21 一歩進む
最後まで丁寧に検査をし、異常がないことを確認。私はホッとして、ベッドで向き合って座っているステラ様に結果を告げる。
「治療完了です。お疲れ様でした、ステラ様」
しかしステラ様からの反応はない。
……何も異常は出なかったと思ったのに、実は何かあるのだろうか?
「……ステラ様? 具合が悪かったりしますか……?」
「……っ。いえ、申し訳ございません、少々ぼうっとしておりました」
ふぅ、良かった。慣れない人が魔力を使用し続けると疲れてしまうからね。それは仕方がない。
その私の想像にステラ様は小さく横に首を振る。
「……その、治ったのだという、実感が湧かなくて……」
「なるほど?」
自分の体内のことを把握しろと言われても難しいようなものだろうか。まぁ確認に一番手っ取り早い方法はある。
「ではステラ様、ここまでずっと私がやってきましたが、今度はご自身で魔力を動かしてみましょうか」
「え? 動かす……ですか?」
「大丈夫です。ステラ様の体はきちんと治っています。治療中、体内を魔力が流れているのは感知できていましたよね? その感覚がわかっていれば、掴むのも早いですよ」
全くの未経験者であれば魔力の感知が第一の躓きポイントになるのだけれども、ここまでの治療の過程でステラ様の魔力は私が散々に動かした。なのでそこはクリア済みだ。
感知出来たら、次は動かす。魔法を使用するのではなく、体内に宿る魔力をただ動かすだけ。意識せずとも勝手に流れる、操作不能な血液と違い、意識をすればきっちり応えてくれるのが魔力だ。個人差はあるけど。慣れれば意識せずとも勝手に流れ、身体強化なども常時出来るようになるけども、まずは自分の意志で行う必要がある。
ステラ様は意を決して、集中するためか目をつむり、深呼吸をする。五秒、十秒と経ち……困ったように眉尻が下がり、まぶたが開かれた。
「……魔力そのものはわかるのですが……」
私は「ふむ?」と一つ呟き、ステラ様の手を握る。
「まだ偽装薬の効果は残ってるでしょうから、またちょっと動かしてみますね。動いたのがわかったら、ご自身でもやってみてください」
「……わかりました」
自転車の練習の補助として後ろで支えながら押してあげるようなものだ。……そういえばこの世界に自転車はないな。作ったら売れるかな……? でもパーツ作りが大変そう……いやいやそんなことを考えている場合ではない。
私はそっと、魔力を押す。再び目をつむったステラ様の眉がピクリと動いたところで、操作を手放した。
「……あっ」
小さく声を上げ、目を見開く。興奮しているのか、その頬はいつも冷静沈着なステラ様らしからぬ赤に染まっていた。繋がれたままの手にも力が入っている。
そんなに嬉しかったんだなぁ、とほっこりした気分になる私の内心など露知らず、ステラ様は感動の籠った声で呟く。
「すごいです……私の全身を、詰まることなく魔力が巡っています……」
夢中になっているのだろう、いつになく目を輝かせている。……子どもっぽいステラ様を見るのは新鮮で、可愛くてにっこにこしてしまう。
「クロノア様、私…………あっ」
「あ」
私の視線に気付いたステラ様が我に返ってしまった。せっかくのレアシーンだったのに。もっと気配を消すべきだったか……。
ステラ様はパッと手を離し、両手で顔を隠してしまう。でも耳の赤さまでは隠せていない。指摘した方が面白い反応をもらえるだろうか、いや意地悪だからやめておこう。
たっぷり十秒は経ったところで、ステラ様は大きく溜息を吐く。
「…………お見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ、そんなことないですよ」
見苦しさでいえば私の方が多いくらいなので、全く気にならない。むしろもっと見たい、と言ったら怒られそうなので言わない。
しかしまぁ、貴族というのは大変だね。表情、感情のコントロールが当たり前とされるのだから。
「ステラ様。ぶっちゃけ私は登録上は貴族であっても、メンタルの方は全然そんなことはありません」
「……?」
「なので、貴女が貴族っぽくない仕草をしたところで、何一つ気にしませんよ」
「……ありがとうございます。でも仰る通り、クロノア様から見ても貴族らしからぬ行動でしたよね」
お礼を言いながらも俯くステラ様。……言外の意志はさすがに伝わらなかったか。
「そうではなくて、えっと、つまり。対外的な場面ではともかく、他に貴族の居ないうちではもっと気楽にしてくださって大丈夫ですよ、と言いたかったのです」
「……肩肘を張らなくてよい分、気楽にさせていただいているつもりでしたが……」
幼少期からしっかりと躾けられているからこそ、逆にその方が大変で、そもそも発想になかったりするのだろうか。
「喜んで、怒って、泣いて、笑って。色んな貴女を見てみたかった……というのは、ただの私のわがままですね、すみません」
「――」
あまり言っては気楽どころか負担になってしまう。彼女がすでに気楽にしているというのだから、それで良しとしよう。
あぁ、余計なことをしたからステラ様が困ってしまった。私は本当に貴族向きではないなぁ。などと内心で反省していたところに、ポツリと。
「……幼少期にお母さまが仰っていたことを思い出しました」
「え?」
「『貴族は、感情をそのまま見せてはいけません』。そして……『ただし、愛する方はその限りではありません。逆にお見せするのです』と」
「あー……」
そのような育て方をされていれば、私の言ったことはそりゃ困るだろう。完全に申し訳ないことをしてしまった。
頭を下げようとした私を、続く言葉が止める。
「正直に申し上げますと……私はまだ『愛する』とはどういうことなのか、よくわかりません」
……まぁそうね? ステラ様は前世の世界でもこの世界でも未成年といえる若さだ。恋をすることはあっても、愛などというのは早い、と思う。……ちなみに、前世で成人しても全くわからなかった私である。
「ですが、クロノア様にはお見せ出来るよう、頑張りますね」
「はい?」
頑張るって……え?
「えぇと……その、クロノア様とは……将来、結婚する仲、ですよね?」
「それは……そうですね?」
「ですので、頑張ろうかと」
「……」
結婚するからと言って、そこに愛があるかどうかは……とは口にしないでおいた。今ここでそれを言うのは酷いと私でもわかる。
いやでも、すでに最初に酷いこと言ったんだよなぁ……。『貴女を愛せるかどうかは断言出来ません』って。だからといって嘘を言うのも、誤魔化すのも、それはそれでダメな気がして。
むむむと唸る。私が何に対して唸っていたのか、びっくりすることにステラ様は察した。
「クロノア様はそのままで構いませんよ」
「……えぇ……」
そのままでと言われても、ちょっとどうかと思うの。でもそう思いながらも、意識を切り替えるべきだという思考にならない時点で、私はひとでなしなのかもしれない。
そんな私に対しステラ様は重ねて、そしてとんでもないことを告げる。
「いいのです、そのままで。変えるのは、私の役目ですので」
「は?」
「当面の目標としましては、泣きたそうな時に泣かせることでしょうか?」
「ちょ!?」
なんでそんな話になってるんですか!? というか、やたら泣かせることにこだわってません……? 何故??
「私に言っておきながら、自分は見せませんというのは無しですよ? 私だって、色々なクロノア様を見てみたいのです」
「…………まさかこんな形で自分に返ってくるとは思いませんでした」
『覚悟してくださいね』とでも言いたげな笑みは、これまでに見たことのない色が籠められているように感じた。
これにて第四章は終わりです。
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