょう? ……まさか、あの人が勇者だなんてことは――」


 最後まで言えなかった。セラフィーナ様がものすごく嫌そうな顔をしたから。


「細かいところまではわかりません。けれども、敬い、支えなければいけないような気には全くなりませんでした。違うと思いたいです」

「……なるほど」


 あくまでセラフィーナ様の感覚なので正解不正解はわからないけれど、勇者でないことを私も願いますよ。

 いやしかし……本当に勇者は誰なんだか?

 思考を巡らす私を、セラフィーナ様がじっと見ていることに気付く。


「……クロノア様、違います?」

「……違いますって」


 やぶへびだったかもしれない。

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