03 ささやか…とは言えない社交
ひとまず宰相閣下に『帝国からの留学生であるエルマー・トラヴィスという人、色々と子爵令息らしからぬ言動をしているのですけれど、本当に子爵令息ですか?』と遠回しに別人であることを訴えるお手紙を出したら、『調査する』と返ってきた。なので、これ以上のアクションをするかどうかは結果を待ってからである。
その間もステラ様はルシアス何某に毎日のように話しかけられているようで、「辺境伯領でお仕事をしていると落ち着きますね……」などとワーカーホリックにも聞こえかねない発言をする始末。『人の婚約者に粉を掛けるのやめてもらえます?』と貴族的な言葉で伝えるべきかステラ様に提案はしたのだけれども、ステラ様は首を横に振る。辺境伯家の当主であっても、皇族が相手では分が悪いからだ。私が睨まれたところで何一つ怖くはないのだけれども、帝国と火花を散らすとなると、さすがに方々に迷惑が掛かってしまうので自重せざるを得ない。
ぐるぐると胃に嫌なモノを抱えていたある日、ステラ様からお茶会に出席してほしいとの要望が出された。ステラ様のためならいくらでも……ではあるのだけど……面子を聞いて、驚かざるをえない。私たちが向かった先、来賓室に居たのは。
「やぁ、アッシュフィールド辺境伯。父上から色々と話を聞いてはいるし何度か見たことはあるが、こうして話すのは初めましてかな」
「……はい、そうでございますね。ラインハルト王子殿下」
左手側の豪奢なソファに座るのは、ラインハルト・エリュシオン。このエリュシオン王国の第一王子。
ディオ第二王子と異母兄弟という話だけれども、同じ金髪碧眼をしている。二人とも国王陛下に似たのだろう。ただ、どこか荒さのある第二王子に比べて、明らかに優雅さと落ち着きが溢れている。さらりと流れる金髪は、それこそ金糸と言いたくなるくらいに艶やかだ。
それだけでも驚きなのだけれども……この場には、もう一人。
「サフィール王子殿下も、お初にお目にかかります。クロノア・アッシュフィールドです」
「あぁ、よろしく」
向かいのソファに座るのは、サフィール・エリュシオン。同じくこの国の第三王子で、こちらは完全に初見である。……宰相閣下には打診をされただけで、実際には会ってなかったからね。
彼は第一王子と同じ母から生まれたのだけれども、母親似なのか赤い目をしている。髪は短く整えており、美少年ではあるのだが、ところどころから子どもらしいヤンチャさが滲み出ていた。
サフィール第三王子は今年度からこの王立アストレア学院に通う一年生だ。なので彼が居るのはまだ理解出来るし、ステラ様が第二王子の元婚約者だったという縁もあり、顔を合わせる機会が出てくることはうっすら予想していた。しかし第一王子は卒業生であり、少なくとも学院内で会うとは思っていなかったのだが……。
そんな私の疑問が顔に出ていたのか、ラインハルト第一王子は笑顔を浮かべて説明してくれる。
「ちょっとばかり君に会ってみたくてね。私の婚約者殿にわがままを言ってしまったよ」
ラインハルト第一王子の隣に視線を向ける。彼の婚約者であり、ステラ様のご学友でもある、イザベル・アンブローズ公爵令嬢がそこに座っていた。紫の髪はお嬢様らしくふんわりとウェーブがかっており、同色の目は穏やかに微笑んでいた。ステラ様とはまた違った美少女だ。ステラ様が新年の件で周囲から微妙な目で見られていた時も、普通に接してくれていた人でもある。私も軽く世間話をした程度だけれども、すでに挨拶は済ませている。
「もう、殿下ったら。女性に会ってみたいと仰るものですから、少々嫉妬してしまいましたわ」
「はは、すまないねイザベル。でもアッシュフィールドは知る人ぞ知るドラゴンスレイヤーだからね。男としては興味も出てくるだろう?」
「まぁ」
嫉妬などというワードが出てきたけれど、顔は笑っている。お二方は仲が良さそうだ。将来の国王と王妃の仲が良いのは国にとっても良いことである。
しかしその話、国王陛下に公爵級ドラゴンを押し付けもとい献上した話……ではないよね。納税の時に子爵級ドラゴンを叩きつけた件だろう。気になるという話はわからないでもないけど、あれは結構前の話だし、何故今なのだろう?
