04 押しかけ
「疑ってすまなかった!」
「……いえ、お気になさらずに。それよりも頭を上げてください」
座りながらとはいえ、大きく頭を下げてくるサフィール第三王子。非公式な場であっても、王族がそんなに簡単に頭を下げるのはよろしくない。これが辺境伯領内の狩人であればぶん殴ってわからせることもあるけど……いや私も染まりすぎだな。またステラ様にお叱りを受けてしまう。
頭を上げたサフィール第三王子は、今度はやたら目をキラキラとさせている。……強さに憧れるお年頃なのかしらん。
「それはただの身体強化……だよな? 一体どうやってそこまで?」
「単純に繰り返しただけですよ」
「? 繰り返すだけでそうはならないと思うのだが……」
王族であれば体を鍛えはしても、自分を追い込むような真似はしない、させてもらえないのかもしれないな。
「本当にただ繰り返すだけですよ。魔力の続く限りひたすら身体強化。魔力が切れたら回復させてまた身体強化。暇さえあれば、なくても他のことをやりながら」
「……そ、それは、体に悪いのではないか?」
「力の足りなさに嘆くくらいなら、それくらいは我慢するべきでしょう」
「……」
実際、これくらいやってなければ、この前アヴィに襲撃された時に死んでしまって……いやその手前のディアンで死んでいたことだろう。聖獣を相手にするのなんて想定外? それは言い訳にはならない。対策することですさまじい防衛費が掛かって首が回らなくなるとかならともかく、私が鍛えるのは必要アイテムが自給自足出来る範囲なのであまりお金はあんまり掛かってない。ならやるしかないでしょう。
とまでは言っていないのだけれども……サフィール第三王子はごくりと息を呑んだ。
「アッシュフィールドはストイックなのだな……。僕も将来兄上を支える身だ、その姿勢は見習わなければいけないな」
ふむ、本気でそう思っていそうな目だ。第二王子みたいな野心はなさそうだな。だったら心の中で応援はしておこう。
……ラインハルト第一王子含めて、懇意にしておくべきなのだろうか。国王陛下に色々売りつけてお金を稼いでいるものだから、王位継承された後に販路が途絶えないようにしておきたい。とはいえあまり深く関わるのも面倒だしなぁ……私を自由にさせてくれている国王陛下がおかしいもとい寛大なのだ。
まぁその辺りはおいおい考えよう。少なくともステラ様の意向は確認しなければいけない。
「……さて、こうして集まってもらったのは、ただ友好を温めるだけではなくてだな。なんでも、帝国のたかが子爵家令息が、我が国の侯爵家令嬢にアプローチしている、という話を聞いたのだが」
その内容が意外だったのか、ステラ様が目をパチパチと瞬く。アンブローズ様はステラ様に向って小さく微笑んだ。……つまり彼女が情報源か。
王国貴族としては、帝国貴族だろうと、下の爵位の者が上の爵位の者に言い寄るのは礼節を欠いているとしか言いようがない。いくら丁寧に接しようとも、上の者が不快に思っただけでアウトだ。しかも今回の場合は目撃者が多く、その行動に眉をひそめている者も多いだろう。ステラ様が受け入れているならともかく、そうでないなら正さなければ、王国貴族の沽券にも関わる。
しかしここで問題が一つ。件の子爵家令息、エルマー・トラヴィスであるが……実は帝国第七皇子のルシアス・メディス・ヴォルクスなのである。つまり、階級がステラ様より上となる。
相手が通常の子爵家令息なら粛々と抗議をすればいい。しかし皇子となると場合によっては火種になりかねない。……まぁそもそも身分を詐称している時点で下手すれば国交問題になるのだけれども、それは宰相閣下の調査を待つとして。
「ステラは……残念ながら破談となってしまったが、義妹になる予定の者だったのだ。しかし縁は切れていないと思っているので、力添えするのも厭わないよ」
ニコリと、優雅な、それでいて……冷徹さを篭めた、笑顔。これはつまり、『相手をぶっ潰してあげようか?』と言っているようなものだろう。……さすがにこれは言いすぎとしても、相手に何らかの沙汰を下そうというのは確実だ。
ラインハルト第一王子の申し出に、私とステラ様はそっと視線を合わせる。ステラ様は困ったように眉尻が下がっていた。ですよねぇ。しかし、第一王子の提案をただ断るのも面子を潰しかねない。理由を話そうにも話せる段階ではない。いや、宰相閣下に丸投げすればいいか?
