02 不審者
授業が終わり、学生寮のステラ様の部屋へと。いつもであれば辺境伯領へと転移するのであるが、今日は少しばかり頭の痛い話をすることになる。現時点で聞かれるのは多分まずいので、侍女さんには隣の部屋で待機してもらう。
さて、話を切り出す……前に、ステラ様の顔が物憂げなのが気になる。
「ステラ様、お疲れですか?」
「……えぇ、まぁ」
溜息と共に吐き出されたステラ様の説明によると、午後の授業でもトラヴィス……様と一緒になり、隣に座られてやたらあれこれと話しかけられたのだそうな。話の内容は王国内情を探るものではなく世間話的なものであったけれども……それでも帝国民相手に迂闊なことを言うわけにもいかず、しかし帝国との仲を悪化させるわけにもいかないので適当にあしらうこともできず。……それは疲れることだろう。ひとまずの休憩としてお茶とお菓子を勧めておく。お茶は侍女さんが淹れてくれたものだけど。
甘い物を口にして、慣れた味で喉を潤し。ステラ様はほぅと息を吐いた。……せっかく復活しかけたところなのに、また彼女をどんよりさせることになると思うと辛い物がある。それでも伝えないわけにはいかないんだよなぁ……本当に、何てことをしてくれたんだ。
「えーと、そのトラヴィス様についてなのですが」
「はい」
「……ニセモノです」
「……はい?」
私の言葉にステラ様は目をパチパチと瞬かせ。数秒の後に。
「……なんですって……?」
顔を強張らせ、震える声で呟いた。
そりゃそうだろう。仮想敵国であるヴォルクス帝国からの留学生がニセモノとなれば大問題でしかない。
「正確には、エルマー・トラヴィスという人物は実在します。赤毛、赤目の、背が高い青年です」
「……? 同じ特徴、ですよね……?」
「だからこそ、替え玉として選ばれたのでしょうね」
「……」
似顔絵程度ならともかく、写真なんてものはない世界だ。髪の色、目の色、背丈、あとは年齢、それらが似ている者であれば入れ替わりは容易いのだろう。他国の貴族、それも当主でなく令息の顔なんて、知っている人なんて早々いやしない。
「それで……一体、どなたなのでしょうか?」
ぎゅっと手を握りしめ問いかけてくるステラ様に、私は静かに告げる。
「ルシアス・メディス・ヴォルクス」
「――」
ステラ様が固まった。
……そう、『ヴォルクス』。その家名が付いているということは。
「帝国の第八皇子です」
「……おう、じ……。い、いえ、待ってください、それも衝撃的ですが……」
おっと、さすがステラ様。しっかりと気付いてくれたみたいだ。
「その通り。メディス神の加護を受けた者です」
「帝国の皇子というだけでなく、メディス神の加護まで……? どうして、そのような方が……」
メディスとは知恵の女神の名前だ。つまり、この神の加護を受けたルシアス何某は頭が切れるのだろう。その知恵が対王国に発揮されたら厄介なことになるかもしれない。……のだが。
私は頭をポリポリと掻く。
「えぇと、私としては身分を偽った時点でなんだこいつ?って感想なんですけど……あの人の色、別にそんなに黒いわけじゃないんですよねぇ……」
「……え?」
悪意感知の魔法により、私は人間の悪意を色で判断することができる。黒であるほど悪意を持ち、白であるほど善人だと。これは『私の基準』で判定される。王国における法だけなく、前世の法や倫理観込みでの基準だ。つまり、当人が悪を悪と思っていない性格だったとしても、私からすればしっかり黒に見える。逆に言えば……白寄りのグレーであったルシアス何某は、悪人ではないと言える。
いやしかし、第八皇子か……どうりで侯爵令嬢であるステラ様にもぐいぐい行けるわけだ……。でもこの人、本当にこれで知恵の女神であるメディス神の加護を持ってるの? その迂闊な行動で原因で私が世界書庫で調べることになって、素性がバレちゃったんだけど? いや私自身も加護を使いこなせているとは言えないし、あまり人のことは言えないんだけどさ……。
