01 留学生
春休みが終わり、卒業生と新入生が入れ替わり、在校生は学年が一つ上がった。なお、私は特別生なので学年は関係ない。
この学院は学年や学科できっちり分けられている授業と、学年学科関係なく好きに受けられる授業がある。私が受けるのは大体後者なので、ちらほらと初々しい顔を見るようになった。……誰か辺境伯領に興味持ってくれたりしないかなぁ。でもこの数か月で勧誘出来たのはステラ様を除いてイリス先輩だけなんだよなぁ……。もうちょっと対人関係構築に力を入れるべきか……うぅむ。
ちなみに、ステラ様の方の縁はほぼ女子学生であり、辺境伯領の印象は『魔災が怖い』で交渉するどころじゃないらしい。では、魔災が怖いなどと言っていられない騎士科の学生相手ならどうだろうか。主に欲しいのは頭脳の方だけど、縁作りのために騎士科の授業を受けることも視野に入れるかなぁ……?
などと考えている間に領地経営学の授業は終わり、昼食の時間になった。今日もステラ様を昼食を一緒に食べることを約束しているので、集合場所へ向かおう。教室にお迎えに行くと言ったのだけど、手間になるからと遠慮されてしまった。
残念ながら友人とまでは言えないけれど、顔見知りとは言えるようになった学生たちに手を振って、教室を出る。貴族でありながらもまだ子ども、昼休みの解放感で賑やかになった廊下を抜け、中庭へと。ここも学生が多い。今日は天気も良く、春になって暖かくなってきたからだろう、寒さに震えて足早に抜けることなく、のんびりと歩いている様子がいくつも見受けられる。平和だねぇ。
設置されているベンチもほぼ埋まってしまっている。私は目立ちすぎず隠れすぎない場所の木を選んで、もたれかかって待つことにした。暇つぶしにテキストを開いて読む。世界書庫は確かに何でもあるけれど、体系的にまとめられているという点で本のメリットは大きいのよね。
「クロノア様っ」
そうして待つこと十分ほど、ステラ様……ではない、別の女子学生に声を掛けられて顔を上げる。
「セラフィーナ様。お久しぶりですね」
「はい! お久しぶりです!」
春休み中に登校する学生はちらほら居るのだが、私は祭りもあってほぼ領主館で仕事していたのと、セラフィーナ様も教会で働かなければいけないと愚痴っていたので、会うのは休みぶりだ。今日も元気そうでなによりである。
今日の彼女は一人ではなかった。見覚えのない女子学生二人が後ろにいて、ちらちらと私の方を見ている。よくわからないけれど笑顔で返しておいた。
「セラフィーナ様、後ろの方々は新しいご友人ですか?」
「はい。その、おかげ様で色々と誤解も解けまして……」
誤解とは、新年パーティで起こったあれのことだろう。第二王子が勝手に暴走しただけなのに、セラフィーナ様が何かしたのではないかと邪推する学生も多かったのだ。ステラ様ともども彼女とお話をして、それとなくフォローするようになったことで徐々に下火になり、やっと立ち消えたのだろう。ふたを開けてみれば彼女もただの被害者だったので、何とかなってよかった。
二人に軽く自己紹介をされたので、記憶を落っことさないように突っ込んでおく。最悪、世界書庫に聞けば答えてくれるけど、人としてそれはよろしくないだろう。伝手を作りたいならなおさらだ。
「ところでクロノア様、本日もステラ様と?」
「はい、その予定です」
私の返事にセラフィーナ様は軽く首を傾げ。
「つい先ほどここに来る前に、男子学生の方とお話しているのをお見かけしましたけれど……」
なるほど、だからステラ様にしては来るのが遅いのか。まぁ急ぐものでもないので待ちますよ。
と思ったのだけれども、後ろの二人が何やら不穏なことを言う。
「あれ、今にして思えば大丈夫だったのかしら……?」
「そうよね……シルバーレイン様は困っていらしたような……?」
