20 星はここに
そのあとは大道芸人のショーを見たり、小さな楽団の演奏を聴いたりもした。……こういう時は、娯楽に溢れていた前世はすごかったんだなぁ、って思ったりする。私は色んな意味で忙しくしているので楽しむ時間が取れないのだけれども、可能なら広げていきたいよなぁ。特にうちは戦いばっかりだから、心の余裕や癒しは必要だと思うんだよね。まぁそれを楽しむ前に身の安全の保証が必要になってくるわけだけども。
芸術を楽しんだ後、私たちは休憩として外に設置されたテーブル席に着いている。おやつとしてクリームとハチミツたっぷりのふわふわホットケーキも買っておいた。
「……美味しいです」
「ですよね。やっぱりプロが作るとかなり違ってきますよね」
私が提供したレシピ(魔物材料使用)であるが、今回はプロの料理人が作ったものである。作り方を知っているだけの素人の私と違って、確かな技術を持つ職人が作るときめ細やかに処理がされるのだ。特にお菓子の類は違いが顕著になるからねぇ。
「クロノア様にいただいたお菓子もどれも美味しかったですよ」
「材料は良い物を使っていますからね」
と事実を言っただけのつもりだったのだけれども……何やらステラ様は眉をひそめて。
首を傾げていると、ステラ様はそっと目を逸らしてから言う。
「……私は、クロノア様に作っていただいた物の方が食べたいです。……あ、いえ、申し訳ありません、負担になりますよね……」
……つまりこれは、ステラ様からのおねだりの一種なのだろうか。何かにつけて遠慮しがちなステラ様の??
これはぜひとも叶えてあげるべきでしょう。
「いえいえ、ステラ様のおかげで負担がかなり減っていますので、それくらいの時間は捻出出来ますよ。また色々と作ってお持ちしますね」
「……よろしくお願いいたします」
恥ずかしそうに俯いてる。可愛らしいな。
それをにっこにこと眺めていたら、見ているのがバレたのか睨まれてしまった。全然迫力がない……と言ったら怒られること間違いなしなので言わないけれども。むしろ私に通じるレベルの迫力を出してきたらビックリである。
「随分と日差しと風が暖かくなってきましたね」
「春が近付いている証拠ですねぇ」
「……クロノア様は真冬からずっと装いが薄いように見えますが」
「寒さとかほぼ感じなくなってるんですよねぇ……」
身体強化のおかげで、真冬の雪山でも凍った湖でもこの恰好のまま突撃出来ますよ。暑さも平気で火炎鳥のブレスでも火傷を負わないくらいだけど、火山のマグマダイブまで行くとなるとさすがに怖さはある。
「……試さないでくださいね」
「必要ないですし、やりませんよ」
「まるで必要があればやるような口調に聞こえます……」
そりゃまぁ、必要になったらねぇ……? さすがに他の防御系の魔法で強化してからの行動になると思うけれども。
「ところでステラ様、海を見たことはありますか?」
「? 本で読んだくらいで実物を見たことはありません。そもそも国から出たことがありませんので……」
この国は海に面していないのでそんなものか。前世の世界と違って、国をまたいだ移動なんて役人や商人を除いてほぼないだろうし。貴族のご令嬢であればなおさらだ。暑さと言えば夏、夏と言えば海でバカンス……などと連想したけれど王国ではそんなものはなさそうだな。
それはそれとして、海の幸は興味があるんだよなぁ。魚はもちろん、貝とか蟹とか、昆布出汁とか。前世で刺身が特別好きというわけでもなかったけれど、想像したらマグロやサーモンが食べたくなってきたぞぅ。
などと色々話してみたら、ステラ様に苦笑されてしまった。
「クロノア様……海の魔物も食べるおつもりですか?」
「え?」
なんのことかと尋ねてみれば、マグロもサーモンも図鑑に載ってないので魔物のこと?と思ったらしい。……前世の名称そのまま口にしてしまっていたな。さすがにこれでバレはしないだろうけど。まぁ魔物であっても美味しければ食べるんですけどもね?
貴族なんてものになってしまったので容易く国外には出られなくなったけれども……いや、私の場合は転移魔法でこっそりと行けそうだな。そのうち行ってみたいものだ。
取り留めのない話をしたり、通りがかった友人知人に対応したりしているうちに日が暮れ始め、最後の鎮魂の儀式の時間が迫ってきた。
「ステラ様。お疲れかもしれませんが、移動よろしいですか?」
「はい。十分に休めましたから」
儀式は教会主導で行うので私たちの仕事はほぼないけれど、近くで待機している必要はある。手を差し出して朝と同じく広場までエスコートすると、演壇が撤去されて薪が組まれていた。見た目はほぼキャンプファイヤーの時に作るアレだ。
その中に、故人の大切にしていた物や好きだった物を入れて燃やす。死後の世界でもそれを手に入れられるように。もちろん遺品は残された家族が持ったままでも構わない。燃やすと危険になる物でない限りは自由で、『仇を取ったぞ』と言わんばかりに魔物素材を入れる人もいたりする。私も養父様の衣服の一部だったり、友人知人の好きだった食べ物を入れたりした。
「では僭越ながら、私が代表して神に祈りを捧げさせていただきます」
司教様が朗々とした声で祈りの言葉を紡いでいく。その最中に火が点けられ、風が送られ、大きな炎へとなる。日が落ちて暗闇に包まれていた広場が一気に明るくなった。
……神様、か。私の身に宿った加護とか、怖いくらいに効果のある神紋契約とか、神託とかあるくらいだし、居ることは居るのだろう。
でも何故私に加護を与えたのだろう。こういうのはもっと、こう、世のため人のために進んで頑張るような、それこそ誰からも勇者と呼ばれるような高潔な精神の持ち主に与えるべきじゃなかろうか。散々利用しておいて言うセリフではないんだろうけど。
私では……どうしたって、利己的になってしまう。自分のことにしか使えない。使う気になれない。誰かのために使っているように見えても、結局は自分のためである。情けは人のためならず、という意味で使っているわけでもない。
いくら考えても、神様は答えてくれない。小さく溜息を吐いたところで……袖をちょんと引かれた。
「……ステラ様? どうかしましたか?」
「いえ……クロノア様の方が、何かあったのかと思いまして……」
炎に照らされたステラ様の顔は心配で彩られていた。……私、そんなに変な顔をしていたのだろうか。頬をむにむにとしてみるけれど、わからない。
「クロノア様も、泣きたい気分だったりしませんか?」
私たちのひそひそ声が咎められない程度には、そこかしこからすすり泣きが聞こえているし、大きな泣き声を上げている子もいる。故人を悼むのであれば、極自然なことだ。
……私は、どうなんだろう。養父様への思いはあるけれど、今ここで泣きたいかと聞かれれば、そのような気分でもないという感じだ。さっきまで考えていたのは違うことだし、薄情なのだろうか。
また別の悩みに支配されそうになるその前に、するりと手が握られて、思わず目を丸くする。
「無理はなさらないでくださいね。……その、もし必要であれば、いつでも肩とか胸とか、お貸ししますので」
「……」
正直に言うと、素直にお願いするには恥ずかしくなるような提案である。
けれども……その気遣いは、嬉しかった。
私は軽く手を握り返す。
「ありがとうございます。何かの折りにはお願いするかもしれません」
「はい」
立ち上る炎の、煙の行く先を追ってみると、星が煌めいているのが見えた。地上の炎に負けない、明るく輝く星。
なんとなく、ステラ様みたいだなぁ、などと思った。