ドラゴンスレイヤーという単語にアンブローズ様は素直に驚いていたけれど、サフィール第三王子の方はフンと鼻息を吐いて腕組みをする。
「僕としては、こんなお嬢さん……お嬢さん?がドラゴンを狩ったなんて、全然信じられないのだけどもね」
疑問符を付けられてしまった。いやごめんなさいね。今回のお茶会はささやかなものであり、堅苦しいものではなく、制服のままでいいと言われたから、そのまま男物の制服で来てしまいまして。ステラ様も最初こそ驚いてはいたけど、もう誰も突っ込まないから私もこれが普通になってるのよ。
ただ、サフィール第三王子は私を舐めているというわけではなく、本当に実感が湧かないだけみたいだ。口調から険悪なものは感じられない。そんな彼の態度に私が何とも言えず苦笑で返していると、ラインハルト第一王子がやんわりと窘める。
「サフィール。アッシュフィールドは父上があの辺境伯領を治めることを認めた実力の持ち主だよ。見た目で侮るのは感心しないな」
「それは、わかっていますが……」
サフィール第三王子は拗ねたような顔をするが、表情を素直に表せるということでもある。このお二方の間も仲が良さそうだな。……第二王子だけ母親の教育でアレになっていたのかな。
ふむ、ここは一つ芸をしてみるか。
私は一言断ってから魔法鞄(に見せかけて空間収納)から鉄インゴッドを取り出す。
「……アッシュフィールド、どうして魔法鞄から鉄インゴッドが出てくるんだい?」
「ただの材料です」
さすがに武器とか、大きな物を出すのは憚られたので、小さくて固い物となると咄嗟に浮かんだのがこれだったのだ。それをゴトリとテーブルの上に置く。
「いや確かに材料だけど……うん、まぁいいか……」と呟くラインハルト第一王子は置いておくとして。
「サフィール王子殿下、触ってみてもらえますか?」
「? ……固い、確かに鉄っぽいな。これが何だ?」
「こうします」
再び手に取り、ぐしゃりと、握りつぶした。
あっさりと私がやってのけたことに、お三方はしばし呆然とする。なおステラ様は苦笑するだけである。ウフフ、貴女も慣れてしまいましたね。
この鉄は握りつぶした程度で使い物にならなくなるわけではない。素手でこねこねと整形し直している間にラインハルト第一王子は更に目を見開いて呟く。
「……いや、父上からすごいと聞かされてはいたが……それは、驚くな」
「さすがにドラゴンの鱗の強度とは比べ物になりませんけどね。あ、ドラゴンの鱗を出して砕いた方がちゃんとした証明になりましたね」
「い、いやいやいや、そこまでしなくて結構だよ」
「あぁ、さすがに勿体ないですか」
「そうではなく……」
実際のところ、これくらいの身体強化は辺境伯領の軍人や狩人の真ん中より上のランクならほぼ出来る。だからそんな大したものでもないのだけれども、目論見通りに驚いてくれたのだから良しとしよう。
「あ、アッシュフィールド。ちょっとそれを貸してくれないか?」
「どうぞ」
サフィール第三王子の要望に応え、鉄インゴッドをテーブルの上に置き直す。彼はそれを手に取り、ぐぬぬと唸りながら潰すような動作をする。軽く凹みはしたが、それだけだった。
私は隣のステラ様にこそっと尋ねる。
「……王族って、体を鍛えますよね?」
「はい。むしろ必須ですね」
「……あの程度なんです?」
「……」
ステラ様は困ったように微笑むだけで答えてはくれない。私たちが思ったより上なのか、彼が思ったより下なのか。……まぁ、王族は王族であり、前線で戦う軍人とは違うからな……と自分に納得させた。