「なのでまぁ、即解決しなければいけないような事態でもなさそうですし、ひとまずは宰相閣下に報告だけして、後は任せるでもいいのかなぁと……」
「えぇと……クロノア様のお力でしたら、何を考えているかまでわかる、のですよね?」
「それはそうなのですけども……世界書庫経由の情報は、どうしたって証明能力に欠けてしまいますので……」
私が『この男は身分を偽っている!』と告発したとして、確たる証拠が用意出来ない状態では拘束できないのだ。むしろ余計な不和を招きかねない。かといって証拠を突きつけようにも、『この男はエルマー・トラヴィスじゃないですよね?』などと帝国民に問い詰めたところで協力してくれるわけがない。本人を無理矢理つれてきてもシラを切られれば終わりだ。DNA鑑定とかないし。
あと、これはただのわがままだけれども、余計な情報を知りたくないという意味で、あまり人の思考を調べたくないのだ。世界書庫は気を付けてもすぐにいらん情報まで寄越してくるのが困る。使いこなせない私が悪いのだとしても。……ルシアス何某の女性の好みがステラ様にドンピシャだったなんて情報、本当に知りたくなかった。
これでルシアス何某の色が黒寄りだったらそんなことも言ってられなかったけど、白寄りなのだ。少なくとも王国に敵対の意志はないはず。その状態で暴くのは出来れば避けたい。
「……ステラ様も、ご自身の考えていることが私に盗み見られてしまったとしたら気持ち悪いでしょう? なので極力、人に関しては調べないようにしているのです」
「それは……確かに、少々、困りますね……。失礼いたしました」
ステラ様がそっと目を逸らし、そわそわとしている。実際に想像して気持ち悪くなったのだろうか。ぶっちゃけ、『調べないようにしている』も自己申告なだけで、『実は調べている』と疑われても証明のしようがないのよねぇ……。うーん、嫌われたらどうしよう。
「それにしても……第八皇子が居たのは初耳です」
「妾腹の生まれらしいですよ。皇位継承順位も低く、目立たなかったのではないでしょうか」
さすがに宰相閣下なら存在は知っているだろうけれど……表に出ない皇子の顔まで知っていろ、というのは無理な話か? いやでも諜報部隊くらいは居そうだけど……。宰相閣下には世界書庫のことを話していないので(ステラ様も未だに報告してないみたい)、下手なことをいうと私が変な目で見られそうだな。報告の仕方には気を付けないと。
皇位継承順位が低いのであれば野心を抱いて……という可能性もあるか? 王国に来たのは、王国を害するためではなく、王国に協力者を求めて……という方向ならなくもない気はする。
……ひとまず、これ以上考えるのはやめておこう。ステラ様に危害を加えないかだけ注意は必要……好みの相手ならしないか。……第二王子の時みたいにステラ様が蔑ろにされるのもイラッとくるけど、これはこれで複雑なものがあるなぁ。うぬぅ。
「……クロノア様、どうかされましたか?」
「あぁいえ、どう対処したものかと悩んでいまして」
「……それでいうと……私、責任重大なのではないでしょうか……?」
身分詐称中とはいえ、相手は皇子だ。不機嫌にさせたら、それを口実に王国に難癖を付けられかねない。本当に厄介だな……!
「……ひとまず、バレてることがバレないようにしなければいけませんね。……余計なことを言ってしまったでしょうか……?」
「いえ……知らないよりはずっと良いでしょう。ありがとうございました」
「困ったことがあったら遠慮なく呼んでくださいね」
「……ありがたいお言葉ですが……そもそもクロノア様をお呼びするような事態が発生しないことを祈りましょう……」
私たちは揃って大きく溜息を吐くのだった。