どういうことかと尋ねてみれば、ただ話しているだけのようにも、男子学生がステラ様に言い寄っているようにも見えたらしい。……ふむ。
これはお出迎えに行った方がいいのだろうか、と考えたところで、当の本人が姿を現した。
「クロノア様、大変お待たせしました」
「お気になさらず。全然大丈夫ですよ」
……後ろに、その男子学生と思われる男を引き連れて。
ただステラ様の顔つきを見るに、勝手に付いてきただけのような感じがするな。
「トラヴィス様。ご覧のように、私には先約がありまして――」
「その前に、ご挨拶をさせていただいても?」
「……どうぞ」
そのようなやりとりをしてから、男子学生が前に出た。
「初めまして。トラヴィス子爵家次男のエルマーです。以後、お見知りおきを」
その視線はしっかりと私に向いている。あ、セラフィーナ様たち、いつの間に逃げ――もとい避難したんだ。素早いな。
トラヴィス……様は燃えるような赤毛、赤目で、背も高く、制服の上からでもよくわかるくらいにしっかりと鍛えられた体付きだ。ついでに野性味のある系美男子で、私は興味ないのだけれども、通りがかる女子学生がチラチラと視線を向けている。ついでに私にも向けられているけど……何かの見世物だとでも思われているのだろうか。
「クロノア・アッシュフィールドです」
「……あなたが、あのアッシュフィールド辺境伯家の者ですか」
トラヴィス様は眉を上げて私を見る。アッシュフィールド辺境伯家はもれなく武で名が通っている家なのだが……疑っているような視線だ。そのような扱いを受けるのは慣れているけどね。しかしそれも少しのことで、目を閉じて開いた時には消えていた。隠した、という方が正しいだろうけど。
それにしても、子爵家でありながら侯爵家であるステラ様に付きまとうとは……随分と度胸があるというか、無謀というか……。それを言ったら私も辺境伯家、それも当主であり、子爵家令息とは大きく身分が違う。このような扱いは大変無礼だと怒るべきなんだろうなぁ。面倒だからやらないけどさ。
「シルバーレイン様、ぜひ自分もご一緒させていただきたいのですが……駄目でしょうか?」
「……申し訳ありませんが、本日はお引き取りください」
「……それは残念です。また授業でお会いしましょう」
私を侮るような目をしておきながらご一緒させていただきたいとは……いや単にステラ様目当てか。いかにも残念そうな(……オーバーで演技に見える)仕草をしながら、トラヴィス様は去って行った。
ステラ様は、珍しくわかりやすく『疲れた』とありありと籠っている溜息を吐く。
「えぇと……お疲れ様です?」
「……ありがとうございます」
セラフィーナ様たちとも軽く挨拶をしてから別れ、二人並んでラウンジへと向かう。話題はさっきのトラヴィス様についてだ。
「……あの方は新年度に入ってきた留学生で、本日の政経科の授業で初めてお会いしたのですが……」
「留学生、ですか」
「えぇ……それも…………帝国からの、です」
「えっ」
声を潜めて告げられたそれに、私は思わず目を見開いた。
ヴォルクス帝国。このエリュシオン王国の仮想敵国。そして……最近呪いであれこれと余計な手出しをしてきている国。
仮想敵国とは言っても国交断絶をしているわけではない。するような事態になったらいよいよヤバい情勢ということになる。まだ呪いの件も帝国のせいだと確証が得られていないようだし、留学自体を断ることは出来なかったのだろう。
一体何を考えているのだろうか。……普段であれば人間の情報を世界書庫で得ることはしないのだけれど、ステラ様に纏わりついているとなれば話は別だ。私は歩きながら軽く調べてみると――
「――」
「……クロノア様、どうされました?」
「……後で人の耳がないところでお話しします」
とんでもない情報が、飛び込んでくるのだった。