などと考えたところで、ラインハルト第一王子は笑みを普通に戻す。
「まぁあまり過激な方法は心優しいステラも望まないとは思っていたよ。なので、このサフィールを貸し出すのはどうだろうか?」
「……え?」
「幼さは否めないが、きちんと王族としての教育は受けている。いかに節度に欠く帝国貴族であろうと、さすがに我が国の王子相手に傲岸不遜に振る舞うことはないだろう」
サフィール第三王子は既に話を通されているのか、胸を張ってキリっとしている。
これが普通であれば十分ありがたい申し出ではあったのだけど……やはり相手側も皇族というのが尾を引く。子爵として来ているのだから、子爵として対応すればいいのはそうなのだけども……うーん。
ステラ様は瞼を閉じ、しばし考えた末に、口を開く。
「そのご提案、誠にありがたく存じます。しかし……恐れ入りますが、受け入れることは出来ません」
「おや、何故だい?」
「私はディオ王子殿下の婚約者、でした。それが破談になって間もないのに、サフィール王子殿下が側にいらっしゃいますと……真実とは異なる噂が流布しかねません。それはサフィール王子殿下にとっても汚点となってしまうでしょう」
最悪、第二王子から第三王子に乗り換えたのか、などと思われかねないってことね。私との婚約はまだ公表されてないからねぇ……知ってる学生も居るけど、知らない学生だって居る。特に下世話な噂が好きな層にとっては、格好の攻撃の的になってしまうかもしれない。それはよろしくない。
ステラ様の説明に、ラインハルト第一王子は「一理あるな」と顎に手を当てる。ここで困るのが、私が婚約相手だと牽制したところで、辺境伯家は侯爵家と同列だから、侯爵家であるステラ様に言い寄るような相手には効果がないという点。実際に侮られていたし。子ではなく当主本人と言ったところで変わらなさそうな気がするし。
うーんと唸るわたしたちに、「では」とサフィール第三王子が声を上げる。
「僕がアッシュフィールドに弟子入りする、これならどうだろう?」
「…………はい?」
「これなら僕がアッシュフィールドの近くに居ても自然だ。つまり、ステラの近くに居るということにもなる」
いや、弟子入りというのがまず自然じゃないんですけど??
困惑する私に、サフィール第三王子は拳を握って熱弁する。
「僕はアッシュフィールドの強さを求める姿勢に感銘を受けたのだ!」
「え、いや、その、サフィール王子殿下には教育係とか、当然居ますよね?」
「もちろん居るが、あいつらは僕を傷付けるような真似は出来ないからな」
「私だって出来ませんけど!?」
「言い方が悪かった。僕を限界までしごくほどの教育は心情的に出来ないということだ」
それも私には出来ませんけど? ……国王陛下を脅した私が言えることじゃないのだとしても。
「父上に一筆書いてもらうから心配するな! あぁ、いきなり全力ではなく、段階を踏んでは欲しいとは思うが」
「え、えぇ……」
ラインハルト第一王子に、この暴挙(?)を止めてもらえないかと視線を向けてみれば、「それもありかもしれないな」などと呟いているし。アンブローズ様は微笑ましそうにニコニコしているだけだし。
ステラ様も悩ましい顔をしているけれど……跳ね除けるほどの強い理由が思い浮かばないようで。
「……ひとまず、お互いにご無理のない範囲でやってみてはいかがでしょう……。私も丁度習うところでしたし……ご一緒に?」
と、折れてしまった。確かに、ステラ様にも色々教える約束はしてましたけど……。
こうしてなし崩しに、押しかけ弟子が出来てしまった。いっそ裸足で逃げ出すくらい厳しくしてやろうかという考えが一瞬湧いたけど……善意であるのは確かなのでやめておこう。はぁ。




